《はじめてのおつかい 2》
この話はあちこちにつづくのだが、とりあえず、三つのイメージを揃えておきたい。
一つは、「どの子も地域のふつう学級へ」。
もう一つは、「10代の子の自立援助」。
そして「はじめてのおつかい」に映っているもの。
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《A》《はじめてのおつかい》
3歳の子が、サポートなしでできる「はじめてのおつかい」はない。「より多くのサポート」を必要とする子にとっての、「はじめての経験」も同じ。
子どもに必要なのは、「私で居ることを見守ってくれる」大人の存在とつながり。そのつながりを、まだ子どもが「意識」できないとしても、それが「ある」のと「ない」のは全く違う。
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《B》《はじめてのがっこう》
6歳の子が、サポートなしでできる「はじめてのがっこう」はない。「より多くのサポート」を必要とする子にとっての、「はじめてのがっこう」も同じ。
子どもに必要なのは、「私で居ることを見守ってくれる」大人の存在とつながり。そのつながりを、まだ子どもが「意識」できないとしても、それが「ある」のと「ない」のは全く違う。
ふつう学級という体験をしないことの不利益の一つは、「3歳の子」が体験している無意識の「安全なつながりがあふれている地域社会」の体験の欠如だろう。
※「より多くのサポート」とは、「昭和的表現」では「重度障害」と言った。だから、上の文章を「昭和的表現」でいうと、「どんなに重度の障害のある子にとっての、「はじめてのがっこう」も同じ」となる。
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《C》《はじめての自立》
15歳の子が、サポートなしでできる「はじめての自立」はない。「より多くのサポート」を必要とする子にとっての、「はじめての自立」も同じ。
子どもに必要なのは、「私で居ることを守ってくれる」大人の存在とつながり。そのつながりを、まだ子どもが「意識」できないとしても、それが「ある」のと「ない」のは全く違う。
※ここでも、「より多くのサポート」は、かつて「重度障害」と言われたので、上の文章は、医療的ケアユーザーや、「重度知的障害」とよばれた人の「自立生活」ともつながるが、ここでは主に養護施設を15歳で出されてしまう子どもについて考えている。
養護施設から15で出される子どもの不利益は、学歴や能力の問題ではなく、「3歳の子」が体験している無意識の「安全なつながりがあふれている地域社会」の体験の欠如だろう。
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私たちの「私」は、意識できているより多くの、地域の人たち(安全なつながりの社会に居ること)に包まれ守られ育まれてきた。それを測る尺度を、私たちが未だ持っていないだけ。
こう考える時、「援助・支援」とは、何を大切にすることかが改めて見えてくる。かな。
写真:仲村伊織