・人間はみな柔かに歩み居るビルディング寒く鋪道寒くして・「地表」1952年(昭和27年)作。
・おぼおぼとしたる市街の延長に林のごときビルの聚落・「形影」1968年(昭和43年)作。
ここにとり上げた二首の作品を言葉遣いに限って見れば、その違いは「ビルディング」と「ビル」の違いである。
佐太郎の薫陶を直接受けた人の話によると、
「ビルと言わずにビルディングと正確に言いなさい。」
と口癖のように繰り返し言ったそうである。ところが1968年の作品は「ビル」になっている。この頃は「霞が関ビル」が日本初の超高層ビルとして注目を浴びた時期と一致する。おそらく「ビル」という呼称が一般的になったので、佐太郎も作品の表現に使ったと考えていいだろう。
現代で言えば、「コンピューター」「インターネット」「メール」「ブログ」といった用語に相当する。佐太郎がこれらの言葉をどうつかいこなすだろうと考えると興味深い。
さて作品そのもの、特に二首目について。60年代の時代を表していると僕は思う。市街・住宅地は木造平屋または二階建。これが近景で、市街からやや離れたところにビル群がある。60年代の光景が目に浮かぶ。現代では市街そのものがビル街で、やや離れたところに団地や建売住宅がある。佐太郎の作品とは逆の位置関係だ。
このように言えるのも、一首によって情景が立ち上がってくるからだ。半世紀へてなお景が顕つということは、表現の的確さの証左とはいえないだろうか。