昨年の末から今年のはじめにかけて、イスラエル軍はパレスチナ自治区ガザを連日空爆した。一連の空爆による死者は1300人以上、負傷者は6000人を超えると報道された。その多くが、女性や子どもを含む非戦闘員の一般市民であるという。空爆に怯える女性や子ども達の映像もたびたび流された。どんな理由があろうと許されない所業であると思う。国際連合などの組織が、ハーグ条約をはじめとする(誰が考えても当たり前の)国際法を、すべての国に守らせることができないのはなぜなのか。こうした空爆が二度と起きないようにすることこそ、国際社会の最優先課題だと思う。
ところで、そうした無差別爆撃を、日本軍が1930年代にエスカレートさせたことを忘れてはいけないと思う。
1931年10月錦州に始まった日本軍の無差別爆撃は、政府による「対支膺懲」声明(1937年8月15日)が発表されると、急速にエスカレートしていったようである。国際社会の非難や国際連盟の非難決議を受け入れることなく、陸軍中央自ら毒ガスの使用さえ許容し、重慶では、軍事目標とはほど遠い重慶市街の中央公園を爆撃目標とする命令が下された。当然、多数の非戦闘員が、その犠牲となった。「戦略爆撃の思想 ゲルニカ-重慶-広島への軌跡」前田哲男(朝日新聞社)よりの抜粋である。
---------------------------------- 南京渡洋爆撃
国際連盟の対日非難決議とルーズベルトの対日非難演説
日本はこの時期すでに国際連盟を脱退して久しかったが、その国際連盟でも中国への都市爆撃問題は取り上げられ、1937年9月28日、総会は23国諮問委員会の対日非難決議案を全会一致で可決した。全文は以下の通りである。
「諮問委員会は、日本航空機に依る支那に於ける無防備都市の空中爆撃の問題を緊急考慮し、かかる爆撃の結果として多数の子女を含む無辜の人民に与えられたる生命の損害に対し深甚なる弔意を表し、世界を通じて恐怖と義憤の念を生ぜしめたるかかる行動に対しては何等弁明の余地なきことを宣言し、ここに右行動を厳粛に非難す」
それより一週間後、ルーズベルト米大統領はシカゴにおいて「隔離演説」として知られるようになった対日非難演説を行う。
「世界の国の9割は、一般的に認められる法と道義の標準にしたがい、平和な生活をしたいと力めているにもかかわらず、残りの1割の国は極めて好戦的で、他国の内政に干渉しあるいはたこくの領土に侵入することにより、世界の秩序及び国際法を破壊しつつある。現に宣戦の布告もせず、何等正当な理由もなくして婦女子を含む非戦闘員を空爆により無慈悲に殺害しつつある状態である。これは特定の条約違反などという問題ではなく、国際法及び人道の世界的問題で、いかなる国も無関係ではあることはできない」
・・・(以下略)
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漢口W基地の建設
重慶爆撃計画が浮上
同床異夢だとはいえ、国共合作もなった今、蒋介石が膝を屈することなどあり得ようはずもなかった。手詰まりを一気に打破する起死回生の手段として、「蒋介石の都」重慶爆撃計画が浮上してくるのは、このような情勢下においてであった。
対重慶戦略爆撃の企図を明確に示した天皇の名による最高指示、「大陸命第241号」が参謀総長・閑院宮戴仁親王名をもって現地軍司令官(杉山元・北支那方面軍司令官、畑俊六。中支那派遣軍司令官、安藤利吉・第21軍司令官)に奉勅伝宣されたのは、1938年12月2日のことである。「戦政略爆撃」はここに石に刻まれた文字となる。
1、大本営ノ企図ハ占拠地域ヲ確保シテ其安定ヲ促進シ堅実ナル長期攻囲ノ
態勢ヲ以テ残存抗日勢力ノ制圧衰亡ニ勉ムルニ在リ
こう基本目標を設定した上で、
5、中支那派遣軍司令官ハ主トシテ中支那北支那ニ於ケル航空進攻作戦ニ任
