「武蔵は、ほんとに小夜子が好きなんだ。
それは分かるね? けども、武蔵の女あそびは、病気だ。どうしようもない。
女あそびを止めちまったら、武蔵は死ぬかもしれない。それくらいの大病だわ。
どうだろ、小夜子。いろいろ含むところもあるだろうけれど、ぐっと飲みこんでおくれでないかい。
女のふところの深さを見せておやりな。いや案外のこと、子供でもできたら、変わるかもだよ。
あたしの知ってる男に、そういうのが居たよ。そうだ、ぴたりと女遊びを止めるかもね。
子どもベッタリとなるかもよ。もちろん武蔵には、あたしから釘を刺しておくから」
梅子の思いが、どれほど小夜子に伝わったか。
小夜子自身、武蔵の女遊びについては、諦めの思いがないではなかった。
それが男の活力源だと公言してはばからない武蔵だ。
「女あそびを止めちまったら、武蔵は死ぬ」。梅子のことばは本当かもしれない。
肉体は生きても、こころが死んでしまうかもしれない。
そう思えてきた。しかしやはり許せるものではなかった。
翌早朝にいぶかる武蔵にはなにも告げずに、さっそく大学病院へと向かった。
大勢の妊婦でごったかえす待合室で、その自信にみちあふれた顔つきに圧倒された。
ここでは御手洗小夜子という名前は、まるで通用しない。ただの小娘でしかない。
「おや、おじょうさん。おめでたかい?」
大きなお腹をさすりながら、人なつっこく声をかけてくる。
「この子がねえ。よっぽどあたしのお腹の中がいごこちが良いらしくて、なかなか出てこないんだよ。
あたしゃ、もう三十になるんだけどね、初産なのさ。
やっと神さまがおさずけくださった赤ちゃんなんだよ。
だから大事に大事にしてきたんだけど、お医者さまは『大事にし過ぎたからだ』なんておっしゃるんだよ。
でもねえ、そんなにいごこちが良いのなら、もうすこしって考えたりもするんだけど。
そしたら、お医者さまにこっぴどく叱られて。『このままじゃ、大きくなり過ぎる』ってね」
おなかをさすりながら「おお、よしよし。そんなにそこが良いのかい」と、ひとりごちる。
「出産のときに、あたしはもちろんのこと赤ちゃんも苦しむって言われてね。
あたしはいいんだよ、あたしはね。けども、赤ちゃんを苦しめるわけにはいかないわ。
でね、かいだんののぼりおりが良いって聞いたから、毎日つづけてるんだよ。
いまもね、そこのかいだんをのぼ゜りおりしてきたところさ」と、聞きもしないことをべらべらと話しかけてくる。
どうやら新参できたものすべてに話しかけているようで、そこかしこで「またはじまったよ」という声がとびかっている。
しかしそんな声など、どこ吹く風とばかりに、日常のことを話しかけてくる。
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