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書評 鵜飼康東著 歌集『美と真実』

2015年10月03日 23時59分59秒 | 書評(文学)
鵜飼康東著 歌集『美と真実』 角川学芸出版刊



 鵜飼康東。佐藤佐太郎の晩年の弟子である。1974年に「角川短歌賞」を受賞し、1980年には第一歌集『断片』を出版した。そのご関西学院で経済学を研究しながら、2005年には第二歌集『ソシオネットワーク』を出版した。


 歌歴の長い著者だが、今回の歌集は特別な意味がある。それは作者の独自性が開花していることである。


 第一歌集『断片』は爽やかで堅実な青春歌集で、このブログにも書評を書いた。現代短歌社の「第一歌集文庫」に収録されている名著だ。しかし佐藤佐太郎の影響をあまりにも受け過ぎている。本人が「半分佐太郎調」だなと言う。作者の独自性は出ているが、まだ出きってはいない。

 第二歌集の『ソシオネットワーク』にはコンピューターで情報処理をする作者の独自性があるが、コンピューター用語が頻出し、やや力みが見られる。


 その点、本歌集は歌人鵜飼康東の独自性が開花した歌集と言えよう。


 作者は仕事柄海外の在住が長い。その条件を活かし、独自の表現世界を構築している。当然作品には外来語が頻出する。しかしそれは言葉に寄かかっただけのものではない。


・罪深き曲とおもひて聞きゐたり明るく寒きこのカデンツア


・ナヴァーラの野にたふれたる人おもふその輝ける甲冑いずこ


・かぐわしき蜜の香のする夜の部屋ラールゲットの楽章終はる


 冒頭近くより抄出した。どうだろう言葉遣いに塚本邦雄との共通点はないだろうか。作品の硬質感も佐藤佐太郎とは異なる。だが塚本との違いは事実を事実として詠んでいるということだ。これは写実の表現方法であり、塚本のモダニズム的表現方法とは違う。


 また思想性を現わすような作品もある。

・ファシストと呼ばるるわれが船見つつ牛の肋の肉食らいをり

・旗かかげフィウメ占領せし日々のガブリエーレ・ダヌツィオひたに恋ほしむ


 肉感的な作品が収録されているのも特長だ。


・不快なる視線とおもひふり向けば卓のむかひに男色者をり

・全身に精液したたりゐるごとき若き黒人が冷えびえと立つ

・強姦されし後の処置をば細々と女子学生の手引きは記す


 佐藤佐太郎は思想性を露にするのを嫌い、肉感的なものを素材にはしなかった。このような作品も作者の独自性と言えよう。だが表現の根底に堅実な写実歌があるのも指摘しておく。

・あかつきの霧うすれゆく高速路魚のごとくにトラックならぶ

・緑色ににぶく光れる甲虫が夜ふけて壺の蜜をなめをり

・黄砂にておもく苦しきゆふぐれの空見上げつつ爪切りてをり
  

 作者の鵜飼康東は、永遠の青年の風貌をしている。これからも新境地を開きつつ、実験作、問題作を創作してゆくにちがいない。

 本書はプリント・オン・デマンドの出版形式をとっており一般書店には販売されない。本書の発注については、角川グループ読者係 049-259-1100まで連絡されたい。



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