ジ特ニ敵ノ戦略及攻略中枢ヲ制圧攪乱スルト共ニ敵航空戦力ノ撃滅ニ勉ム
ベシ 密ニ海軍ト協同スルヲ要ス
と、航空進攻作戦においてはその目的が敵の戦略・政略中枢撃滅にあることを明らかにしていた。
この大陸命を承けて、同日参謀総長戴仁親王名による作戦指示、大陸指第345号が現地軍3司令官に下されるが、そこでは航空進攻作戦に関する指示を冒頭においていた。
大陸命第241号ニ基キ左ノ如ク指示ス
1、全支ニ亘ル航空作戦ノ実施ニ関スル陸海軍中央協定、別冊ノ如ク定ム
敵ノ戦略及政略中枢ヲ攻撃スルニ方リテハ好機ニ投ジ戦力ヲ集中シテ特ニ
敵ノ最高統帥及最高政治機関ノ捕捉撃滅ニ勉ムルヲ要ス
ここに明記された通り、来るべき戦政略攻撃作戦は、日本軍の作戦として極めて異例のことに、当初から陸海軍中央協定に基づく協同作戦を建て前としていたのである。兵力の大量かつ集中使用こそ戦略爆撃の要諦であることを参謀本部はよくわきまえていた。
もう一点、大陸指第345号には恐るべき指示が盛り込まれている。
その第6項──。
6、在支各軍ハ特殊煙(あか筒、あか弾、みどり筒)ヲ使用スルコトヲ得、但シ之
ガ使用ニ方リテハ市街地特ニ第三国人居住地域ヲ避ケ勉メテ煙ニ混用シ、
厳ニガス使用ノ事実ヲ秘シ其痕跡ヲ残サザルガ如ク注意スベシ
「特殊煙」とは毒ガスを指し、あか筒、あか弾は砒素系のジェフェニールシアンシルシン、みどり筒は催涙ガスの符号である。日中戦争間、日本軍による毒ガス使用はすでに多くの資料で明白になっているが、それは、この参謀総長命令のもと実施されていたのであり、やがて重慶市民も日本軍の毒ガス攻撃や毒入りタバコ投下のうわさに神経を尖らせるようになる。エチオピア戦線におけるイタリアと同様、日本もまた毒ガスを禁止したジュネーブ議定書署名国でありながら、それに拘束されるつもりは全くないようであった。大陸指第345号は、日本が対中国戦争遂行にあたり、二つの国際法規──「毒ガス等の禁止に関する議定書」および「空戦に関する規則」(とくに第22条「非戦闘員等に対する爆撃の禁止」)──を無視する決意であることを、同一文書によって中国派遣の全陸軍部隊に指示・徹底させるものといえた。
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重慶初爆撃
重慶とゲルニカの共通性
1938年12月25日17時。漢口飛行基地(W基地)に戦闘司令所をおく陸軍第1飛行団長・寺倉正三少将から隷下部隊に一通の攻撃命令が発せられた。
「飛行団ハ主力ヲ以てテ重慶市街ヲ攻撃シ、蒋政権ノ上下ヲ震撼セントス 攻撃日時ヲ明26日13時ト予定ス」
第1飛行団長・寺倉陸軍少将にとって、重慶爆撃の任務決行は、べつに驚くにあたらない既定の流れであった。大本営の企図する次の作戦が航空戦力をもってする奥地進攻──四川省要地攻撃となることはあらかじめ知らされていた。その場合、陸軍航空の先陣に立つのが漢口に司令部をおき重爆隊3個戦隊を擁する第1飛行団の任務になるのはわかりきったことだった。寺倉は、大陸命第241号によって戦政略攻撃中心に作戦転換のなされるすでに以前、直属上級司令部にあたる航空兵団司令官・江橋英次郎中将から、遠距離航空撃滅戦と要地攻撃の訓練に5週間でメドをつけ7週間で完成させるよう命じられていて、部下は爆撃、射撃、航法の訓練に寧日ない状態だったのである。
……(以下略)
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爆撃目標は街の広場「中央公園」
寺倉の命令は、爆撃目標、方法に関しさらに細かく言及していた。
7、飛行第60戦隊及飛行第98戦隊ハ相協同シテ明26日13時ヲ期シ重慶市
街ヲ攻撃スルノ準備ニ在ルベシ 目標ハ両戦隊共重慶市街中央公園、都
