どもです!あきらです。
スレイヤーズアニメ20周年記念展のゼルアメコースター、可愛すぎじゃないですか??
さすがあらいずみ先生、ファン心理をわかってるう~。
……ということで、結婚式から颯爽と花嫁アメリアを掻っ攫うゼルガディスさんを書きたくて、書いていたら長くなりすぎました(笑)
とりあえず切りが良いので前編だけアップします。続きはこれから書きます!(なんという見切り発車;;)
そんなわけで、興味のある方は続きからどぞです~。
※オリジナルキャラとか出て来るので注意です。ちょっとシリアス気味。
--------------------------------------------------
――アメリア
変わりはないか。こちらも変わりはない。……忌々しいことにな。
ところで、ちょうど今聖王都の近くまで来ている。近くそちらを訪ねようかと思うが、会う機会はあるだろうか。 Z.G
彼らしい、簡潔な文章。羊皮紙に濃紺色のインクで書かれたそれに目を通して、わたしはくすりと笑った。
彼から手紙を貰ったのは久しぶりだ。そもそも、彼と最後に逢ったのは一体いつだっただろうか。半年ほど前だったか、それよりも前だったか。考えてみると、少し寂しい。……けれどもそれは仕方の無い事なのだ。彼はまだ、自身の身体を戻すためのあての無い旅を続けているのだから。
――それに。彼との関係はずっと曖昧なままだった。明確に言葉に表した事は一度も無い。自分は彼に対して、寂しいなどと口に出来るような立場にはない。それでも、決して筆まめでは無いであろう彼が、こうしてたまに手紙を送ってくれると言う事が、とてもとても嬉しかった。
手紙を丁寧に折りたたみ、封筒の中に戻す。わたしはそれを自室の机の引き出しにゆっくりとしまい込んだ。
「アメリア様……お返事は、よろしいのですか?」
そんなわたしに遠慮がちに声をかけたのは、手紙を届けてくれた女中のユリアである。彼からの手紙は、大抵彼女がわたしに運んできた。勿論、彼へのわたしの返事も。
「……ええ。良いの」
――もう、逢う事も無いだろうから。そこまでは、口には出来なかった。
「アメリア、考え直さないか」
「もう、父さん何度も言わせないで。わたしはもう決めたの」
きっぱりとそう断言したわたしに、父さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……しかし」
「ハルト殿下は良い人よ。正義を愛する気持ちをきちんと持っているもの。……それに、この結婚はこの国の為でもある。王族というものは、民の為にあるべきでしょう」
民の為、という言葉を強調すると父さんの渋面はさらに渋くなる。何よりもセイルーンの国民を大切に考えている父さんが、この言葉に揺れないハズが無いのだ。例えそれが娘の結婚の話であっても。
国王であるお祖父さまが亡くなり、正式に父さんが国王に即位して数カ月が経った。その正統な王位継承権を持つ娘である姉さんもわたしも、もう以前のように奔放にふるまう事は難しい。未だに、過去にあったような王宮内の確執が無いわけではない。
修行の旅から連れ戻された姉さんは、たまにふらりと居なくなっては周囲を騒がせるものの、長い間居なくなる事はなくなった。父さんの後には、姉さんが順当に『女王』として即位するであろう事が囁かれ始めている。
……そうして、わたしには結婚の話が持ち上がった。
「父さんも良い縁談だと思ったから了承したのでしょう。何で今更渋っているの? 式はもうすぐなのよ?」
王族同士の結婚は基本的によくあることだ。国同士の繋がりを深くするため、そして『結婚』という明るい知らせで国民に希望を与えるため。
「しかし、アメリア。わしはな、お前には幸せな結婚をして欲しいのだ」
「今回の結婚に不満なんてないわ」
「――あの男の事は、良いのか?」
「……彼の事は言わないで。お願い父さん」
静かにそう言えば、父さんは黙り込んだ。国王としての父さんと、父親としての父さんが彼の中でせめぎ合っているのが分かる。父さんの言う『幸せな結婚』の意味も、分かる。父さんと母さんは愛し合って結婚したというから。
