岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

齊藤茂吉と西郷信綱

2010年04月13日 23時59分59秒 | 茂吉:佐太郎総論
西郷信綱といえば、古代文学の研究者。主な著書は「日本古代文学史・岩波書店」「万葉私記・未来社」「古事記研究・未来社」「梁塵秘抄・筑摩書房」など。

よく知られている通り、詩には内容から言って「叙事詩」「叙情詩」がある。(散文詩・物語詩などにはふれない。)

 このうち「叙事詩」は、まだ文字を持っていなかった人間が子孫にいい伝えるべき事を口伝したものだ。「ギリシャ神話」「ローマ神話」「アイヌのユーカラ」などがこれにあたる。だから文字が広く使われるにしたがって、「叙事詩」は物語などの散文に吸収されていった。

 日本の「古事記」は政治的目的がかいま見えるが、西郷信綱は「叙事詩」として研究対象にしている。この時代「言霊」ということがさかんに言われた。「言葉に魂が宿る」ということ。

 斎藤茂吉は信心深い人で「赤光」の名前も経典からとられている。また多くの人が言うように、茂吉の「写生論」は汎神論的な性格をもっている。

 この古代の言霊信仰と茂吉の歌論の汎神論的性格が、両者すなわち斎藤茂吉と西郷信綱を結びつける糸である。西郷信綱も「学生時代に読んだ、< 赤光 >がひどく印象に残った」とのべている。

 一方で茂吉の作品には「ゴーギャン」など近代的なものを詠み込んでいる作品があり、その表現方法・手法には近代詩の影響が見られる。近代的自我を5句31音の短詩形に表現した先駆者の一人であると言ってもいいと思う。

 これを西郷信綱は、「古代と近代の二重性」と呼んでいる。古代文学の研究といっても、現代人の目から研究するのだから、「古代と近代の両者」をもっている斎藤茂吉に興味をもつのは当然といえば当然である。これが「斎藤茂吉」という著書をを西郷信綱という「古代文学の研究者」に書かしめた理由だとおもうのだがいかがだろうか。



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