30年近く前の、私のインド放浪、当時つけていた日記をもとにお送りしております
本日は、滞在してたプリーの街で出会った不良インド人
『バップー』
との出来事をお送りいたします
これまで何度か登場している、インドの友人『バブー』とは名前は似ていますが、全く違う人間です
帰国してから多くの人にインドでの出来事を話しましたが、聞いている内、このバブーとバップーの区別がつかなくなってしまう人が何人かいたのでご注意を……
不良はバブーではなく、バップーです
ちょっと長めの記事になるかと思いますが、この日の出来事は、一気にお読み頂きたくお付き合い頂ければ幸いです
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ある日のできごと。
いつものように通りの屋台で朝食を済ませ、ホテルへ戻る。
バブーやロメオが遊びに来ない日は本当にすることがないが、もちろん、小さい街とは言ってもこの街の全てを見尽くしたわけでもなく、まだプラプラすれば新しい発見もあるだろう、おれは少し休んでからまた外へと出た。
シメンチャロ―と仲良くなったおかげで、街の東側へはよく行くようになった。今日は逆に西側の街道の方へ行ってみよう、漠然とそんなことを思いながら歩き出した。
ふと、前方から自転車に乗った体格の良い若い男に気づく、度々見かける男だ。プリーに着いた日、サイクルリクシャ引きの男たちも、のんびりと客待ちをしている静かな駅前、おれとロメオの前に自転車に乗って現れた一人の男
『ハーイ、ジャパニー、コンニチワー!』
と、日本語で声をかけた来た男、頭の両サイドに金メッシュを入れた胡散臭い男、その男が前方からやって来たのだ。
その男とは、たまに顔を合わせれば、まあ『Hi!』、くらいの挨拶をする程度であったが、この日はそいつが話しかけてきたのだ。
『ハイ、ジャパニー、今日はロメオやバブーと一緒じゃないのか?』
『今日はボク一人だ』
『そうか…、それならば、たまにはボクとランチでもしないか?』
おれとしてはあまり関わり合いたくない感じの男であった。だがせっかくの放浪の旅、交流を増やすことは悪いことではない、少し考えてからおれはその申し出をOKした。
『じゃあ、まずはボクの家へ行こう』
その男は名を『バップー』と言った。
バップーの家は、やはりどちらかと言えば中流以上の人の住む街の西側にあり、鬱蒼とした雑草と、手入れをしていない樹木のある割と広い庭のある、そこそこ立派なコーンクリート造りの家であった。
中へ入る、そしてまずは他愛もない会話をする。壁にアコースティックギターが飾られている。
『あのギターを触らせてくれないか?』
『弾けるのか?』
『まあ、少し…』
バップーがおれにギターを手渡してくれる、弦は錆びつき、チューニングは全く合っていない、チューニングをしようかとも思ったが、錆びついた弦が切れるといけないので、少し眺めてからバップーへ返した。
『ハイ、ジャパニー、ボクは少し日本語を知っているよ』
『どんな日本語?』
『ハイ、アナタハ、チョット、クルクルパーネー』
クルクルパー! 驚いた! 随分とマニアックな日本語を知っている、おそらく悪い日本人旅行者が教えたのだろう…。
『バップー、その言葉はあまり良くない日本語だ、日本人の前では使わない方がいいよ』
『OK、OK、わかったよ』
『ところでジャパニー、君はロブスターは好きか?』
『ロブスター?』
ロブスターが好きか嫌いかと聞かれれば、そりゃ大好きだ、だが、なんでそんなことを?ランチに食べるってこと?
