あと1ケ月でウォーキングを始めてから10年になる
第一歩を踏み出したのは2000年10月1日だった
自宅から服部緑地を通り抜け履正社高校前を折り返し
必死で歩いたことをいまでもはっきりと覚えている
夜の公園や道路は危ないから朝のウォーキングにした
ほうがいいと誰にも言われたがナイトにこだわった
当時、仕事場を開放して様々な夜の勉強会を開催して
いたが飲食を伴うために人間ドックの数値が年々悪化
するばかり、これを改善するためには夜の過ごし方を
替える以外ないと「酒」を「ウォーキング」にした
当然、勉強仲間は離れていくし、勉強の機会は減るし
マイナス面もあったが、逆に医者通いの回数も減って
体調面では改善がすすみ歩くことに引きずり込まれた
そのうち歩く範囲が近隣から大阪市内へ、そして奈良
京都へとだんだんと広がり、撮った写真でHPを作成
しているうちにネットから歩きたいという申し込みが
出てきて現在のウォーキング倶楽部の原型ができた
ひとりで始めたウォーキングだったが
集まってきた人を受け入れるために倶楽部をつくり
大勢の人と歩きたくてウォーキング協会へ入会した
60代の前半はウォーキング(歩くこと)が楽しくて
年間の目標をたて、月々の歩くキロ数、年間のキロ数
を設定して頑張ったが膝を痛めて気がついた
面白くなると歩くことがそのまま目標になり歩く数字を
追って無理な歩きをしてしまう
歩く目的はそれぞれ違う・・
目的が違えば歩き方も違ってくる
それに合った目標が必要だから
わが倶楽部では「健康」をキーワードにした
とにかく楽しくあるくことが大前提
少々、不格好でもいい
のろくてもいい
歩くことを好きになればいい
歩くことでリフレッシュできればいい
人の歩きは気になるが
自分の歩く姿は自分には見えない
決してそんなにいい歩き方はしていないと思う
だからあまりこだわらないこと
いろいろ歩いて行くうちに何かにチャレンジしたくなる
それがひとりイベント、シリーズ式のチャレンジウォーク
と名付けて始めた次のウォーク・プログラムだった
63歳の時、琵琶湖から大阪湾まで三日間で歩いた
これが自信になったがここで再びひざを痛めてしまった
64歳で琵琶湖一周

65歳でしまなみ海道

66歳で熊野古道

67歳から70歳の誕生日まで東海道五十三次上りを

そして71歳のいま、伊勢街道歩き・・休止中

自分なりの順番でここまで単独ひとり歩きをしてきた
正直なところこれでもう終わるような気がするが・・
それはもっと年齢に合った、そして関西と言うエリア
を活かした自分独自のライフウォーキングをしたいと
思っている
人のやらないことにチャレンジすることは面白い
ウォーキングを始めてから作成してきたHPは膨大な
記録になっていまはCDに保存してあるが再現はできる
ただし、それをすべて公開すると相当な容量のになり月々
の使用料が相当額になるので残念ながらできない
ウォーキングを始めて3年目に作成したウォーキングロゴ

・・ウォーキング10年史は下記からリンクできます・・・
http://www.human-dy.com/walking.life
10年史(上記URLのHP)にはチャレンジウォーク
と名付けて歩いた次に紹介するコースの記録を一か所に
まとめてみた
また主宰して10年になったウォーキング倶楽部の記録
の一部も公開している

