なぜと問わなくてすむようにⅡ 8歳の夜
「どうしてふつう学級なの?」と問われる子がいる。
「わからない授業はかわいそうでしょう」と。
「みんなと一緒にいたい」という子どもの思いを
「なぜ?」と問う人がいる。
「どうして高校なの?」と問われる子がいる。
「義務教育じゃないのに」と。
みんなと一緒に高校にいきたいという思いを
「なぜ?」と問う人がいる。
「どうして生まれてきたの?」と問われる子がいる。
「検査を受ければよかったのに」と。
生まれきた命を
「なぜ?」と問う人がいる。
◇
「どうしてここがあなたの居場所だと思うの?」
「ここは、あなたの来る場所じゃない」
「ここに来ようなんて、どうして思いついたの?」
「ここは、適格者の場所」
「あなたは不適格。どんなに席が空いていても、ここにあなたの椅子はない」
「たとえ40個の机と椅子が空き、教室まるごと空いたとしても、あなたの座る席はない」
「どうして高校なの?」
「本当に自分の意思なの?」
「あなたの幸せは、ここにはないでしょう?」
そんなふうにさまざまな言葉で 問われる子がいる。
何百回も、何千回も、何万回も、問いは繰り返されてきた。
そんなふうに問わる子どもの隣で、私は生きてきた。
□
ふり返れば、最初に問われたのは私だった。
「どうしてここにいたいの?」
「どうしてみんなといっしょがいいの?」
8歳のあの日、「なぜ?」と問う人が私の前にいた。
「どうしてカズやタカオといっしょにいたいの?」
「どうして順さんやペコとはなれたくないの?」
こたえられなかった。
「どうして親といっしょに暮らしたいの?」
「どうして妹たちとはなれたくないの?」
だまることしかできなかった。
ふつう学級にいられなくなることは、問いの前に立つことだった。
父ちゃんと母ちゃんも返すことばを持たなかった。
ただ夜中に二人が泣いていた記憶が、私の中にある。
私にとって死よりも悪い運命。人生で最悪な夜。
それは失業でも離婚でもリンパ節転移のある癌を告げられた夜でもなかった。
「なぜ」という問いに返すことばを持たず、両親の泣き声に布団をかぶった8歳の夜。
―――あの夜から50年が過ぎた。
88歳の父と82歳の母はいまも実家にいる。
二人の妹もそばにいる。
あのとき、分けられなくてよかった。
だから、いまここにいる。
あのとき、私の家族はことばを持たなかった。
けれど、それが答えだったのだと、いまは分かる。
その問いに、答えることばはもともとなかった。
いることが答えだった。
もう出会っている。いまここにいる。
それが答えだった。
寄る辺はことばではない。
「なしにできないもの」は ことばにはならない。
障害があろうがなかろうが、私たちはここで出会った。
ことばにしようがしまいが、ここにいる。
みんなと出会い、いま ここに いる自分。
明日も この自分を生きたい。
夏には海とひまわりを見たい。
秋にはコスモスを、冬には降りつもる雪を見ていたい。
そして春には桜の下で、「なぜ」とはだれにも問わないで、
はじめての学校に通う子どもたちの笑顔を見たい。
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