さむらい小平次のしっくりこない話

世の中いつも、頭のいい人たちが正反対の事を言い合っている。
どっちが正しいか。自らの感性で感じてみよう!

クローン社会 ボディスナッチャーの現実化

2023-10-10 | 社会・経済


こんにちは
小野派一刀流免許皆伝小平次です

先日、今の世の中、みんなおんなじ一つの方向を向いて誘導されているように見え、為政者や金持ちたちの洗脳によって戦争に向かっている気がする、と妻が言ったことを記事にしました

冒頭の画像は、古い映画、『ボディスナッチャー』のワンシーンです

昔、バンド仲間のアパートに泊りに行った際、駅前のレンタルビデオ屋で、仲間と酒飲みながらなんか映画でも見ようと、何気なく手に取ったものでした

ざっとストーリーをお話しますと、宇宙生命体?だったと思いますが、ヘチマを大きくしたような植物が無数に地上に落ち、そのヘチマがサワサワと糸状の食指のようなものを睡眠中の人間にからませ、ヘチマの内部にその人間のコピー人間を作り出す、そしていつの間にか街中にコピー人間が増えている、そんな感じのSF恐怖映画です

ある日、精神科医のもとに一人の女性が訪れ、『最近夫が何か別人のようになった感じがする、見た目は変わらないのだけど、明らかに別人のようで…』

やがてその医師のもとへ、同じような相談が増えて行く

コピーされた人間は、コピー直後、シュワシュワと萎んで死んでしまいます



コピー人間は、無感情、無表情、会話も無機質、そう、『別人』になっているのです

コピー人間は、未コピー人間を見つけると、すごい形相で指をさし、『ギャアアアアアアアアアア!』と叫び、大勢のコピー人間で未コピー人間を追いかけ、捕まえると睡眠薬を打ち、ヘチマの横に寝かせ、コピーさせてしまうのです



犬と一緒に寝ていた浮浪者が犬ごとコピーされた結果!

主人公たち未コピー人間は、周りにコピー人間がどんどん増える中、何とか街を脱出しようと試みますが…

この映画の見どころ?は、衝撃的なラストシーンにあります

超ド級の後味の悪さ、最大級の絶望感、もう二度見たくないと普通は思いますが、小平次と一緒に見た仲間は、この絶望感を他の奴にも味合わせたい、ラストシーンを見たときの表情を見たい、と仲間を呼んでは見せ小平次自身、結局10回くらい見たと思います

実は、この映画の紹介記事は過去にも書いてまして、何というか、何かに誘導されているような気がするとか、メディアが同じ方向で画一化した報道をしているとか、もしくは報道すべき重要なことを隠しているのではないか、などと感じたとき、このボディスナッチャーの映画、未コピー人間が感じた違和感、そんな感覚を覚えたときにこの映画を思い出すのです

そう、だから今、その違和感を強く覚えています

地球温暖化、CO2、コロナ、ワクチン、ロシア・ウクライナ、ジャニーズ、その他諸々、何の疑問も無く皆が同じ方向を向いて、コピー人間が未コピー人間をコピーしようとするがごとく、自分たちと違う考えを持ったり、行動する人間を一切認めず、時に袋叩きにしている

もしかしたらヘチマにコピーされた人が大多数になっているのかもしれません



さて、そんな違和感について、ちょっと調べてみました

『みんな同じなクローン社会に生きる』

1990年代初頭、ヴィタリー・コマールとアレクサンダー・メラミドという 2人のロシア人アーティストが

『鋭角と柔らかな曲線のどちらを好みますか? 滑らかなキャンバスが好きですか、それとも太いブラシストロークが好きですか? 裸のフィギュアと着衣のフィギュアのどちらが好きですか? 彼らは遊びや労働を絵の中でしているべきですか? 屋内の風景が好きですか、それとも屋外ですか? どんな風景が好きですか?』

というようなことを、市場調査員を雇い、世界中、11ヶ国の異なる地域で 11,000人以上に調査を行い、異なる国や文化を持つ人々であれば、それぞれ好みは異なるだろうはず、そしてその調査結果に基づいた作品を描くことでそれぞれの地域性、国民性にあった作品ができるのではないか、という思惑で始めたものでした

そして、調査結果に基づき、様々な国の様々な人たちの意見を集約してできた各地域別の作品がこれ



驚くことに、異なる国、異なる文化、異なる人々、異なる生活をしている人たちの、一番見たい風景が、これです

「ほぼすべての国で、人々が望んでいたのは、周りに数人の人物がいて、動物が前景にあり、主に青が主体である風景画だった」

ロシア人アーティストは次のように言っています

『私たちはさまざまな国を旅し、世論調査会社の代表者との交渉に従事し、さらなる世論調査のために資金を調達した結果として、私たちは結局、多かれ少なかれ同じ青い風景を描くことになりました。私たちは自由を求めて、この仕事に取り組んだのですが、そこで見つけたのは奴隷制でした 』


このロシア人アーティストの試みから30年が経過していますが、我々の社会の均質化は一層進んでいるように思います

上記記事からもう一つ



これも、全くの別人たちのインスタグラムの投稿だそうです

こういった現象は他の分野でも見られ、車のデザイン、メイク、建築物、街の風景、などなど

単純に一つの流行、と言えるものなのかも知れませんが、例えば映画、1977年から興行収入ベスト20の映画を調べると、2000年までは、約 25%が、続編、前編、リメイク、スピンオフ、リブート等だったそうですが、ここ数年はほぼ100%がそれで、オリジナルの新作は一つか二つだそうです

ありとあらゆるものが一つの形に収束している、文化も街も人も…

あるファッションデザイナーさん、衣服が平均化してきたことについて

『誰もがクローンのように見え、違いに気付くのは年齢だけです。見栄えがよくない限り、私は人々の違いに気付くことができません。そこには 70歳などの人たちもいます。私たちは非常に順応的で、誰もほとんど考えていません。私たちは皆、物を吸い込んでいるだけです。私たちは消費者になるように訓練されており、消費しすぎています。私はファッション・デザイナーですが、人々は、今の私が何を言っているのかわからないかもしれません。 私はこの使い捨てガラクタについて話しているのです』

なんだか恐ろしいですね

個性が無くなり、同じ方向を同じ歩調で歩いている

そして金持ちと為政者の示す『記号』につき従う

ついには命まで奪われる、戦争まで引き起こしている、『みんな同じがいい』、と自分自身が従順な羊の群れの中で言っていることにすら気づかないままに


御免!




コメント (4)
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