それでも、その当時の父さんと今のわたしとは、立場も国の状況も、何もかもが違うのだ。だから、わたしは敢えて明るく笑ってみせた。
「わたしは十分幸せよ。心配しないで、父さん」
勿論、結婚して父さんと離れるのは少し寂しいけれど。そう言ったら、父さんは目を潤ませてわたしを力いっぱい抱きしめた。
式は聖王都で執り行われる事になった。前日の夜に「向こう」の国の王子様がやってくる。そうして式の後は、二人で馬車に乗って向こうの国に『凱旋』するのだ。それから先、「わたしの国」はセイルーンからその国へと切り替わる。
以前一度会った時の王子、ハルト殿下の第一印象は「優しそうな人」だった。わたしの『正義』の話を興味深そうに聞いてくれた。絵を描くことが趣味だと言っていた。今度会うときはわたしの似顔絵を贈ってくれる、と笑っていた。とても良い人だった。
だからこそ、彼を好きになれない自分に悲しくなった。
一日一日と、城が美しく飾りつけられ、嬉しそうな臣下や国民に祝いの言葉をかけられては時間が過ぎて行く。その間、わたしはただ曖昧な笑顔を浮かべていることしか出来ない。
以前のわたしなら、どうだったろうか。リナやガウリイさん、そして『彼』と旅をしていた時のわたしだったら。そう考えて、わたしは黙って頭を振った。――あれはもう、何年も前の話だ。
命を燃やすような冒険も、焦がれるような恋も、それは美しい思い出の中にある。幼い頃に憧れた英雄譚を、わたしはもう経験したのだ。……そして今は大人になった。
異国の素敵な王子様との結婚、だなんて。それは幼い頃わたしが正義のヒーローの次に憧れたことだったことじゃないか。
それは、十分『幸せ』な事じゃないか。
ぼうっと日々を過ごしていたら、いつの間にか式の前日になっていた。
歓迎ムード一色な城の中で、わたしは笑顔でハルト殿下を出迎えた。挨拶を交わして、精一杯のもてなしを。そんなわたしを見る、父さんの複雑そうな表情と視線に、心の中がちくりと痛む。
――本当に、これで良いの?
もう何度頭の中で自問したか分からない。けれど、答えは一緒だ。
「……良いに決まってるじゃない」
自分に言い聞かせるように呟いたわたしの声は、吟遊詩人の歌声に掻き消えた。
夜。
明日には式がある。準備のために早く起きなくてはいけないのに、なかなか眠れない。ベッドの上で、わたしはひとり何度も寝がえりを打つ。
婚約者であるハルト殿下には、自室から離れた客間に泊ってもらっている。寝所を共にするのは、正式に赤の竜神様の前で永遠の愛を誓ってから。……つまり、こんな風に一人で夜を過ごすのはこれで最後。
父さんに手紙を渡したら泣いていた。姉さんはいつものように笑っていた。臣下達もそれぞれに祝福してくれた。一人ひとりに礼の言葉と挨拶を交わした。永遠の別れでは無いけれど、もう思い残すことも無いようにと振舞って来たつもりだ。
それでも、わたしの頭の中で『彼』の顔がちらついて離れない。
彼のあの針金みたいな髪の毛が太陽の光に煌めく色を、ごつごつと硬くて、それでもぬくもりを感じられる肌の温かみを。冷たく振舞っても、隠しきれていない優しさを秘めた瞳を。
全部、全部忘れる事なんて出来ない。
「ゼル、ガディス、さん……」
ふいに目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとした。ぎゅっと枕を抱きしめて柔らかいそれにわたしは顔を押しつける。胸を押しつぶされたみたいに苦しくて、切ない。
――わたしを攫って行ってくれたら良いのに。そうしたら、どこまでも彼の旅に付いていくのに。
ありえない事を想像して、わたしはふっと笑った。そんな物語みたいな話は無い。
その時、ふっと人影が窓に浮かんだ。
「……誰?」
ベランダに誰か居るのだろうか。――こんな夜中に、一体誰か。
わたしは気を引き締めてベッドから起き上がった。暗殺者という可能性もある。最近はあまり使っていなかった攻撃呪文を頭の中で諳んじながら、わたしはそっと窓へと近づいた。
