《はじめてのほいくえん》① (さきちゃんの場合)
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「はじめてのおつかい」なんて考えもしなかった。保育園に入れることさえ迷っていた。障害があると言われ、まだうまく話せないし、何をするにもゆっくりな子だった。
保育士さんに「大丈夫ですよ、心配ないですよ」と言われても耳に入らなかった。上の空で仕事をしながら、「大丈夫かな」「うまくやれてるかな」「ひとりで泣いてないかな」のループから抜け出せなかった。
一日目、お迎えにいくと、子どもは私の顔をみて、逃げだして泣いた。
「やっぱり大変だったのかな」「まだ早かったかな」「ふつうの保育園は無理なのかな」「この子がこんなに大変なら無理させずに辞めさせてあげた方がいいのかな」。
ひそかに退園の決心を固める私に、この子は言った。
「帰りたくない~~~」、「もっとみんなと遊びたい~~~」。
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「明日もまた来れるからね」、そう言い聞かせ、帰宅する日々。
「明日も保育園に来れるからと」、「毎日お友だちに会えるからと」、「この繰り返しの生活がつづくのだと」、それを理解してくれるのに数日かかかった。
この子のこの圧倒的な信頼はどこから?
お友だちへの信頼。保育士さんたちへの信頼。
この「つながりの安全」への信頼は、どこから生まれるんだろう?
「家に帰っても、あしたまたみんなに会える」ことの理解に、数日かかった。
これを「理解の遅れ」って言うんだっけ?
「遅れ」があるってこういうことだっけ?
障害ってなんだっけ?
入園前の不安は、いったい何だったんだろう?