斎藤茂吉は1921年(大正10年)から1924年(大正13年)までヨーロッパ留学をし、ドイツ・オーストリア・イタリア・フランスとまわり、何度も国境を超えた。そのさまを作品に残している。
・銀行より吾は帰りてこの国の紙幣いろいろ並べつつゐる・「遠遊」
・国越えて旅来し君とたづさはりドナウの河原にものおもひもなし・「同」
・イタリアとオウストリアと国境(さか)ふこの山山を凡(おほ)にし見めや・「同」
・銀行のこと入国券のことむつかしく午後三時を過ぎて帰りく・「同」
・またたくまも定まらぬ金位ききながら兎の脳の切片染めつ・「遍歴」
・金のことも願いて手紙書きにけり業房(ぎょうぼう)に明暮るる心きめつつ・「同」
斎藤茂吉は、さまざまな国を巡ったものだが、これらの国々の多くは現在はユーロ圏となり、単一通貨ユーロを使っている。斎藤茂吉の時代のように貨幣の両替をする必要はない。経済活動が国境を越え、国家統合も視野に入れていたからだ。
しかし、それでかえってギリシャに始まった金融危機がヨーロッパ全体に広がろうとしている。とうとう最優良のドイツの国債にもかげりが見えてきた。ギリシャに財政援助するかしないか。いや援助そのものを受け入れるか。次の金融危機はイタリアか、スペインか。などとニュースから目が離せない。
相対的に安定している「円」が値上がりしている。1ドル=75円。まさに「予想外の事態」だ。このアジアでは、TPP(環太平洋経済連携協定、環太平洋経済パートナーシップ協定)、 FTA(二国間自由貿易協定)、 ASEAN (東南アジア諸国連合・10カ国)、ASEAN +3 (東南アジア諸国連合+日・中・韓)、ASEAN +6(東南アジア諸国連合+日・中・韓・インド・オーストラリア・ニュージーランド)。様々な枠組みで貿易交渉が同時並行して行われている。目的は単一経済圏の確立。成立すれば、EU (ヨーロッパ連合)の前身、EEC (ヨーロッパ経済共同体)のようになるだろう。
ここで思うのは、封建社会から資本主義社会への移行期のことだ。封建社会は市民革命、産業革命をへて資本主義社会になる。国によって時期や移行過程に違いはあるが、主原因は経済だ。封建社会のなかで育った資本主義的生産(工場制手工業=マニュファクチェア)にはより広い市場が必要だった。そうすると諸侯が分立する封建制は市場の広がりを疎外する。つまり経済の発展にとって、封建諸侯の入り組んだ領地の分立が邪魔になったのだ。そこで市民階級を中心に市民革命が起こされ、封建諸侯の領地は撤廃され、国内が単一市場になった。産業革命はその次に来る。
これを現代にあてはめれば、経済活動が国際化しているのに、国の国境はある。そこで経済がより広い単一市場を必要としているのだ。
経済圏の枠組みがどうなるかは分からない。TPP や FTA で、不利になる産業、有利になる産業様々だ。最低限、「食料生産」と「国民皆保険・皆年金」は死守してほしいが、発展途上国への富の再分配の問題なども起こるかも知れない。かつて誰も予想しなかった形で経済がボーダーレスになっていくだろう。そうすれば環境問題も共通の問題として話し合えるようになるだろう。僕は 「ASEAN+6」が妥当なところだと思うが。
その時、国家・国益・国民のありかたはどうなるか。そして日本語や短歌はどうなるか。斎藤茂吉は勿論、佐藤佐太郎も予測だにしなかったことが起ころうとしている。困難な時期だろうが、考えようによってはこんなに幸運な時期はないかも知れない。