牟礼高松図小柄 後藤光理
牟礼高松図小柄 無銘 後藤光理
屋島を見下ろす牟礼高松に到着した義経は、村の各所に火を放ち、源氏の大軍勢が押し寄せたことを装った。このとき義経には五十ほどの手勢しかなかった。少数先鋭の軍団ではあるが、一たび手の内が露呈すると逆襲は必至で敗戦に繋がる。
大軍襲来と判断した平家軍は、我先に軍舟に移って海上に逃れる。舟のない義経は景時の率いる軍舟の到来を待たねばならず、水際を挟んでの対峙は明らかに義経に不利な状況へと突き進む。
このときもまた、鮮やかなまでに個性を光らせる武将がいたことを、『平家物語』は伝えている。
写真の牟礼高松図小柄は無銘ながら後藤宗家十二代光理の作。赤銅魚子地高彫金銀色絵。
牟礼高松図小柄 無銘 後藤光理
屋島を見下ろす牟礼高松に到着した義経は、村の各所に火を放ち、源氏の大軍勢が押し寄せたことを装った。このとき義経には五十ほどの手勢しかなかった。少数先鋭の軍団ではあるが、一たび手の内が露呈すると逆襲は必至で敗戦に繋がる。
大軍襲来と判断した平家軍は、我先に軍舟に移って海上に逃れる。舟のない義経は景時の率いる軍舟の到来を待たねばならず、水際を挟んでの対峙は明らかに義経に不利な状況へと突き進む。
このときもまた、鮮やかなまでに個性を光らせる武将がいたことを、『平家物語』は伝えている。
写真の牟礼高松図小柄は無銘ながら後藤宗家十二代光理の作。赤銅魚子地高彫金銀色絵。