日本が受諾した「ポツダム宣言」の第9項には「日本国軍隊ハ、完全ニ武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭ニ復帰シ、平和的且生産的ノ生活ヲ営ムノ機会ヲ得シメラルベシ」とあるという。にもかかわらずポツダム宣言署名国のソ連が、これを無視して、およそ64万人の日本人を捕虜としてシベリアなどへ連行し、苛酷な労働を強制した。異国の地での厳寒・飢餓・重労働に耐えられず命を落とした日本人犠牲者は6万人を超えるという。一説によると、シベリア抑留はトルーマンがソ連の北海道分割占領(釧路と留萌を結ぶ線の北側の占領)を認めなかったからであるというが、理由やきっかけはどうあれ、明らかに国際法に反し許し難いことである。下記は、その強制連行の「スターリン極秘指令」抜粋である。
しかし、抑留されている日本人捕虜の間に「スターリンへの感謝決議文」を送ろうという運動があったことも見逃すことはできない。まさにその運動は、関東軍をはじめとする日本軍組織がかかえていた様々な問題のあらわれであるといえるからである。「ドキュメント シベリア抑留 斎藤六郎の軌跡」白井久也(岩波書店)に資料として「スターリン極秘指令」全文が掲載されているが、その連行地内訳部分の一部を除いた抜粋である。
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スターリン極秘指令
極秘 総司令官参謀部第8局に6日後に返却を要す
複写禁ず
1945年9月2日、22時30分 モスクワ発
1945年9月3日、5時30分受信
1945年9月3日、5時40分、赤軍参謀本部第8局受理
────────────────────────────────
特重要
大将ビノグラードフ同志へ
1945年8月23日付国家防衛委員会決定 No9898ss からの抜粋を報告する。
1、ソ連邦内務人民委員会のベリヤ同志とクリベンコ同志に、約50万人の日本
人軍事捕虜を受け入れ、軍事捕虜収容所に送ることを義務づけること。
2、各方面軍軍事ソビエトのメレツコフ同志、シュテイコフ同志(第1極東方面軍)
ブルカーエフ同志、レオーノフ同志(第2極東方面軍)、マリノフスキー同志
チェフチェンコフ同志(ザバイカル方面軍)に、ソ連邦内務人民委員部軍事捕
虜・抑留者総局の代表者たち(第1極東方面軍─パブロフ同志、第2極東方
面軍─ラトウシン同志、ザバイカル方面軍─クリペンコ同志、ウォローノフ同
志)と協力して、以下の措置の実行を義務づけること。
ア、日本軍の軍事捕虜のなかから、極東およびシベリアでの労働に肉体的に適
している日本人を、約50万人選抜すること。
イ、ソ連邦へ送り出す前に、軍事捕虜を1000人ずつの建設大隊に組織すること。
大隊と中隊の長として若い将校や下士官の軍事捕虜を指揮官に据えること。
まず初めに、それらは工兵隊のなかから選ぶこと。各大隊には、軍事捕虜の
なかから、2人の医療員を割り振ること。大隊には、仕事に必要な自動車、馬
車を支給すること。大隊の全ての人員に、戦利品の中から冬用、夏用の軍装
品、寝具、下着などを支給すること。(以下、欠落)
ウ、ハバロフスク地方-56,000人。内訳:石炭産業人民委員部のライチホ、キブ
ジンスク炭鉱に20,000人。非鉄金属人民委員部のヒンナンスク錫鉱山管理局
に3,000人。国防人民委員部住宅開発局の兵舎建築現場に5,000人。石油産
業人民委員部のサハリン石油と石油精製工場に5,000人。木材産業人民委員
部の木材調達に3,000人。海洋輸送人民委員部と河川輸送人民委員部に
3,000人。運輸人民委員部のアムール鉄道に2,000人。建設人民委員部のニ
コラエフスク港建設、アムール鉄鋼の建設、コムソモリスク市の No199 工場
の建設に、15,000人。
エ、チチンスク州-40,000人。内訳:石炭産業人民委員部のブクブチャンスク、チ
ェルノフスク炭鉱の採掘に10,000人。非鉄金属人民委員部のモリブデン、タン
グステン、錫企業に13,000人。木材産業人民委員部の木材調達に4,000人。
国防人民委員部住宅開発局の兵舎建設現場に10,000人。運輸人民委員部
のザバイカル鉄道に3,000人。
オ、イルクーツク州-50,000人。内訳:石炭産業人民委員部のチェレムホフ炭坑
に15,000人。国防人民委員部住宅開発局の兵舎建設現場に11,000人。木材
産業人民委員部の木材調達7,000人。運輸人民委員部の東シベリア鉄道に
5,000人。教育人民委員部のNo389工場2,000人。建設人民委員部と輸送機械