『ボクの知っている店で美味しいロブスターを出してくれる店がある、今晩そこで食事をする気はないか?』
なるほど、ポン引きか! おそらくその店から紹介料をもらうんだろう、バブー他、ごく一部のインド人を除けば、ロメオがそうであったように、そのロブスターをこの男がご馳走してくれるなんてあり得ない、間違いなくこいつはポン引きなのだ、いくらボッタクられるかわかったものではない。
『ロブスターは好きだけど、今晩だけでなく、おそらくこのプリーにいる間にそれを食べる気はない』
そう答えるとバップーは少し黙ってからまた続けた。
『では、君は石は好きか? 綺麗な石…、お土産に石を買わないか?』
石? 宝石のことか…、やはりポン引きで間違いない。
『バップー、すまないけどロブスターも石もボクはいらない』
バップーは再び黙り、少し考えてから口を開いた。
『OK、OK、わかったよジャパニー、それならばこれからランチにしよう、一緒に市場へ行こう、そこで魚を買ってボクが君のために調理してあげるよ』
とりあえず、ひとまずは一緒にランチ、という当初の目的へと戻すことができた。
自転車に二人乗りして東側の市場へと向かう。でこぼこ道を自転車の荷台に乗って行くのは少々キツい、だがインドの魚市場にどんな魚が並んでいるのか、それは少し楽しみでもあった。
ほどなくして市場へ到着、しかし時間が遅いせいなのか、あまり魚は並んでいない、見たことのない魚もいたが、仰天するほどのものでもなかった。
『この魚にしよう』
と、バップーが柱の脇に積まれていた魚を指さした。おれはその魚を見て、逆の意味で仰天した。
その魚は……
どこからどう見ても……
『ボラ』
であった。
釣り好きのおれにとっては、非常になじみの深い魚だ。だが、食ったことは一度だけ、外海で獲れた綺麗なやつだ。外海で獲れたボラは確かに美味い。だが、およそよく見かけるボラは、ドブ川の河口などで大きな群れを作り、上を向いて口をパクパクさせているやつだ。時折『バシュッ!』っと飛び上がり、河口で無数に跳ねているあれだ。
どうしても都会の臭い川などを上ってくるイメージが強く、たまたま釣れてしまって、針を飲んでしまったとか、特殊な事情がなければ好んで持ち帰って食べたりする釣り人は少ない、おれもその一人だ。まあ、『カラスミ』は絶品ではあるが……。
『ボラ!、かぁぁぁ…』
『What? BORA?』
『い、いや、なんでもないよ』
ボラとは言え、ごちそうしてもらう身、文句を言うなんてだめだ、おれはそれ以上何も言わなかった。
紙でくるんだボラをおれが抱え、再び自転車に二人乗りをして家へと戻る。家の中には入らず、そのまま裏庭へと向かう。裏庭には、テーブルと椅子があり、そこで食事ができるようになっていた。家の裏の壁に、かまどが造られていた。
『これからこの魚を料理してごちそうするよ』
料理して、と言ったはずだが、バップーは鱗も剥がさず、ボラに塩を振っただけでそのままかまどの中にぶち込んでしまった。その上にかまどの灰を被せ火をおこした。雑にもほどがある『料理』である。いったい灰まみれになったボラをどうやってたべるのだろう…。
バップーが家からビールを二本持ってきた。ボラの焼けるまでの間、飲みながら他愛もない会話を続けた。
『これをやってみないか』
バップーが何やらパイプのようなものを取り出した。おれはこれからバップーが何を勧めようとしているのかすぐにわかった。
『ガーンチャ』
インドのマリファナである。バップーはパイプに粘土のような黒い物質を詰め込み火をつけた。
『さあ、吸ってみろ』
『いや、結構だ』
『そんなことを言わずに、さあ!』
『これは、ガーンチャだろう? ボクはマリファナはやらない』
『違う、違う、ただの煙草だよ、さあ!』
実はおれはこの時以前、スペインでマリファナを吸ったことがあった。悪いことと知りつつも、好奇心に負けた。吸ってみると不思議な感覚になった。感覚が冴え、気持ちが大きくなり、確かに今、ギターを弾いたらいい演奏ができる、そんな気になった。酒に酔って度胸が据わるのに近い感覚もあったが、明らかに酒に酔っているのとは違う感覚であった。
だが、ここはインド、インドでもマリファナは違法である。その国で禁止しているものを外国人のおれがやる、というのはよくないことだ、おれは少し大人になっていた。だが、あまりのしつこさに負け、一口だけ吸ってみる、質が悪いモノなのだろう、スペインでやったときのような感覚にはならなかった。
『そろそろ魚が焼けただろう』
バップーはそう言ってかまどに、木製のトングのようなものを突っ込み、灰まみれのボラを取り出し皿に乗せ、テーブルに置いた。
『さあ! 食べてくれ!』
…… 食べてくれ ………って… おい! 食えるか! こんな灰まみれで!
