昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百六十七)

2023-06-21 08:00:55 | 物語り

 とつぜんに下腹部にはげしい痛みが走り、生暖かいものが内股に流れた。
あわてて産婆を呼んだが、その出血を見た途端に暗い顔を見せた。
そしてすぐに、産院に行けと言う。
「どうなの、どうなの。おたきさん、大丈夫よね? 
まだ産み月じゃないものね。ちょっとした手違いよね? 
だってあたし、あたし、じっとしてたんだよ。お医者さんの言いつけを守ってたんだから」
不安な思いが、しだいに絶望感をともないはじめる。
産婆はひと言も口を開こうとしない。いつも饒舌な産婆が、だ。
そして病院に向かう間中、ずっと梅子の手をにぎりしめてくれていた。

「先生、どうしてなの? 言い付けを守って、じっとしてたんだよ。
ほんとに大事にしてたんだから。なのに、なのに、なんで、どうして……。
ひどいよ、神さま。酷じゃないか、あんまりだよ。
欲しくないと思ってたあたしを、あたしを。その気にさせといてさ、今さらなんだい! 
気まぐれなのかい、神さまの。それとも、あたしに罰を与えたのかい? 
なんだよ、なんだよ、どんなひどいことをしたと言うのさ。
ふん、そうだよね。神さまなんて信じちゃいないあたしがさ、神さまを恨むというのは筋違いかねえ。
恨むなら自分かい? 不摂生のかぎりをつくしてきたあたしだ、赤ちゃんは、頑張ったんだよねえ。
ごめんよ、ごめんよ。こんな母親で、ほんとにごめんよ」

 打ちひしがれる梅子に、付き添ってきた産婆が優しくこえをかけた。
「今回は残念だったけど、またということもある。
それに私生児で産まれた子供の行く末は、ひどい言い方だけどひどいもんだよ。
あんがい、これで良かったのかもしれないよ。今度は、きちんとしたお相手の子供を、ね。
お父さんになってくれるお人を、お選びね。あんたの器量なら、きっと現れるだろうさ」
 そんな産婆の気遣いも、梅子の耳にはとどかなかった。
“あたしには、母親になる資格がないんだ。
こんなうわばみ女には、子どもなんてもったいないんだよ。無理なんだよ”

「小夜子。あたしゃ、あんたの母親代わりだろ?」
「ええ、もちろんです。ほんとは梅子母さんって呼びたいんですけど、それじゃ梅子さんが嫌だろうって思って。
それで梅子姉さんって呼んでるんです」
「いいよ、いいよ。梅子母さんでいいよ。それでだ、母親として小夜子に言っておくことがある。
胎教って、知ってるかい? お腹の赤ちゃんというのはね、お母さんが考えることが分かるんだよ。
お母さんが感じることを、赤ちゃんも同じように感じ取るんだよ。
怒りの気持ちを持てば、赤ちゃんも怒りの気持ちを持っちゃうよ。
お母さんが悲しめば、赤ちゃんもかなしむんだ。だからね、心おだやかにいなくちゃいけない」
 小夜子のおなかをさすりながら、小夜子だけでなくおのれにも語っていた。



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