製作人民委員部のクイブシェフ工場、No39工場、水素添加工場に10,000人。
以下のカ~コは内訳を略
カ、ブリヤート・モンゴル自治共和国-16,000人。
キ、クラスノヤルスク地方-20.000人。
ク、アルタイ地方-14,000人
ケ、カザフ共和国-50,000人。
コ、ウズベク共和国-20,000人。
6、国防人民委員部、ブルガーニン同志に、以下のことを義務づけること。
ア、軍事捕虜収容所の組織化のために、1945年9月15日までに、前線勤務の
将校4,500人、医療員1,000人、主計将校1,000人、赤軍兵士6,000人を選抜し、
移送すること。
イ、軍事捕虜収容所に毎月、追加的に1,000トンのガソリンを支給すること。
7、国内商業人民委員部のミコヤン同志に、極東におけるソ連邦内務人民委員
部に、軍事捕虜収容所用のトラックを支給するよう義務づける。(以下、欠落)
8、赤軍軍事報道中央局ドミートリエフ同志、運輸人民委員部コワリョフ同志、海
洋艦隊人民委員部シルショフ同志、河川艦隊人民委員部シャシコフ同志に、
50万人の日本人軍事捕虜を、方面軍と内務人民委員部の要請に応じて鉄
道、水路を使った輸送編隊によって、本年8月から10月の期間に移送するこ
とを義務づけること。
9、国防人民委員部フルリョフ同志に、以下のことを義務づけること。
ア、ソ連邦内務人民委員部軍事捕虜・抑留者総局に、バイカル・アムール鉄道
建設現場に日本人軍事捕虜を、一時的に配置するための3,000幕の大型テン
トと、15万人分の半外套、長靴を含めた冬季用軍装品を支給すること。
イ、ソ連邦内務人民委員部の日本人軍事捕虜のために、戦利品の日本軍軍装
品のうちの必要量と日用品を支給すること。
10、国防人民委員部のブジョヌイ同志に、ソ連邦内務人民委員部日本人軍事捕
虜収容所に、極東軍の物資のなかから戦利品の馬4,000頭を支給することを
義務づけること。
11、ソ連邦保健人民委員部のミーチェレフ同志と国防人民委員部軍事衛生総局
のスミルノフ同志に、日本人軍事捕虜の治療のための必要最小限の病院用
ベッド(治療場所)を組織、保障するよう義務づけること。
12、国防人民委員部のボロビヨフ同志に、ソ連邦内務人民委員部に、日本人軍
事捕虜収容所用の有刺鉄線800トンを供給するよう義務づけること。
13、ベリヤ同志に、当決定の遂行の監督を委ねること。
国家国防委員会議長 I・スターリン
1945・9・1
上記のものを1945年8月31日付赤軍後方軍長指令の根拠として、報告する。
No77122/sh ゴーリコフ
http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。旧字体は新字体に変えています。青字が書名や抜粋部分です。赤字は特に記憶したい部分です。「・・・」や「……」は、文の省略を示します。
しかし、抑留されている日本人捕虜の間に「スターリンへの感謝決議文」を送ろうという運動があったことも見逃すことはできない。まさにその運動は、関東軍をはじめとする日本軍組織がかかえていた様々な問題のあらわれであるといえるからである。「ドキュメント シベリア抑留 斎藤六郎の軌跡」白井久也(岩波書店)に資料として「スターリン極秘指令」全文が掲載されているが、その連行地内訳部分の一部を除いた抜粋である。
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スターリン極秘指令
極秘 総司令官参謀部第8局に6日後に返却を要す
複写禁ず
1945年9月2日、22時30分 モスクワ発
1945年9月3日、5時30分受信
1945年9月3日、5時40分、赤軍参謀本部第8局受理
────────────────────────────────
特重要
大将ビノグラードフ同志へ
1945年8月23日付国家防衛委員会決定 No9898ss からの抜粋を報告する。
1、ソ連邦内務人民委員会のベリヤ同志とクリベンコ同志に、約50万人の日本
人軍事捕虜を受け入れ、軍事捕虜収容所に送ることを義務づけること。
2、各方面軍軍事ソビエトのメレツコフ同志、シュテイコフ同志(第1極東方面軍)
ブルカーエフ同志、レオーノフ同志(第2極東方面軍)、マリノフスキー同志
チェフチェンコフ同志(ザバイカル方面軍)に、ソ連邦内務人民委員部軍事捕
虜・抑留者総局の代表者たち(第1極東方面軍─パブロフ同志、第2極東方
面軍─ラトウシン同志、ザバイカル方面軍─クリペンコ同志、ウォローノフ同
志)と協力して、以下の措置の実行を義務づけること。
ア、日本軍の軍事捕虜のなかから、極東およびシベリアでの労働に肉体的に適
