「家」 @ 鎌倉七里ガ浜 + 時々八ヶ岳

湘南七里ガ浜(七里ヶ浜とも)から発信。自分の生活をダラダラと書きとめるブログ。食べ物、飲み物、犬の話題が多い。

大昔の七里ガ浜の開発と本日の西友七里ガ浜店

2009-01-31 14:01:30 | 環境・土地
前回の「変わる鎌倉山」で七里ガ浜の開発のことに触れたので、ついでにひとつ本を紹介する。三一書房の「西武王国鎌倉」である。著者は山本節子さん。今から10年ほど前に書かれた本である。西武グループによる鎌倉開発の歴史であり、そのねらいは西武グループの横暴ぶりや市政との癒着を紹介することのようだ。



紹介されなくても、鎌倉周辺には西武グループの開発が多いことに気づく。住宅地なら我が七里ガ浜住宅地の他、鎌倉逗子ハイランド、西鎌倉団地がある。創業家の堤一族の巨大な墓がある鎌倉霊園もそうだ。近隣には逗子マリーナ、逗子グリーンヒル、湘南鷹取台がある。我が家からスグの鎌倉プリンス・ホテルやグンと西に行くと大磯にも西武グループの開発の形跡がある。

西武七里ガ浜住宅地あたりの土地を堤氏率いる企業集団が買い始めたのは戦前のことだ。長期的視野で事業を営んでいたことに驚く。山本さんが書く内容がすべて正しいのかどうかを確認することは私には出来ないが、我が家周辺の住宅地や道路の西武グループによる開発がどんなものであったかを垣間見ることが出来る本だ。七里ガ浜に突き出す埋め立ての巨大駐車場が、現在プリンスホテルの経営となっていることの経緯も書いてある。

今は米国資本となってしまったが西友七里ガ浜店がこの住宅地にあるのも、それなりに過去の経緯があってのことなのだ。しかしそうした過去とは無関係に、西武七里ガ浜住宅地では現在の住民がそれぞれの暮らしを営んでいる。



画像は今日の西友七里ガ浜店。店長さんは今日も朝早くから売り場でがんばっておられた。本日解凍生サンマが1尾78円! さらにそれがレジで50%引きとなり、なんと39円!!! 我が家は買った。安いおかずである。大根おろしと醤油あるいはポン酢で食べよう。これをお読みの住民の皆さん、西友七里ガ浜店に急げ! 今なら間に合うかもしれない。39円のサンマはいかが。

尚ミックス・ベジタブルとインゲン豆(どちらも冷凍)は店頭にあるもので終了で、本日の在庫は無いとの情報を店内で盗み聞きした。それが必要な住民も急げ!鹿児島産の巨大なトビウオが1尾置いてあって割引シールが貼ってあった。カンパチの生食用切身はたくさんあったぞぉ。この住宅街唯一のよろず屋さんとも言える小さくてかわいい西友七里ガ浜店を楽しもう!
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変わる鎌倉山

2009-01-30 23:23:51 | 環境・土地
我が住宅街西武七里ガ浜住宅地は、鎌倉市の中でも住むのに相当不便な所であるが、鎌倉山はさらに不便な所である。バス道以外の道はでたらめに狭いし、買い物するにも不自由である。周囲よりも高くて、どこへ行くにもかなりの勾配の坂を下りなければならない。モノレールにも遠いし江ノ電にも遠い。しかし鎌倉山は今も不動の人気を誇る住宅地である。開発の歴史が古く、往時は華やかな別荘地であり、その雰囲気を今も残しているからだ。その余韻を味わうため、私は鎌倉山に散歩に出かける。

  

鎌倉山の道は西鎌倉・大船方面から、鎌倉中心部・七里ガ浜方面への抜け道に利用されることが多い。閑静な雰囲気で道幅も細いのに、かなりの交通量がある箇所もありちょっと落胆させられる。上の真ん中の画像にある道路は非常に細いが、ここをタクシーや乗用車が昼間から夜にかけて頻繁に通る。細い道ゆえ「やっかいなところはサッサと通り抜けよう」とばかりに、かなりのスピードで走るクルマも多い。

 

鎌倉山の典雅な雰囲気はゆっくりと失われて行く。八ヶ岳西麓の別荘地の如き大きさの敷地に鬱蒼と木が茂り生垣も立派なお屋敷が売却され、木は伐採され、土地は細分化され、新しいピカピカの家が建つ。

 

途中何箇所かで大きな開発工事が行われている。崖を崩しいくつかの区画が作られている。崖も誰かの持ち物であり、合法であれば木々を皆伐しての開発も売却も許可される。しかしすでに近所に住んでいる者にとっては景観が損なわれ、楽しみを奪われてしまうようで、なんとも残念なことである。左上の画像は、ある開発地を鎌倉山から見下ろしたところ。右の画像は同じ開発地を我が住宅街から見上げたところである。開発地は鎌倉山というよりは、我が住宅街の北西端の一部として販売されることとなるようだ。コンクリートが白く高く積みあがり、なんだか要塞の趣である。



