そして左は…若き日の『バーボンソーダ』ね(笑)
まったくこの国は、どうかしていやがる。
「どこが自由の国だって?」
小さく、異国の言葉で呟いてから、男は振り向く。
ついさっきまで、目の前を滔滔と流れていた川は、
今や逃げ道を塞ぐ堀となり、
替わりに横たわっているのは現実だけだ。
『俺はただ、釣りを楽しんでいただけだったのに…』
「ファッキンジャップ!
ここは俺たちが楽しむための土地だ。
今すぐ出ていけ!」
近づいて来た男たちは、
きっと付近の住民だろう。
「やれやれ。釣りぐらい…」
いや。
この、いけすかない連中に、
話は通じないだろう。
雄大な自然の中でさえ、
狭量になれるのは、
『開拓者』たちの縄張り意識か。
『撃たれなかっただけ、マシかもしれないな』
マディソン川に別れを告げて、
男は歩き出す。
『バーボンソーダは元気にしてるかな?』
そういえばこの国に初めて来た時。
ヤツと失敗を繰り返しては、
笑い合ったものだった。
NYの街中で馬の糞を踏んだこと。
思わず飛びのいたら、その足でまた馬糞を…
あの、ヤツと一緒に飲んだBARでは、
「瓶ビールをくれ」が通じず、
不思議に思ったもんだ。
「ビンビアープリーズ!ビンビアープリーズ!」
「…?」
ビンが英語じゃないってことに気づいたのは、
そう、アイツ。
バーボンソーダにそう指摘されてからで、
だけどそれまでに、俺は、散々
「ビンビアー!」を連発した後だったっけな。
いや、だいたい、アイツの名前はバーボンソーダのはずだってのに、
なんであの時、ヤツはバドワイザーばかり飲んでいたんだ…?
「まったくもって、自由の国だぜ!」
いつか、同じように釣りをしたニュージーランド、
クラナキ川では、ライフルを向けられさえしたが、
馬に跨がったその男は、
俺がただの釣り人とわかると、
「ゆっくり楽しんでゆけ」
と立ち去ったもんだ。
「まったく、どうかしていやがる」
異国の言葉で呟きながら、
男は、マディソン川に別れを告げる。
あれから十数年。
可愛い妻と子供に囲まれ、
男は呟く。
「まったく、自由の国だぜここは。
何より、『ビン』が通じるもんな」
美味いビールは、いつもホームにあるものだ。
家族のために新築した家で、
男はゆっくりそれを飲み干した。
*文中の出来事は、