軍公署……公安局県政府ヲ連ヌル地区内トシ副目標ヲ重慶飛行場トス 爆
弾ハ百瓲以上ノモノヲ使用スベシ
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ところで、そうした無差別爆撃を、日本軍が1930年代にエスカレートさせたことを忘れてはいけないと思う。
1931年10月錦州に始まった日本軍の無差別爆撃は、政府による「対支膺懲」声明(1937年8月15日)が発表されると、急速にエスカレートしていったようである。国際社会の非難や国際連盟の非難決議を受け入れることなく、陸軍中央自ら毒ガスの使用さえ許容し、重慶では、軍事目標とはほど遠い重慶市街の中央公園を爆撃目標とする命令が下された。当然、多数の非戦闘員が、その犠牲となった。「戦略爆撃の思想 ゲルニカ-重慶-広島への軌跡」前田哲男(朝日新聞社)よりの抜粋である。
---------------------------------- 南京渡洋爆撃
国際連盟の対日非難決議とルーズベルトの対日非難演説
日本はこの時期すでに国際連盟を脱退して久しかったが、その国際連盟でも中国への都市爆撃問題は取り上げられ、1937年9月28日、総会は23国諮問委員会の対日非難決議案を全会一致で可決した。全文は以下の通りである。
「諮問委員会は、日本航空機に依る支那に於ける無防備都市の空中爆撃の問題を緊急考慮し、かかる爆撃の結果として多数の子女を含む無辜の人民に与えられたる生命の損害に対し深甚なる弔意を表し、世界を通じて恐怖と義憤の念を生ぜしめたるかかる行動に対しては何等弁明の余地なきことを宣言し、ここに右行動を厳粛に非難す」
それより一週間後、ルーズベルト米大統領はシカゴにおいて「隔離演説」として知られるようになった対日非難演説を行う。
「世界の国の9割は、一般的に認められる法と道義の標準にしたがい、平和な生活をしたいと力めているにもかかわらず、残りの1割の国は極めて好戦的で、他国の内政に干渉しあるいはたこくの領土に侵入することにより、世界の秩序及び国際法を破壊しつつある。現に宣戦の布告もせず、何等正当な理由もなくして婦女子を含む非戦闘員を空爆により無慈悲に殺害しつつある状態である。これは特定の条約違反などという問題ではなく、国際法及び人道の世界的問題で、いかなる国も無関係ではあることはできない」
・・・(以下略)
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漢口W基地の建設
重慶爆撃計画が浮上
同床異夢だとはいえ、国共合作もなった今、蒋介石が膝を屈することなどあり得ようはずもなかった。手詰まりを一気に打破する起死回生の手段として、「蒋介石の都」重慶爆撃計画が浮上してくるのは、このような情勢下においてであった。
対重慶戦略爆撃の企図を明確に示した天皇の名による最高指示、「大陸命第241号」が参謀総長・閑院宮戴仁親王名をもって現地軍司令官(杉山元・北支那方面軍司令官、畑俊六。中支那派遣軍司令官、安藤利吉・第21軍司令官)に奉勅伝宣されたのは、1938年12月2日のことである。「戦政略爆撃」はここに石に刻まれた文字となる。
1、大本営ノ企図ハ占拠地域ヲ確保シテ其安定ヲ促進シ堅実ナル長期攻囲ノ
態勢ヲ以テ残存抗日勢力ノ制圧衰亡ニ勉ムルニ在リ
こう基本目標を設定した上で、
5、中支那派遣軍司令官ハ主トシテ中支那北支那ニ於ケル航空進攻作戦ニ任
ジ特ニ敵ノ戦略及攻略中枢ヲ制圧攪乱スルト共ニ敵航空戦力ノ撃滅ニ勉ム
ベシ 密ニ海軍ト協同スルヲ要ス
と、航空進攻作戦においてはその目的が敵の戦略・政略中枢撃滅にあることを明らかにしていた。
この大陸命を承けて、同日参謀総長戴仁親王名による作戦指示、大陸指第345号が現地軍3司令官に下されるが、そこでは航空進攻作戦に関する指示を冒頭においていた。