上の画像は、鎌倉山から我が住宅街に下りる長い階段の上から撮影したものだ。そこからは我が住宅街が望める。その向こうは相模湾だ。空気が澄んでいれば伊豆大島も見える。我が住宅街も40年前に現在なら許可されそうもないデタラメな開発の結果出来上がった巨大分譲地なのである。その住民による近隣の自然保護、開発反対運動は、エゴと隣り合わせとも言える。

しかし住民の多くは、なんとかこの景観をこれ以上損なわずに済ませたいと思っているはずだ。私もそうである。



ふと見るとこの眺望ポイントには、ご覧のような吸殻入れがある。コンクリート製で重そうだ。外観からすると自治体が設置したように思える。しかしこれを他所で見たことはないし、定期的にゴミ処理も出来そうにない場所にあるから、自治体が置いたわけではないのだろう。そうであるとするとこれを置いたのは、タバコの吸殻のポイ捨てに憤慨した近隣住人か。あるいはポイ捨て喫煙者の罪滅ぼしか。

いつも吸殻が入っているが、溢れていることはないので、誰かがそれを捨てているのであろう。重くてこの吸殻入れを逆さにすることなど出来ないだろうから、その人はいちいち吸殻を摘み上げてしかるべき袋に入れ、捨てているはずだ。喫煙者の皆さん、外でタバコを吸うなら携帯吸殻入れを持ち歩き、吸殻は自宅に持ち帰りましょう。
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BE-PALでクッキング

2009-01-26 21:15:54 | 食べ物・飲み物
私はBE-PAL愛読者である。ここ20年ほどほとんど毎号買って来た。最新号に簡単な料理のレシピが掲載されていた。ただしトナカイの肉となんとか言う名前のスウェーデンのキノコが使われていた。それらは当然ながら鎌倉では入手不可能なので、トナカイの肉は牛肉で、キノコは国産マイタケで代用した。



簡単に出来て美味しかったから紹介する。我が家で使ったのは牛肉ミンチ200g、マイタケ1パック、豆腐大きめ1丁。これで2人分だ。材料はこれだけだ。あとは醤油、みりん、サラダ油、ごま油。

先に重しをして豆腐の水を抜いておく。油を引いたフライパンでミンチを炒める。さらにマイタケを加えて炒める。最後に豆腐をボロボロっとくずして入れて、醤油とみりんで味付ける。十分味がついたら最後にごま油をサッとかけて香りをつける。終わり。



誰でも出来るぞぉ~。BE-PAL2月号、ただいま発売中。
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七里ガ浜美術館(3) カエル別館

2009-01-25 09:58:31 | 内装・インテリア
七里ガ浜美術館最終編カエル別館の紹介である。カエル集めは、私のというよりは妻の趣味である。このブログを書いているパソコンのキーボードの横にも英国Liberty社製の縫いぐるみのカエルが置いてある。我が家ではあちこちにカエルがいて全部はとても紹介出来ないが、その一部をここで公開する。



これはトイレに置いてあるカエルだ。彼あるいは彼女の股間に置かれた葉っぱが正しくトイレをイメージさせるので、ここに置いてある。目をつぶって昼寝をしていて、なんともリラックスした表情が良い。毎日何度かこのカエルを見て、私は用を足している。このカエル同様、私もトイレでは相当リラックスしているらしく、便座に腰掛けたままウトウトすることも多い。



次はゴルフガエル。妻がパリで買ったものらしい。パリとゴルフはなんとなくミスマッチであるが、デザイン的にはなかなか優れている。目の表情が虚ろで、カエルらしさが出ている。指先とゴルフ・ボールの接触部分のベタツキ感もなんとなく伝わって来る。これはダイニング・ルームに設置された棚の上にいつもはあるのだが、今回の撮影はお酒(広島の銘酒「酔仙」)の一升瓶の上に置いて行われた。



次。一塊となったカエル達はかなりのレベルの芸術品である。いくつものカエルが折り重なって、ひとつの置物としてデザインされている。妻がハワイ・マウイ島で買ったらしい。「らしい」と言うのは、私は妻と一緒にそこへ行っていないからだ。白状すれば、多くの日本人とは異なり、私はハワイという所に行ったことがないのである。

この作品を調べてみると、ハワイとは何の関係もないことがわかった。Harmony Kingdom (http://www.harmonykingdom.com/index.htm
というブランド名で、Peter Calvesbertという英国人が作った作品であるらしい。1匹1匹のカエルの表情や、その柔らかな体の上にまた別の体が「ぐにゃぁ~っと」と重なる状況をよく表現していると思う。



角度を変えて見てみたのが、上の画像3つだ。



お茶が好きな妻は「お香を入れて香合として使おうと思った」と言う。上のカエル達は蓋になっていて、持ち上げると取れる。容器となのである。



おそらくCalvesbert氏は日本の根付からヒントを得たのであろうと、私は想像する。上の画像は、蝸牛をデザインした根付である。素材は象牙で江戸時代18世紀の作品と考えられている(私のではない。あるフランス人のものだ)。おそらくCalvesbert氏もこうした象牙の根付から、彼の作風のヒントを得たのではないだろうか。



妻は動物学としてのカエルに関心はないが、デザイン的にカエルに関心が強いらしい。しっかり読書もしている。カエルだけでなくウミウシも好きなようだ。ヴィジュアル系動物学とも言える。



人に影響され易い私は、負けずにカエルを買った。テラコッタのカエルだ。植木鉢と同じ素焼きの素材である。庭に置いてあるのだが、自分で買ったのに、夜見るとギョッとすることもある大きさだ。西武園芸七里ガ浜店で購入した。長く据え置かれた木々の陰にこうした変わり者がさりげなく置かれている。同店で私は同じようなつくりのカボチャも購入した。七里ガ浜の住民の皆さん、あのお店は「花の100円コーナー」ばかり見ていないで、隅々まで見て回りましょう!