おれが躊躇していると、バップーは火傷しないように気をつけながら、ボラの身を手でほぐし、軽く灰を払って口に入れた。
『美味い、さあ、君も食べてみろ』
バップーが実際に食ったのを見て、断るわけにも行かなくなった、おれも同じようにボラの身をちぎり、灰ごと口の中へ放り込んだ。
………、そもそものボラに対する偏見と、さらに灰…、どうにも味わう、と言う気にもなれず、美味いのか不味いのかわからない…、だが一応ここは社交辞令、
『…、美味しいよ…』
そう言いながら、おれはそれ以上一口もボラを食わなかった。しばらくすると、バップーがまた同じことをおれに勧めはじめた。
『なあ、ジャパニー、ロブスターを食べたくはないか?』
『すまないが結構だ』
『では石はどうだ、お土産に綺麗な石を買わないか?』
『それも結構だ』
バップーはおれが断ってもしばらくしつこく『ロブスター』と『石』を勧めてきた。あまりにしつこいので、おれはどう言えばあきらめるだろうか、少し考えてから言った。
『バップー…、ボクは日本人だ、でも日本人だからと言って金持ちなわけではない、そもそも、ボクがこのインドへやって来た目的は、あの偉大なマハトマ・ガンディーを生んだインドと言う国がどんなところなのか、クリスチャンである自分はどうしても見てみたかった、ぜいたくな食事や高価な石を買いに来たわけではない…』
当時クリスチャンだったおれが、ガンディーと言う人物に興味を持っていたことは嘘ではない、が、目的、というのは少々大げさであった。
これを聞いてバップーはしばらく黙った。そして『フッ…』っと鼻で笑うようにしてから口を開いた。
『そうか…、わかったよ…、だったら今食べた魚料理の金を払ってくれ』
!!!!!!!!
なんだって! 自分からごちそうすると言っておいて、金を払え!? えっ!! ……!! しかもこの灰だらけのボラ料理に金払え!? おれはバップーの言葉に心底驚いた…、同時にこれまでの強引でしつこいポン引きと合わせて怒りが込み上げてきた。こんな男とはこれ以上関わり合いたくない、金は払ってやる、それでもうコイツとは関わらない…。
『いいだろう、金は払うよ、いくらだ!?』
おれは語気を少し強めてそう言った。
『君は…、君はボクの料理にいくらの値段をつける?』
はあ!!? 鱗もとらず、塩かけてかまどにボラをぶち込んだだけの、とても料理などとは言えないシロモノにいくらつけるか?だと? なお怒りがこみ上げたが、ここは払って二度と関わらないことが最善、おれは少し考えた。大体カレーがライスかナンと合わせて12、3ルピー、60円か70円くらいで食える、だからおれは少し多め、20ルピーでどうだ、と言った。
『ハンッ…! 今どき20ルピーではビール代にもならない…、ハンッ…! 』
バップーは、呆れてものも言えない、といった風な仕草で、なおおれの怒りを誘う。
こ、こ、このやろー! だが日本円で数十円、数百円ケチってこんなやつと揉めるのはごめんだ…。
『では、50ルピー出すよ』
『フンッ……、100ルピー払ってくれ…。』
100ルピー…、日本円で当時500円、大した金ではない、だがインドで100ルピー出せば、3食食べて安宿に泊まり、十分に一日過ごせる金額だ、使い勝手だけで言えば、日本の感覚では10,000円に近いものがある、それを払えと言う…。相当に怒りがこみ上げたが、おれは財布から100ルピーを取り出し、一度バップーを睨みつけてから、投げ捨てるように金を払い立ち上がった。
『これで満足か! 今後ボクには話しかけたりしないでくれ!』
そう言って門の方へ歩き出した。すると…
『ヘイ、ジャパニー、ジャパニー、待って、待って』
バップーが追って来る、振り向くとバップーが言った。
『なあ、ジャパニー、煙草をくれないか?』
