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真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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「従軍慰安婦」五つの問題点(藤岡信勝)に対する異論⑤

2020年10月05日 | 国際・政治

 藤岡信勝氏が「国民の油断 歴史教科書が危ない」(PHP文庫)で、「従軍慰安婦」五つの問題点第五として指摘しているのは、下記のとおりです。

最後の五点目ですが、全会社一斉に横並びで入ったということ自体が、きわめて不明朗です。これは教科書業界の談合体質を表わす以外の何ものでもないといえます。もし談合なしに偶然入ったとしたら、これはもっと恐ろしいことです。声の大きいマスコミがつくり出す「空気」にみな右へならえをして、すべての教科書の著者たちが、まるで魔法に操られたように慰安婦のことを教科書に書き込まなければならないと思い立ったとすれば、これほど恐ろしい集団催眠現象はありません。
 事実を検証もせずに、まさにそのときどきの「空気」に従って動く、そのときどきの「空気」に従って教科書がいかようにも変わる、これほど恐ろしい事態はないのではないでしょうか。”

 でも、これは日本や韓国、および国際社会における調査結果に基づく「従軍慰安婦」問題の認識の深まりや、補償請求運動の広がりを、客観的に理解しない藤岡氏の思い込みであると思います。私は、「従軍慰安婦」の問題が、教科書に掲載されるに至ったのは、談合体質などではなく、集団催眠現象などでもなく、また偶然でもなく、必然的なものであったと思います。

 「従軍慰安婦」の問題は、戦後まもない頃から、戦地を知る一部の作家や、ジャーナリストや歴史家が取り上げていたことです。広く知られるようになったのは、元「従軍慰安婦」の人たちが次々に名乗り出て来てから以降でしょうが、名乗り出る前に、「戦場慰安婦」とか「慰安婦部隊」というような言葉で「従軍慰安婦」の問題が語られていたのです。それは、「従軍慰安婦」が、単なる娼婦や売春婦とは異なる存在であったからだと思います。

 そうした事実が、いろいろな所で語られ続け、次第に広く知られるようになり、補償問題に発展していった結果、野党議員による国会での調査要求の追及が始まるのです。日本政府は、当初、「民間業者が慰安婦を軍と共に連れ歩いていたらしく、実態調査はできかねる」という旨の答弁をしたようですが、それを知った韓国の女性団体が、日本の首相に、慰安婦問題に関する政府への六項目の要求を記した公開書簡を送付し、「歴史的事実に反する無責任な発言」であると糾弾するに至ります。

 そして、そうした流れの中で「韓国挺身隊問題対策協議会」が発足し、ソウルの日本大使館前で、日本政府に対する組織的な抗議を行うようになるのです。でも、日本大使館が「韓国挺身隊問題対策協議会」代表の尹貞玉を呼び、”日本軍が強制連行した証拠はない”、”補償は日韓協定で解決済み”と伝え、六項目の要求を拒否したといいます。だから、元「従軍慰安婦」であった金学順さんが名乗り出て、自らの体験を語ります。その後、金学順さんに続いて名乗り出る人が現れ、1991年12月、 金学順さんを初めとする三名の元「従軍慰安婦」を中心とした原告が、日本政府を相手取り、謝罪と補償を求め正式に提訴したのです。

 日本政府は、さまざまな証言や事実の発覚で”民間業者が慰安婦を軍と共に連れ歩いていたらしく、実態調査はできかねる”と言い続けることがむずかしくなり、韓国を訪問した宮沢首相が首脳会談で謝罪し、きちんとした「真相究明」を約束したのです。
 そして、1992年7月6日、日本政府は関係資料を公開し、 第一次慰安婦問題に関する調査結果を発表します。その時、加藤紘一官房長官が”朝鮮人女性の強制連行を裏付ける資料は発見されなかった”としながらも、”慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取り締まり、慰安所の経営・監督”などに政府が関与していたこと”を公式に認めたのです。


 また、韓国政府も「日帝下の軍隊慰安婦実態調査中間報告書」を発表し、”日本政府による慰安婦の威圧的連行があった”と主張します。そして、日本政府に追加調査を求めるとともに、日本の歴史教科書への記述と学校教育を通じた”過去の正しい認識”の周知を要請したのです。

 さらに、世界における法の支配の確立や世界人権宣言の規定の完全な遵守を追及する世界三大NGOの一つ、国際法律家委員会(ICJ)が、1993年4月から5ヶ月かけてフィリピン、日本、韓国、朝鮮民主主義共和国で、のべ40人以上の証言者からの聞き取りを行い、また、資料を収集し、1年以上を費やして最終報告書をまとめ発表しました。その日本政府その他に対する勧告は二十一項目にわたるものでした。

 そうした流れの中で、1993年6月 まず高校日本史検定済み教科書に、従軍慰安婦に関する記述が掲載さたのです。
 さらに、8月4日には、日本政府が「慰安婦問題に関する第二次調査報告結果」を公表します。それは『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』〔(財)女性のためのアジア平和国民基金編〕にまとめられています。その時、その後しばしば問題とされる「慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話」、いわゆる「河野談話」が発表されたのです。そのなかには”われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する”と記されているのです。

 また、国際連合人権委員会で、特別報告者に任命されたラディカ・クマラスワミ氏が1996年「女性への暴力特別報告」(クマラスワミ報告書)を提出します。その附属文書1が「戦時における軍事的性奴隷制問題に関する朝鮮民主主義人民共和国、大韓民国および日本への訪問調査に基づく報告書」だったのです。その聞き取り調査や文書資料を基にした報告書は、「慰安婦」を「性的奴隷」と規定し、日本の行為を、人道に対する罪であり”奴隷制度を禁じた国際慣習法に違反する”と断定しているのです。そして日本政府に六項目の勧告をしていますが、そのひとつが、”歴史的現実を反映するように教育内容を改めること”というものでした。

 文部科学省が告示する教育課程の基準である学習指導要領や、それに基づく教科書は、毎年変わるものではありませんので、1997年(平成9年)4月から、全国の中学校で使われる社会科(歴史)の全数科書に「従軍慰安婦」の記述が掲載されるようになったことは当然の流れだと思います。調査結果に基づき、日本政府が公式に謝罪したのですから、「従軍慰安婦」の問題が、”全会社一斉に横並びで入ったということ自体が、きわめて不明朗です”などということは全くないと思います。   
 逆に、こうした流れの中のなかにあってなお、「従軍慰安婦」の問題を取り上げないとすれば、国際機関から勧告を受けている重大な人権侵害の歴史的事実を無視することになり、それこそ問題になるのではないかと思います。


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