さらにシューズメーカーの㈱ムーンスターが主宰して
いるウォーキングSNSサイトで2008年から依頼
されてオフィシャルブロガーをしているので紹介をして
おきたい

このオフィシャルブロガーになったことから東海道五十三次
を歩いていた自分の勝手応援隊が結制されてお江戸日本橋に
ゴールした70歳の日には大勢の応援隊が感激の出迎えを
してくれた
これは生涯忘れられない出来事になるだろう
歩くことは楽しい
歩けることはすばらしい
生きている限り足は現役
いつでも、どこでも、だれとでも
明るく、楽しく、元気よく
さわやかに、軽やかに歩こう!
あの日から60代はウォーキングに明け暮れた
よく飽きもせず、ここまで続けてきたものだ
もし、ウォーキングと出会っていなかったら
もし、ウォーキングを始めていなかったら
いま頃はどうなっていただろうと思うと
ぞっ!とする
今年の10月1日の11周年目の記念日はお祝い事で
関東に行っているのでウォーキングブログは書けない
その前にこれまでの10年を振り返ってみた
「ウォーキング10年史」
ほんとうなら記録誌として編集してみたいのだが
それは最優先事項ではないので実現できないだろう
63歳から71歳の今日までの顔写真も公開したが
決して指名手配写真ではない
”よう顔写真を載せるなあ!”と言われるだろうが
顔写真が載せられなくなったらウォーキングなんか
してもしょうがないと思っている
一日一日、時は過ぎる
写真の自分も過去の自分になっていく
しかし、あの時、たしかに写真の自分がいた
そのイメージだけは大事に持ち続けて
いつでも、どこでも、だれとでも、
明るく、楽しく<元気よく
さわやかに、軽やかに、歩き続けたい!
そんな楽しく歩いている「ウォーキング顔」だけは
どんなことがあろうとも忘れないようにという思い
で写真に公開している
どこまで歩けるかどうかわからないが足は生涯現役
生きている限り歩き続けたい。
第一歩を踏み出したのは2000年10月1日だった
自宅から服部緑地を通り抜け履正社高校前を折り返し
必死で歩いたことをいまでもはっきりと覚えている
夜の公園や道路は危ないから朝のウォーキングにした
ほうがいいと誰にも言われたがナイトにこだわった
当時、仕事場を開放して様々な夜の勉強会を開催して
いたが飲食を伴うために人間ドックの数値が年々悪化
するばかり、これを改善するためには夜の過ごし方を
替える以外ないと「酒」を「ウォーキング」にした
当然、勉強仲間は離れていくし、勉強の機会は減るし
マイナス面もあったが、逆に医者通いの回数も減って
体調面では改善がすすみ歩くことに引きずり込まれた
そのうち歩く範囲が近隣から大阪市内へ、そして奈良
京都へとだんだんと広がり、撮った写真でHPを作成
しているうちにネットから歩きたいという申し込みが
出てきて現在のウォーキング倶楽部の原型ができた
ひとりで始めたウォーキングだったが
集まってきた人を受け入れるために倶楽部をつくり
大勢の人と歩きたくてウォーキング協会へ入会した
60代の前半はウォーキング(歩くこと)が楽しくて
年間の目標をたて、月々の歩くキロ数、年間のキロ数
を設定して頑張ったが膝を痛めて気がついた
面白くなると歩くことがそのまま目標になり歩く数字を
追って無理な歩きをしてしまう
歩く目的はそれぞれ違う・・
目的が違えば歩き方も違ってくる
それに合った目標が必要だから
わが倶楽部では「健康」をキーワードにした
とにかく楽しくあるくことが大前提
少々、不格好でもいい
のろくてもいい
歩くことを好きになればいい
歩くことでリフレッシュできればいい
人の歩きは気になるが
自分の歩く姿は自分には見えない
決してそんなにいい歩き方はしていないと思う
だからあまりこだわらないこと
いろいろ歩いて行くうちに何かにチャレンジしたくなる
それがひとりイベント、シリーズ式のチャレンジウォーク
と名付けて始めた次のウォーク・プログラムだった
63歳の時、琵琶湖から大阪湾まで三日間で歩いた
これが自信になったがここで再びひざを痛めてしまった
64歳で琵琶湖一周

65歳でしまなみ海道

66歳で熊野古道

67歳から70歳の誕生日まで東海道五十三次上りを

そして71歳のいま、伊勢街道歩き・・休止中

自分なりの順番でここまで単独ひとり歩きをしてきた
正直なところこれでもう終わるような気がするが・・
それはもっと年齢に合った、そして関西と言うエリア
を活かした自分独自のライフウォーキングをしたいと
思っている
人のやらないことにチャレンジすることは面白い
ウォーキングを始めてから作成してきたHPは膨大な
記録になっていまはCDに保存してあるが再現はできる
ただし、それをすべて公開すると相当な容量のになり月々
の使用料が相当額になるので残念ながらできない
ウォーキングを始めて3年目に作成したウォーキングロゴ

・・ウォーキング10年史は下記からリンクできます・・・
http://www.human-dy.com/walking.life
10年史(上記URLのHP)にはチャレンジウォーク
と名付けて歩いた次に紹介するコースの記録を一か所に
まとめてみた
また主宰して10年になったウォーキング倶楽部の記録
の一部も公開している

さらにシューズメーカーの㈱ムーンスターが主宰して
いるウォーキングSNSサイトで2008年から依頼
されてオフィシャルブロガーをしているので紹介をして
おきたい

このオフィシャルブロガーになったことから東海道五十三次
を歩いていた自分の勝手応援隊が結制されてお江戸日本橋に
ゴールした70歳の日には大勢の応援隊が感激の出迎えを
してくれた
これは生涯忘れられない出来事になるだろう
歩くことは楽しい
歩けることはすばらしい
生きている限り足は現役
いつでも、どこでも、だれとでも
明るく、楽しく、元気よく
さわやかに、軽やかに歩こう!
あの日から60代はウォーキングに明け暮れた
よく飽きもせず、ここまで続けてきたものだ
もし、ウォーキングと出会っていなかったら
もし、ウォーキングを始めていなかったら
いま頃はどうなっていただろうと思うと
ぞっ!とする
今年の10月1日の11周年目の記念日はお祝い事で
関東に行っているのでウォーキングブログは書けない
その前にこれまでの10年を振り返ってみた
「ウォーキング10年史」
ほんとうなら記録誌として編集してみたいのだが
それは最優先事項ではないので実現できないだろう
63歳から71歳の今日までの顔写真も公開したが
決して指名手配写真ではない
”よう顔写真を載せるなあ!”と言われるだろうが
顔写真が載せられなくなったらウォーキングなんか
してもしょうがないと思っている
一日一日、時は過ぎる
写真の自分も過去の自分になっていく
しかし、あの時、たしかに写真の自分がいた
そのイメージだけは大事に持ち続けて
いつでも、どこでも、だれとでも、
明るく、楽しく<元気よく
さわやかに、軽やかに、歩き続けたい!
そんな楽しく歩いている「ウォーキング顔」だけは
どんなことがあろうとも忘れないようにという思い
で写真に公開している
どこまで歩けるかどうかわからないが足は生涯現役
生きている限り歩き続けたい。