徳永さんの本から(*^^)v (その2)
昨日のアクセスが122もあってびっくり(>_<)
徳永さんの文章のアンコールと勝手に解釈して、
「野の花ホスピスだより」から、もう一話。
□ □ □
《五年生の力》
「素人のわしが見ても息子が弱ってきたの、分かります。
薬で楽にしてやってください」
三十九歳の男性の父親がカンファレンスで発言する。
男性の病気は膵がんで、腹腔に広く転移し末期の状態。
カンファレンスルームの円卓を囲むのは男性の父親、母親、
三十五歳の妹、その子、看護師さん、ぼく、の六人。
今までも何回か話し合った。
「息子が見違えるほど元気になってあんなええ顔見せて、
ここに来てよかった」と、父親が相好を崩したのは二回目の時。
「おっつあんと本屋行っていい?」と
妹の子である少年が言ったのもその時だった。
小学二年生の時に父親を事故で亡くし、
以後、男性が父親代わりになっていた。
学校が休みの時はいつも病室のベッドで、
二人一緒にマンガを読んでいた。
今、小学五年生。
少年は「おっつあん」と男性を呼ぶ。
ほんとの父子のようだ。
カンファレンスで、苦しみが強くなった彼に、
そろその鎮静剤を使って眠ってもらうこと(セデーション)は
どうだろう、それ以外に彼の苦痛を取り除くことは難しい局面だ、
とぼくは説明する。
冒頭の発言はその時の父親の答え。
お母さんも「かわいそうだけど、その方がなあ」と机を見る。
方向は決まったかに見えた。
妹は涙を浮かべ「もう助からんのですね」と
看護師とぼくを見つめ上げる。
「友樹、あんたは?」
妹は五年生のわが子に問う。
「おっつあん、えらい(しんどい)けえ、
薬で眠るようにしてもええかって。
そのまま死んじゃうこともあるんだって。どうする?」
突然、少年が泣き崩れた。
大声で泣きじゃくりだした。
セデーションについて小五に意見を求めたのを見たのも初めて、
その答えを見たのも初めて。
泣き崩れる少年を見たのも初めて。
皆がうーん、とうなずいた。
セデーションは全員一致で延期ときまった。
「先生、じゃ、もちっとがんばってみてや」と父親。
「よかったね」と、妹と友樹君が泣きながら
手をつないで病室に向かった。
ぼくの考えは一瞬のうちに転覆した、小学五年生の力で。
臨床は思いの深さによって舵は取られていく。
「野の花ホスピスだより」(徳永進 新潮社)より。
□ □ □
よけいなことを付け加えない方がいい気もするのだが一言だけ。
最後の一行を、一言だけ変えてみる。
《教育は思いの深さによって舵は取られていく》
私が「特別支援教育」を信じられないのは、
この一点と言ってもいいかもしれない。
「特別支援教育」は、
「みんなといっしょがいい」という子どもの思いの深さをみないから。
一週間前の入学相談会にきた2年生の女の子。
Eriちゃんの声がずっと耳に残っている。
「いける?」
「だいじょうぶ?」
大丈夫だよ、Eriちゃん(^^)v
今日、お父さんとお母さんとNakaiさん
が、市教委に「4月からお兄ちゃんと同じ小学校に行けますように」
というお手紙を出したからね。
教育は子どもの思いの深さによって
舵が取られて、いきますように(o|o)
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