大陸命第241号ニ基キ左ノ如ク指示ス
1、全支ニ亘ル航空作戦ノ実施ニ関スル陸海軍中央協定、別冊ノ如ク定ム
敵ノ戦略及政略中枢ヲ攻撃スルニ方リテハ好機ニ投ジ戦力ヲ集中シテ特ニ
敵ノ最高統帥及最高政治機関ノ捕捉撃滅ニ勉ムルヲ要ス
ここに明記された通り、来るべき戦政略攻撃作戦は、日本軍の作戦として極めて異例のことに、当初から陸海軍中央協定に基づく協同作戦を建て前としていたのである。兵力の大量かつ集中使用こそ戦略爆撃の要諦であることを参謀本部はよくわきまえていた。
もう一点、大陸指第345号には恐るべき指示が盛り込まれている。
その第6項──。
6、在支各軍ハ特殊煙(あか筒、あか弾、みどり筒)ヲ使用スルコトヲ得、但シ之
ガ使用ニ方リテハ市街地特ニ第三国人居住地域ヲ避ケ勉メテ煙ニ混用シ、
厳ニガス使用ノ事実ヲ秘シ其痕跡ヲ残サザルガ如ク注意スベシ
「特殊煙」とは毒ガスを指し、あか筒、あか弾は砒素系のジェフェニールシアンシルシン、みどり筒は催涙ガスの符号である。日中戦争間、日本軍による毒ガス使用はすでに多くの資料で明白になっているが、それは、この参謀総長命令のもと実施されていたのであり、やがて重慶市民も日本軍の毒ガス攻撃や毒入りタバコ投下のうわさに神経を尖らせるようになる。エチオピア戦線におけるイタリアと同様、日本もまた毒ガスを禁止したジュネーブ議定書署名国でありながら、それに拘束されるつもりは全くないようであった。大陸指第345号は、日本が対中国戦争遂行にあたり、二つの国際法規──「毒ガス等の禁止に関する議定書」および「空戦に関する規則」(とくに第22条「非戦闘員等に対する爆撃の禁止」)──を無視する決意であることを、同一文書によって中国派遣の全陸軍部隊に指示・徹底させるものといえた。
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重慶初爆撃
重慶とゲルニカの共通性
1938年12月25日17時。漢口飛行基地(W基地)に戦闘司令所をおく陸軍第1飛行団長・寺倉正三少将から隷下部隊に一通の攻撃命令が発せられた。
「飛行団ハ主力ヲ以てテ重慶市街ヲ攻撃シ、蒋政権ノ上下ヲ震撼セントス 攻撃日時ヲ明26日13時ト予定ス」
第1飛行団長・寺倉陸軍少将にとって、重慶爆撃の任務決行は、べつに驚くにあたらない既定の流れであった。大本営の企図する次の作戦が航空戦力をもってする奥地進攻──四川省要地攻撃となることはあらかじめ知らされていた。その場合、陸軍航空の先陣に立つのが漢口に司令部をおき重爆隊3個戦隊を擁する第1飛行団の任務になるのはわかりきったことだった。寺倉は、大陸命第241号によって戦政略攻撃中心に作戦転換のなされるすでに以前、直属上級司令部にあたる航空兵団司令官・江橋英次郎中将から、遠距離航空撃滅戦と要地攻撃の訓練に5週間でメドをつけ7週間で完成させるよう命じられていて、部下は爆撃、射撃、航法の訓練に寧日ない状態だったのである。
……(以下略)
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爆撃目標は街の広場「中央公園」
寺倉の命令は、爆撃目標、方法に関しさらに細かく言及していた。
7、飛行第60戦隊及飛行第98戦隊ハ相協同シテ明26日13時ヲ期シ重慶市
街ヲ攻撃スルノ準備ニ在ルベシ 目標ハ両戦隊共重慶市街中央公園、都
軍公署……公安局県政府ヲ連ヌル地区内トシ副目標ヲ重慶飛行場トス 爆
弾ハ百瓲以上ノモノヲ使用スベシ
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。旧字体は新字体に変えています。青字が書名や抜粋部分です。赤字は特に記憶したい部分です。「・・・」や「……」は、文の省略を示します。