こん、こん。窓を叩く音。
そして、その瞬間にちらりと視界に映る見覚えのある手。それにほっとして、わたしはそっと窓を開けた。
「姉さん。こんな夜中にどうしたの?」
「アメリア、窓はそれ以上開けないで。ベランダにも出ないで」
部屋から声を掛けたわたしに、姉さんは焦ったように小声で返した。部屋に彼女を招き入れようとしたわたしを慌ててその場に押とどめる。
「はあ?」
「それから、その場でちょっと話だけさせて頂戴。部屋は暗くしたままでね」
「……? まあ、良いけれど」
首を傾げつつも、わたしはその申し出を受け入れた。
「――ふう。……それじゃ、端的に聞きたい事を尋ねるわ、アメリア。あなたは明日結婚するけれど、それを心から望んでいる?」
「……ええ、望んでいるわ」
「本当に?」
「勿論」
きっぱりとそう返すわたしに、姉さんは小さく黙った。
「……あなたもなかなか頑固だったわね、そういえば」
ふっと軽く笑う声が聞こえてきて、わたしは苦笑する。そういえば、こんな風に姉さんと二人きりで話すのも、久しぶりかもしれない。明かりの無い部屋で、二人の声だけが部屋に響くのが、少し心地良い。
「アメリアの本当の気持ちを聞かせて欲しいの。……今、この場でだけで良い。全部心の中に閉まっておくから」
「姉さん……」
「本当に、良いの? 『諦めている』んじゃなくて、本当にあの王子様が好きで、だから結婚したいと思っているの? 本気で?」
あまりにも直接的な質問にわたしは息を呑んだ。明日はその王子様との結婚式だと言うのに、今のわたしに選択の余地なんてもう無いのに。
「わたしは……っ」
答えようと出したわたしの声は、小さく震えていた。
「ねえ、アメリア。正直に答えなさい。あなたの心には他に誰にもいないの?」
――…………。
「……ずるいわ姉さん。知っているくせに」
溜め息混じりにそう呟いて、わたしはその場に座り込んだ。窓に寄りかかって、頭を垂れる。
「答えになっていないわよ?」
「結婚したいなんて嘘よ。本当は明日結婚なんてしたくない。……ほんとは、ほんとはゼルガディスさんと一緒に居たい。彼の傍に居たい。逢いたい……どこかに連れて行って欲しい」
隠し通そうと思っていた本音が、ぽろりとこぼれ出てしまった。止まらなくなって、わたしは顔をくしゃくしゃに歪めて涙を我慢する。我慢しても、頬が濡れていく感覚に自分が泣いてしまった事を悟る。
「アメリア……」
「――でも、こんなのただのわたしの願望よ。彼はわたしの恋人でもなんでもない。こんなこと望む資格なんて、わたしにはない」
ぎゅっと目を閉じて、噛みしめるようにそう言った。
「……ほんとにそう思う?」
返ってきた姉さんの声は予想外に明るいものだった。わたしは驚いて顔を上げる。
「ふふっ……その言葉が聞きたかったのよ、アメリア」
「……姉さん?」
「少しはすっきりしたかしら? それじゃあ、今日は遅いからもうおやすみ。明日のあなたの花嫁姿、楽しみにしているから、ね」
その言葉を最後に、姉さんはベランダから姿を消したようだった。「ようだった」というのは、結局わたしは暗闇の中、姉さんの手しか見ていないからだ。がたん、と一度大きな音がした後は、静かになってベランダには誰の気配もなくなった。
そして。
しんとした空気の中、わたしは奇妙に落ち着いていた。
今まで胸の奥にしまいこんでいた本音を、姉さんにぶちまけてしまったから。だから姉さんの言う通り、少しすっきり出来たのかもしれない。久しぶりにあの姉さんの自信に満ちた声を聞いたから、元気を分けて貰えたのかも。
――やっぱり、姉さんは凄いな……。
ふう、と小さく息を吐いて天井を見上げた。
姉さんは今夜、こんな風にわたしを元気づけに来てくれたのだろうか。それとも、何か別の目的があったのだろうか。
結局のところ真相は分からないけれど。だけど、確かに今わたしの心は凪いでいた。
――そして、その時わたしは小さな予感めいたものを確かに感じていた。
スレイヤーズアニメ20周年記念展のゼルアメコースター、可愛すぎじゃないですか??
