◇
1時間目はあっという間に終わった。
みんな楽しそうだったな。
みんなのあんな顔見たの、久しぶりな気がする‥。
八木先生は職員室に戻りながら、
子どもたちの顔を思い返していた。
2年生の教室の前を通った時、
ふっと「2年生のアズ」の顔が浮かんだ。
次の瞬間、そのアズの顔が5年生に変わる。
5年生の始業式の日、
二年ぶりに受け持つことになったアズに、
八木先生はまっさきに声をかけた。
「アズー、また一緒のクラスだね。
また放課後、先生のこと手伝ってくれる?」
アズはチラっと先生の顔を見上げて、つぶやく。
「仕方ないなあ」
変わらないな。
八木先生はなんだかうれしくなる。
どんなにうれしいときも、アズはすぐには表情には出さない。
楽しい時やうれしい時も、それが本当のことで、
すぐには消えたりしないと、ゆっくり気持ちを確かめる。
そんな子どもだった。
アズのぶっきらぼうな「仕方ないなぁ」という言葉が、
八木先生にはうれしくて仕方ない。
5年生になったアズも、2年生の時のように、
放課後の教室が好きだった。
あのころと違うのは、
お母さんの病気が良くなって、
アズが毎日学校にくるようになったこと。
放課後の教室には、
アズといっしょにかなこや友美たちがいること。
そして、髪を結んでくれる人がいないからと
短く切った髪を、また伸ばし始めたこと。
そのアズが、一度、教室でつぶやいたことがある。
「Kちゃんって、どうしてあんななのかな?」
「あんなって?」
友美がミサンガを作る手元を見つめたまま聞く。
「ぜんぜん先生の言うこと聞かないし、
一人でどこか行っちゃうし。
なに考えてるかぜんぜん分かんないじゃない」
「うん‥」
「それに、時々一人で何かしゃべってて。
ぜんぜんヘンな子なのに‥」
「うん‥」
「‥‥‥」
アズの声が小さくなる。
友美が顔をあげる。
となりにいたかなこも、アズをみる。
アズはひとりでうなずきながら、
もう一度小さな声でつぶやく。
「でも、うらやましいな」
友美とかなこは顔を見合わせて、もう一度アズをみる。
「うらやましい?」
アズはだまってうなずく。
友美はミサンガを机において、アズの方に向き直る。
「ごめん、ちゃんと聞いてなかった。
うらやましいって、Kちゃんのこと?」
アズはまたゆっくりとうなずく。
友美はかなこを見て首をかしげる。
「どうしたの? いまヘンな子って言ってたのに。」
「うん」
「知らなかったぁ。アズって、Kちゃんみたいになりたかったの?
ヘンなのが好きなんだ」
友美はちょっとおおげさに聞く。
「そうじゃなくて。」
アズはちらっと八木先生を見る。
「だよね。そんなわけないかぁ。
でもさ、そしたら、なにがうらやましいの?」
アズはちょっと考えてから、
ゆっくりと言葉を探しながら話す。
「Kちゃんて、どうしてあんなに大事にされてるんだろ」
「大事に?」
「されてる?」
友美とかなこが同時につぶやく。
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