している日本人を、約50万人選抜すること。
イ、ソ連邦へ送り出す前に、軍事捕虜を1000人ずつの建設大隊に組織すること。
大隊と中隊の長として若い将校や下士官の軍事捕虜を指揮官に据えること。
まず初めに、それらは工兵隊のなかから選ぶこと。各大隊には、軍事捕虜の
なかから、2人の医療員を割り振ること。大隊には、仕事に必要な自動車、馬
車を支給すること。大隊の全ての人員に、戦利品の中から冬用、夏用の軍装
品、寝具、下着などを支給すること。(以下、欠落)
ウ、ハバロフスク地方-56,000人。内訳:石炭産業人民委員部のライチホ、キブ
ジンスク炭鉱に20,000人。非鉄金属人民委員部のヒンナンスク錫鉱山管理局
に3,000人。国防人民委員部住宅開発局の兵舎建築現場に5,000人。石油産
業人民委員部のサハリン石油と石油精製工場に5,000人。木材産業人民委員
部の木材調達に3,000人。海洋輸送人民委員部と河川輸送人民委員部に
3,000人。運輸人民委員部のアムール鉄道に2,000人。建設人民委員部のニ
コラエフスク港建設、アムール鉄鋼の建設、コムソモリスク市の No199 工場
の建設に、15,000人。
エ、チチンスク州-40,000人。内訳:石炭産業人民委員部のブクブチャンスク、チ
ェルノフスク炭鉱の採掘に10,000人。非鉄金属人民委員部のモリブデン、タン
グステン、錫企業に13,000人。木材産業人民委員部の木材調達に4,000人。
国防人民委員部住宅開発局の兵舎建設現場に10,000人。運輸人民委員部
のザバイカル鉄道に3,000人。
オ、イルクーツク州-50,000人。内訳:石炭産業人民委員部のチェレムホフ炭坑
に15,000人。国防人民委員部住宅開発局の兵舎建設現場に11,000人。木材
産業人民委員部の木材調達7,000人。運輸人民委員部の東シベリア鉄道に
5,000人。教育人民委員部のNo389工場2,000人。建設人民委員部と輸送機械
製作人民委員部のクイブシェフ工場、No39工場、水素添加工場に10,000人。
以下のカ~コは内訳を略
カ、ブリヤート・モンゴル自治共和国-16,000人。
キ、クラスノヤルスク地方-20.000人。
ク、アルタイ地方-14,000人
ケ、カザフ共和国-50,000人。
コ、ウズベク共和国-20,000人。
6、国防人民委員部、ブルガーニン同志に、以下のことを義務づけること。
ア、軍事捕虜収容所の組織化のために、1945年9月15日までに、前線勤務の
将校4,500人、医療員1,000人、主計将校1,000人、赤軍兵士6,000人を選抜し、
移送すること。
イ、軍事捕虜収容所に毎月、追加的に1,000トンのガソリンを支給すること。
7、国内商業人民委員部のミコヤン同志に、極東におけるソ連邦内務人民委員
部に、軍事捕虜収容所用のトラックを支給するよう義務づける。(以下、欠落)
8、赤軍軍事報道中央局ドミートリエフ同志、運輸人民委員部コワリョフ同志、海
洋艦隊人民委員部シルショフ同志、河川艦隊人民委員部シャシコフ同志に、
50万人の日本人軍事捕虜を、方面軍と内務人民委員部の要請に応じて鉄
道、水路を使った輸送編隊によって、本年8月から10月の期間に移送するこ
とを義務づけること。
9、国防人民委員部フルリョフ同志に、以下のことを義務づけること。
ア、ソ連邦内務人民委員部軍事捕虜・抑留者総局に、バイカル・アムール鉄道
建設現場に日本人軍事捕虜を、一時的に配置するための3,000幕の大型テン
トと、15万人分の半外套、長靴を含めた冬季用軍装品を支給すること。
イ、ソ連邦内務人民委員部の日本人軍事捕虜のために、戦利品の日本軍軍装
品のうちの必要量と日用品を支給すること。
10、国防人民委員部のブジョヌイ同志に、ソ連邦内務人民委員部日本人軍事捕
虜収容所に、極東軍の物資のなかから戦利品の馬4,000頭を支給することを
義務づけること。
11、ソ連邦保健人民委員部のミーチェレフ同志と国防人民委員部軍事衛生総局
のスミルノフ同志に、日本人軍事捕虜の治療のための必要最小限の病院用
ベッド(治療場所)を組織、保障するよう義務づけること。
12、国防人民委員部のボロビヨフ同志に、ソ連邦内務人民委員部に、日本人軍
事捕虜収容所用の有刺鉄線800トンを供給するよう義務づけること。
13、ベリヤ同志に、当決定の遂行の監督を委ねること。
国家国防委員会議長 I・スターリン
1945・9・1
上記のものを1945年8月31日付赤軍後方軍長指令の根拠として、報告する。
No77122/sh ゴーリコフ
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