さすがあらいずみ先生、ファン心理をわかってるう~。
……ということで、結婚式から颯爽と花嫁アメリアを掻っ攫うゼルガディスさんを書きたくて、書いていたら長くなりすぎました(笑)
とりあえず切りが良いので前編だけアップします。続きはこれから書きます!(なんという見切り発車;;)
そんなわけで、興味のある方は続きからどぞです~。
※オリジナルキャラとか出て来るので注意です。ちょっとシリアス気味。
--------------------------------------------------
――アメリア
変わりはないか。こちらも変わりはない。……忌々しいことにな。
ところで、ちょうど今聖王都の近くまで来ている。近くそちらを訪ねようかと思うが、会う機会はあるだろうか。 Z.G
彼らしい、簡潔な文章。羊皮紙に濃紺色のインクで書かれたそれに目を通して、わたしはくすりと笑った。
彼から手紙を貰ったのは久しぶりだ。そもそも、彼と最後に逢ったのは一体いつだっただろうか。半年ほど前だったか、それよりも前だったか。考えてみると、少し寂しい。……けれどもそれは仕方の無い事なのだ。彼はまだ、自身の身体を戻すためのあての無い旅を続けているのだから。
――それに。彼との関係はずっと曖昧なままだった。明確に言葉に表した事は一度も無い。自分は彼に対して、寂しいなどと口に出来るような立場にはない。それでも、決して筆まめでは無いであろう彼が、こうしてたまに手紙を送ってくれると言う事が、とてもとても嬉しかった。
手紙を丁寧に折りたたみ、封筒の中に戻す。わたしはそれを自室の机の引き出しにゆっくりとしまい込んだ。
「アメリア様……お返事は、よろしいのですか?」
そんなわたしに遠慮がちに声をかけたのは、手紙を届けてくれた女中のユリアである。彼からの手紙は、大抵彼女がわたしに運んできた。勿論、彼へのわたしの返事も。
「……ええ。良いの」
――もう、逢う事も無いだろうから。そこまでは、口には出来なかった。
「アメリア、考え直さないか」
「もう、父さん何度も言わせないで。わたしはもう決めたの」
きっぱりとそう断言したわたしに、父さんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……しかし」
「ハルト殿下は良い人よ。正義を愛する気持ちをきちんと持っているもの。……それに、この結婚はこの国の為でもある。王族というものは、民の為にあるべきでしょう」
民の為、という言葉を強調すると父さんの渋面はさらに渋くなる。何よりもセイルーンの国民を大切に考えている父さんが、この言葉に揺れないハズが無いのだ。例えそれが娘の結婚の話であっても。
国王であるお祖父さまが亡くなり、正式に父さんが国王に即位して数カ月が経った。その正統な王位継承権を持つ娘である姉さんもわたしも、もう以前のように奔放にふるまう事は難しい。未だに、過去にあったような王宮内の確執が無いわけではない。
修行の旅から連れ戻された姉さんは、たまにふらりと居なくなっては周囲を騒がせるものの、長い間居なくなる事はなくなった。父さんの後には、姉さんが順当に『女王』として即位するであろう事が囁かれ始めている。
……そうして、わたしには結婚の話が持ち上がった。
「父さんも良い縁談だと思ったから了承したのでしょう。何で今更渋っているの? 式はもうすぐなのよ?」
王族同士の結婚は基本的によくあることだ。国同士の繋がりを深くするため、そして『結婚』という明るい知らせで国民に希望を与えるため。
「しかし、アメリア。わしはな、お前には幸せな結婚をして欲しいのだ」
「今回の結婚に不満なんてないわ」
「――あの男の事は、良いのか?」
「……彼の事は言わないで。お願い父さん」
静かにそう言えば、父さんは黙り込んだ。国王としての父さんと、父親としての父さんが彼の中でせめぎ合っているのが分かる。父さんの言う『幸せな結婚』の意味も、分かる。父さんと母さんは愛し合って結婚したというから。
