ワニなつノート

「ルポ消えた子どもたち」(その7)

「ルポ消えた子どもたち」(その7)


《一歩踏み込むこと》




【結局、小学校は6年間一度もナミさんの姿を確認しないまま対応を終えた。
なぜもう一歩踏み込んで、彼女を助け出すことができなかったのか。】

しつこいようだが、この2行にこだわってみる。

「なぜもう一歩踏み込んで、助け出すことができなかったのか?」

それは、「一歩、踏み込んでも、どうにもならない」現実があることを、みんなが知っていたからだ。
そこにいるのが「重度の障害児」であるなら、教育委員会や学校、児童相談所は、それ以踏み込まないというしきたりを、「就学猶予・免除」が作ってきたからだ。

「小学校は6年間一度もナミさんの姿を確認しないまま対応を終える」ことができたのは、それが可能な「制度」(法律)が長く続いていたからだ。

ナミさんの母親が、「障がいとそれに伴う症状があるため、学校に行かせることができない」という理由を言い訳に使ったのは、それが、「相手」には説得力があることを、計算ではなく常識として、知っていたからだと思う。

そして、教育委員会も学校も、その最初の言葉にたやすくだまされ続けたのだ。


私がこの記述にこだわるのは、「一歩、踏み込んで、助け出す」ことのイメージを、この本を書いた人たちがどう描いているのか一つも伝わってこないからだとおもう。

私の頭にあるイメージは、福井達雨さんに聞いたことばだ。


【 その時分の止揚学園の子は、ほとんどが座敷牢の中から連れ出してきておりました。
帰すとなれば、座敷牢に帰すか、精神病院に送り込むしか方法がありませんでした。
どうして精神病院や座敷牢へこの子供達を送り帰すことができましょう。

…今から数年ほど前、…ある子どもが座敷牢に入っておりました。
その子供を止揚学園に連れてこようと思いましが、法律が阻んで連れ出せません。
その子は二十才を過ぎておりました。
止揚学園は二十才までしか入れませんし、しかも法律では定員を超えてはいけないことになっています。
止揚学園はいつも定員がいっぱいです。私はいろいろな行政庁を回りましたが、どこへ行っても、法律が、法律が、法律がこうなっているから、と切られてしまいました。
そして、その子は、その六ヵ月後に、とうとう両親から殺されてしまったんです。

私は愕然としました。…法律をちゃんと守ったばっかりに、子供が殺された。
私は、自分達の仕事の無意味さと無力さを、その時、しみじみと感じたのです。

私はその日の晩、職員達を集めて、「私達の仕事はもう無意味で無力だからやめよう」って説いたんです。
重苦しい話し合いが遅くまで続けられました。…夜の二時を過ぎた頃、一人の職員が立ち上がって、こんなことを言い出したんです。

「先生、私達は生命を守る仕事をしている人間です。もしも法律を守って生命がおかされるのなら、たとえ法律をおかしてでも生命を守るのが私達の仕事ではないでしょうか。先生、これからは法律をおかしましょう」
「もう、私は疲れ果てた。そんなことをしたら、また悪口を言われるからいやだ」

「先生、いいじゃないですか。先生は今まで何度も悪口言われてきた。また悪口言われても同じ事じゃないですか。しかし、先生、一つだけ聞いて下さい。これからは、私達が先生と共に歩く。……私達が戦う。皆で力を合わせるから、先生、法律を破りましょう」

「そんなことをしたら、子供を国がみてくれなくなる。国がみてくれなくなったら、また経済的に大変になる。これ以上の赤字を背負うのは、私としては耐えられない。もう疲れた」

「先生、お金は返すことできても、生命は返すことはできません。これからは先生、私達も募金にまわる。街頭募金にも行くし、先生の本も売ってくる。だから、これからは法律を破りましょう」

…私は、「生命は返せないけれども、お金は返せるじゃないか」と言った職員達の熱意に励まされて、法律をおかし始めました。】


(「生命をかつぐって重いなあ」福井達雨 柏樹社)


      ◇


この本が書かれたのは1975年。

私の大切な友人は、1982年まで小学校の門を閉ざされたままだった。

ナミさんが生まれたのは1988年。
学校や教育委員会の意識は、就学猶予免除の時代とたいして変わってはいないころだ。

障がいのある子どもが、ふつう学級に当たり前に通う、という点で言えば、学校や教育委員会の意識はいまもたいして変わっていない。

特別支援教育というソフトな装いで、子どもを「見えない子どもたち」にしている分、悪くなっているような気もする。


(つづく)
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