やっちゃんが、学校の「運動会」にふつうに参加するという、
取り立てて芸のない「ふつう」を手に入れたこと。
でも、1年生から4年生までの間は、
彼にとっていろんな「不安」(難関)(こだわり)が
あったに違いありません。
そのこだわりの溶ける時間として、
彼にとっては「4年」という年月が必要だったのです。
運動会は一年に一回しかないのですから、
何かを「確かめる」チャンスは一年に一回しかありません。
「もう大丈夫そうなんだけどなぁ……」と感じていたとしても、
それが「本当に自信をもって大丈夫」と「再確認」するには、
一年待たなければならないのです。
はたから見ていたら面倒だなーと、思います。
でも、その「溶けない不安、まだ溶けないこだわり」を
抱えたままがんばっているのは、本人なのです。
「かわいそう」なのは、「障害」による
そうした困難があることではありません。
「かわいそう」と言うとしたら、
彼が自分の人生をせいいっぱい生きてがんばっていることが、
周りには見えないことです。
彼が、みんなと一緒にいること、
みんなと一緒に運動会に参加することを、あきらめず、
がんばっている、そのことの中身が、
周りの人には分からないことです。
「練習のときはできたのに」
「毎日通っている学校なのに」
「同じクラスの友だちといつもはできてることなのに」
「そんなに難しいことじゃないのに」
「本人だってこれくらい理解できてるはずなのに」
「なんで、これが、できないの?」
そんなふうに、子どもががんばって闘っているものが、
私たちにはぜんぜん見えないことがあります。
そこで、「見えるがんばり」だけを、
子どもに要求する人たちもいます。
結果の見える「がんばり」や「努力」だけを要求するのです。
この「がんばり」こそが、あなたのためと。
「見えるがんばり」を支援することを、特別支援教育と言います。
わたしたちは、なにをどうがんばるのかを、子どもに委ねます。
子どもが、自分で自分を助ける自分を手に入れるために、
みんなのなかで、子ども自身が試行錯誤して、
がんばる姿を応援したいのです。
ともあれ、やっちゃんは、そうしてすべての確認を終えて、
運動会にふつうに参加するという「ふつう」を、
5年生で手に入れました。
その「ふつう」は、とても豊かな「ふつうの種」でした。
「小学校の運動会」という「ふつう」だけではなかったのです。
彼が手に入れた「ふつう」、「溶けたこだわり」は、
毎日の生活を通して、社会一般の「ふつう」に
つながるものだと思うのです。
ノーマライゼーションともいいます。
「みんなと違っていていいんだよ。みんな一人ひとり違うんだから」
そのことは、みんなと一緒にいるなかで、
子ども自身が感じ、手に入れるものです。
やっちゃんが手に入れた「ふつう」は、そういう類のものでした。
だから、6年生の運動会にもふつうに参加したのはもちろん、
初めての中学校の、初めての体育祭にも
なんの抵抗もこだわりもなく、参加できたのでしょう。
もちろん「初めてのものへの不安」が
なかったわけではないのでしょう。
でもそれは、新一年生みんながふつうに感じる、
ふつうの不安であり、ふつうに対処すればいいのだと
了解すること、を含めて
「ふつうの種」を手にしているのです。
そのふつうの種は、この先、一生、みんながふつうに
「運動会だ」「コンサートだ」「オリンピック」だと感じる程度の、
行事として把握することができているのでしょう。
それらに参加するにしても、しないにしても、
ふつうに「選べる」ふつうを、手に入れたのです。
それは、自分を助ける自分の、基本型の一つです。
大人になって、周りの人が、自分の子供時代の話をするとき、
運動会のこと、文化祭のこと、修学旅行のこと、
それらの人それぞれに違う思い出の中に含まれる、
共通する「ふつう」。
「あ、それ知ってる…」
「棒倒し、ぼくの小学校の運動会にもあった…」
「ぼくの小学校の修学旅行は…」
「わたしのときの林間は…」
「中学とき合唱祭でクラスが優勝したときの歌は……」
そんな「ふつう」の種の数々。
それを、「とてつもないふつう」といいます。
あまりにふつうすぎて、とくにたいした価値もないふつうのこと。
なんでもない子ども時代の思い出のこと。
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