それでも、その当時の父さんと今のわたしとは、立場も国の状況も、何もかもが違うのだ。だから、わたしは敢えて明るく笑ってみせた。
「わたしは十分幸せよ。心配しないで、父さん」
勿論、結婚して父さんと離れるのは少し寂しいけれど。そう言ったら、父さんは目を潤ませてわたしを力いっぱい抱きしめた。
式は聖王都で執り行われる事になった。前日の夜に「向こう」の国の王子様がやってくる。そうして式の後は、二人で馬車に乗って向こうの国に『凱旋』するのだ。それから先、「わたしの国」はセイルーンからその国へと切り替わる。
以前一度会った時の王子、ハルト殿下の第一印象は「優しそうな人」だった。わたしの『正義』の話を興味深そうに聞いてくれた。絵を描くことが趣味だと言っていた。今度会うときはわたしの似顔絵を贈ってくれる、と笑っていた。とても良い人だった。
だからこそ、彼を好きになれない自分に悲しくなった。
一日一日と、城が美しく飾りつけられ、嬉しそうな臣下や国民に祝いの言葉をかけられては時間が過ぎて行く。その間、わたしはただ曖昧な笑顔を浮かべていることしか出来ない。
以前のわたしなら、どうだったろうか。リナやガウリイさん、そして『彼』と旅をしていた時のわたしだったら。そう考えて、わたしは黙って頭を振った。――あれはもう、何年も前の話だ。
命を燃やすような冒険も、焦がれるような恋も、それは美しい思い出の中にある。幼い頃に憧れた英雄譚を、わたしはもう経験したのだ。……そして今は大人になった。
異国の素敵な王子様との結婚、だなんて。それは幼い頃わたしが正義のヒーローの次に憧れたことだったことじゃないか。
それは、十分『幸せ』な事じゃないか。
ぼうっと日々を過ごしていたら、いつの間にか式の前日になっていた。
歓迎ムード一色な城の中で、わたしは笑顔でハルト殿下を出迎えた。挨拶を交わして、精一杯のもてなしを。そんなわたしを見る、父さんの複雑そうな表情と視線に、心の中がちくりと痛む。
――本当に、これで良いの?
もう何度頭の中で自問したか分からない。けれど、答えは一緒だ。
「……良いに決まってるじゃない」
自分に言い聞かせるように呟いたわたしの声は、吟遊詩人の歌声に掻き消えた。
夜。
明日には式がある。準備のために早く起きなくてはいけないのに、なかなか眠れない。ベッドの上で、わたしはひとり何度も寝がえりを打つ。
婚約者であるハルト殿下には、自室から離れた客間に泊ってもらっている。寝所を共にするのは、正式に赤の竜神様の前で永遠の愛を誓ってから。……つまり、こんな風に一人で夜を過ごすのはこれで最後。
父さんに手紙を渡したら泣いていた。姉さんはいつものように笑っていた。臣下達もそれぞれに祝福してくれた。一人ひとりに礼の言葉と挨拶を交わした。永遠の別れでは無いけれど、もう思い残すことも無いようにと振舞って来たつもりだ。
それでも、わたしの頭の中で『彼』の顔がちらついて離れない。
彼のあの針金みたいな髪の毛が太陽の光に煌めく色を、ごつごつと硬くて、それでもぬくもりを感じられる肌の温かみを。冷たく振舞っても、隠しきれていない優しさを秘めた瞳を。
全部、全部忘れる事なんて出来ない。
「ゼル、ガディス、さん……」
ふいに目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとした。ぎゅっと枕を抱きしめて柔らかいそれにわたしは顔を押しつける。胸を押しつぶされたみたいに苦しくて、切ない。
――わたしを攫って行ってくれたら良いのに。そうしたら、どこまでも彼の旅に付いていくのに。
ありえない事を想像して、わたしはふっと笑った。そんな物語みたいな話は無い。
その時、ふっと人影が窓に浮かんだ。
「……誰?」
ベランダに誰か居るのだろうか。――こんな夜中に、一体誰か。
わたしは気を引き締めてベッドから起き上がった。暗殺者という可能性もある。最近はあまり使っていなかった攻撃呪文を頭の中で諳んじながら、わたしはそっと窓へと近づいた。
こん、こん。窓を叩く音。