なんて奴だ! あんな料理に金まで払わせて、その上煙草を恵んでくれと言う…。おれはバッグから煙草を一本取り出しバップーに投げつけた。するとバップー、
『違う違う、ジャパニー、違うよ、君が一本だけ取って、残りを全部ボクにくれよ』
!!!!!! なんと! どこまで意地の汚いやつなんだ!おれは無視してそのまま門を出た。出たところでまたバップーが叫ぶ。
『ヘーイ! ジャパニー! ジャパニー!』
おれは怒りの込み上げたままの目で振り返った。バップーがニヤニヤしてこちらを見てる、そして言った。
『ヘーイ! ジャパニー! ジャパニー! …、アナタハ、チョット、クルクルパーネー!』
!!!!!!! もう言葉も出ないくらい怒りがこみ上げた。もう一度だけ睨みつけ、おれはそのままホテルへと戻った。
夕方、バブーとロメオがやって来た。おれは先のできごとを話した。二人ともバップーとは関わらない方がいい、と言ってくれた。
その後も、街でバップーと会うことが度々あった。その度におれとバップーはガンの飛ばし合いを繰り広げたのであった。
だが、このプリーの街での最後の日、おれはこのバップーをぐうの音も出ないくらいにやり込め、謝らせることに成功するのである。 それはまたいずれ。
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本当にこのバップーという男はとんでもないやつでしたが、インドにはいろんな意味でトンデモな人がたくさんいましたね。記事でも書きましたが、後日私はこのバップーに謝らせることに成功しています。今思い出しても痛快ですが、逆にそのときのことを思うと、そんなに根っからの悪人でもなかったのかなぁ、と思ったりもします。
※引用元を示し載せている画像は、撮影された方の了承を頂いた上で掲載しております。それ以外の「イメージ」としている画像はフリー画像で、あくまでも自分の記憶に近いイメージであり、場所も撮影時期も無関係です。
気味が悪くて 関わりたくない・・・
小平次さんの気持ちが良くわかります。
このタカリ屋は性根が腐っている。
この類の人間ってえのは 本当に近寄りたくない
ですね・・・
今回も面白かったっす!
印度の様な熱い国でボラと聞くと 吐き気がしますね
wwww 最近では魚が無いので 冬限定で
ボラを大量に売っていますよwwww 若者は知らずに
買っているみたいですけど ボラって 暖かい水を
好むそうですね 工業用水が流れている所なんて
うじゃうじゃ居るらしいっす 小平次さんには
釈迦の耳に念仏かな・・・私もボラは極力食べません。
ブログ興味深いそして面白いです。
ファンになっています。
次回も楽しみにしてます。
コメントありがとうございます
そうですね、まさにクソ男でしたよ
写真など撮るはずもなく、バップーの外見などは記憶の中だけですが、あの顔は今でもはっきりと覚えています
この時だけでなく、幾度か詐欺、詐欺まがいの行為に巻き込まれたり、巻き込まれそうになったりしましたが、およそ積極的に話しかけてくるインド人は大概が何かしらの方法で金を巻き上げようという魂胆があるのです
危なっかしいのですが、全部避けていたら旅の楽しみもなくなりますので、こうして時折話をしてみたりもしました
ボラは外海で釣れたものは確かに美味しいですね
人間の都合で汚れた河川を上るボラを迷惑もの扱いするのもいけませんね
ありがとうございました
興味深く面白い、と言って頂き誠に光栄です
雑に書かれた日記を、一応の読み物にできるようにと奮闘しております
娘に、父の生きた証の一つとして残しておきたい、そんなことも考えながら書いております
satonotueさんのブログにもお邪魔させて頂いております
これからも宜しくお願い申し上げます
ありがとうございました