阪神タイガース、38年ぶりの優勝。
繁華街で、クス玉が割られるシーンが印象的。
それにしても、もうそんなに成るんだ~!
バース・掛布・そして、トリを務めたのが岡田(現監督)でした。
バックスクリーン3連発を観たのは、ちょっと前だった感ぐらいの意識。
懐かしいなぁ~
熊本市も、コロナ自粛明けのドーカイ祭りが久しぶりに賑わった。
これ又、懐かしいなぁ~の出来事を思い出した。
ヒゲ夫婦の田園があったら、何かやらかしたかもしれない??
1980年代の事です。
藤崎宮の秋祭りで、青年江原会の幹事が44回生の年でした。
飾り卸しの日、一団が西銀座通りの中ぐらいに来た時、田園ビル前に
大きなクス玉が吊るされているのを目にした。
連中は ・・・ 「 何だ、アレは??? 」 不思議に思いつつ、
田園ビルのアプローチに入る。
と、そこには祝い用の大きな4斗樽が置いてある。
隣には、焼台まで。 「 何か、イベントでもあるのか? 」
すると、田園ママが登場し、メンバーを入り口に案内します。
幹事さんには、クス玉のヒモを引く様に指示です。
今迄にない祭りの出迎えに、戸惑いながらヒモを引いた。
クス玉が割れ、紙吹雪が舞い、長札に『 ㊗️熊高44会さま! 』
同時に、田園スタッフ総出で、鍋・フライパンを叩き鳴り物入りの拍手👏👏
まさに、ムード最高潮!!
その後は ・・・ 樽酒に誘われ木製升でかんぱ〜い!!
酒は、住吉・純米の樽酒なのが、何気にニクい。
並べられたおにぎり🍙をほうばる人、串に刺した熱々の焼き鳥もどきを
手にする人達。
昨日焚いた鶏肉をひと口大にカットした物を、炭火の屋台風なカートで
温めるだけにしているから素早く提供できる。
みんな、満足げな笑顔です。
この出来事は、メンバーが店に来る度に「 あの時は ・・・ 」と、
語り種(ぐさ)になったものです。
翌年のお祭りに時期になった頃でした。
幹事は次年、すなわち45会のメンバーになり、話を聞き付けて、
田園にやって来ました。
「 前年みたいな趣向を、今年も演って貰えないか? 」 と。
ヒゲは、言い放った。
「 44のメンバーは、日頃から店に来る顔見知りの常連客で飲み仲間。
頼まれなくても、従業員共々店の気持が自発的に動いた。
しかし、あなた達45の人は誰一人知らないから、好みも解らず趣向の
凝らし様がありません! 」 と。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
ヒゲの下書きは、ここで終わっています。
お客様に対する、店(ヒゲ)の信念等を続けたかったのではないでしょうか?
夫(ヒゲ)亡き後、御挨拶に出向いた店で同じ様な体験談を耳にしたので、
アップしました。
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このブログ同様、読んでいると、マスターの声が聞こえてきます。
「そうだったんだ〜」と、再認識する事も多々です。
話すことより書くことの方が楽な人でしたから。
チェスノートの編集・校正は大変でしたよ〜(苦笑)
当時の熊本では、大手の印刷屋さんでしたが、
技術的に無理なところが多くて。
私一人での校正で、ミスに気付けず失敗も多くに。
今となっては、懐かしい想い出ですが……☺️