そして、その瞬間にちらりと視界に映る見覚えのある手。それにほっとして、わたしはそっと窓を開けた。
「姉さん。こんな夜中にどうしたの?」
「アメリア、窓はそれ以上開けないで。ベランダにも出ないで」
部屋から声を掛けたわたしに、姉さんは焦ったように小声で返した。部屋に彼女を招き入れようとしたわたしを慌ててその場に押とどめる。
「はあ?」
「それから、その場でちょっと話だけさせて頂戴。部屋は暗くしたままでね」
「……? まあ、良いけれど」
首を傾げつつも、わたしはその申し出を受け入れた。
「――ふう。……それじゃ、端的に聞きたい事を尋ねるわ、アメリア。あなたは明日結婚するけれど、それを心から望んでいる?」
「……ええ、望んでいるわ」
「本当に?」
「勿論」
きっぱりとそう返すわたしに、姉さんは小さく黙った。
「……あなたもなかなか頑固だったわね、そういえば」
ふっと軽く笑う声が聞こえてきて、わたしは苦笑する。そういえば、こんな風に姉さんと二人きりで話すのも、久しぶりかもしれない。明かりの無い部屋で、二人の声だけが部屋に響くのが、少し心地良い。
「アメリアの本当の気持ちを聞かせて欲しいの。……今、この場でだけで良い。全部心の中に閉まっておくから」
「姉さん……」
「本当に、良いの? 『諦めている』んじゃなくて、本当にあの王子様が好きで、だから結婚したいと思っているの? 本気で?」
あまりにも直接的な質問にわたしは息を呑んだ。明日はその王子様との結婚式だと言うのに、今のわたしに選択の余地なんてもう無いのに。
「わたしは……っ」
答えようと出したわたしの声は、小さく震えていた。
「ねえ、アメリア。正直に答えなさい。あなたの心には他に誰にもいないの?」
――…………。
「……ずるいわ姉さん。知っているくせに」
溜め息混じりにそう呟いて、わたしはその場に座り込んだ。窓に寄りかかって、頭を垂れる。
「答えになっていないわよ?」
「結婚したいなんて嘘よ。本当は明日結婚なんてしたくない。……ほんとは、ほんとはゼルガディスさんと一緒に居たい。彼の傍に居たい。逢いたい……どこかに連れて行って欲しい」
隠し通そうと思っていた本音が、ぽろりとこぼれ出てしまった。止まらなくなって、わたしは顔をくしゃくしゃに歪めて涙を我慢する。我慢しても、頬が濡れていく感覚に自分が泣いてしまった事を悟る。
「アメリア……」
「――でも、こんなのただのわたしの願望よ。彼はわたしの恋人でもなんでもない。こんなこと望む資格なんて、わたしにはない」
ぎゅっと目を閉じて、噛みしめるようにそう言った。
「……ほんとにそう思う?」
返ってきた姉さんの声は予想外に明るいものだった。わたしは驚いて顔を上げる。
「ふふっ……その言葉が聞きたかったのよ、アメリア」
「……姉さん?」
「少しはすっきりしたかしら? それじゃあ、今日は遅いからもうおやすみ。明日のあなたの花嫁姿、楽しみにしているから、ね」
その言葉を最後に、姉さんはベランダから姿を消したようだった。「ようだった」というのは、結局わたしは暗闇の中、姉さんの手しか見ていないからだ。がたん、と一度大きな音がした後は、静かになってベランダには誰の気配もなくなった。
そして。
しんとした空気の中、わたしは奇妙に落ち着いていた。
今まで胸の奥にしまいこんでいた本音を、姉さんにぶちまけてしまったから。だから姉さんの言う通り、少しすっきり出来たのかもしれない。久しぶりにあの姉さんの自信に満ちた声を聞いたから、元気を分けて貰えたのかも。
――やっぱり、姉さんは凄いな……。
ふう、と小さく息を吐いて天井を見上げた。
姉さんは今夜、こんな風にわたしを元気づけに来てくれたのだろうか。それとも、何か別の目的があったのだろうか。
結局のところ真相は分からないけれど。だけど、確かに今わたしの心は凪いでいた。
――そして、その時わたしは小さな予感めいたものを確かに感じていた。
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