西武七里ガ浜住宅地は、開発前はカエルの住処だったらしい。毎年3月頃には「緑のプロムナード」周辺のお宅の敷地にカエル達が現れる。ウチの庭にも画像のような巨大ガエル君が頻繁に現れて、私や我が家の飼い犬を喜ばせてくれる。ところが妻はこのカエルを見て悲鳴を上げる。「キャァ~、取ってぇ~!」と私に向かって叫ぶ。「カエル・フリーク」を自認する妻の、大きな矛盾であると私は思う。
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七里ガ浜美術館(2)

2009-01-24 14:37:32 | 内装・インテリア


前回とは一転して外国製だ。美術品と呼ぶべきかどうか知らないが、とにかく美しいウェールズの古地図。画像はウェールズの首都カーディフ周辺の南部である。これもまた我が「七里ガ浜美術館」のダイニング・ルーム東側の壁にかけてあって1836年作成のものだ(と、古地図屋は言う)。作成年が明確に特定されているところがちょっと怪しいが、私にはそれを「誤りである」と指摘するだけの眼力がない。お宝鑑定団で見てもらおうかしら。13年前に63ポンドで購入した。これをご覧の皆さんにも、良いのだか何だかわからないくらいボヤァ~っとして見えることだろう。いつもながらの携帯のピンボケ画像で申し訳ない。

私はウェールズというところが好きで、他にもそれに関した物をいくつか持っている。学問的な物としてはウェールズ語=英語の辞書やウェールズ語の文法書もあるが、残念ながらまともに読んだことがない。



次はイングランドのトーマス・ブリンクスの代表作のひとつ「An English and an Irish Setter in a Landscape (1901)」である。油彩画でかなり高くついた・・・なんてことは絶対ない。本物なら何億円もするはずだ。狩りの合間にくつろぐ猟犬を描いたブリンクス氏の「Waiting for the Guns」は昨年7~8億円の値で取引されたと聞く。私は最近までブリンクス氏を知らなかった。たまたま2007年にロンドンへ行った時、ウェストエンドにあるギャラリー店頭で氏のまた別の作品の原画を見かけて妙に親しみを覚えたので調べてみたら、非常に高名な画家だったというストーリー付きだ。狩りで活躍した猟犬や人間も含めて狐狩りの様子等を、19世紀後半から20世紀初頭にかけて描き続けた画家である。非常に英国的な作風である。

私のはもちろん複製で、米国に注文した。著作権切れの古い名画を、画学生が練習と生活費稼ぎを兼ねて描くらしい。手前のイングリッシュ・セターなど、毛が汚れて濡れて堅く撥ねているが如くに活き活きと描かれていて、とても気に入っている。
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七里ガ浜美術館(1)

2009-01-23 18:42:05 | 内装・インテリア


七里ガ浜美術館に行ってみた。ウチからスグの所にある美術館で、住所は七里ガ浜8丁目7-6。版画、写真、油彩画、ポスター、古地図と色々取り混ぜて鑑賞出来る・・・なんてウソウソ。
(^^ゞ

漁村七里ガ浜に美術館なんてないのだ。上の画像は我が家のダイニングルームの西の壁面だが、南や東の壁面も同様に額がぶら下がっている。また我が家の壁はダイニングルームだけではなく居室、トイレ、廊下もなんだかんだと飾り物だらけなのである。これまでにも時々このブログで紹介して来たが、今ここで残り全部を紹介してはいられない。またいずれ紹介しよう。今回は和物のお手軽な芸術品を少々ご紹介する。それらすべてに共通するのは「安価である」ということだ。



上の画像は2階にある写楽作品集。実はこれ全部が絵葉書である。額装する費用の方がはるかに高くついているのだ。でもこうやってちゃんと額装すれば、一人前の芸術品に見える(でしょう?)。



次も同様。1階ダイニングルームにある広重の七里ガ浜の図。1枚の絵が3枚の絵葉書に分かれている。1枚100円、3枚で300円。額はその10倍以上のコストがかかっている。



次もまた同様。広重のanother七里ガ浜の図。昔はキレイだったのねえ。江戸時代の七里ガ浜をこの眼で実際に見てみたいものだ。A4サイズで1枚100円。額は4000円ほど。上の絵葉書もこの絵も江の島のお土産店で購入した。広重の絵はどちらも七里ガ浜に立ち、小動(こゆるぎ)の岬と江の島の方を向いて描いたものである。今でもそうだが、昔から絵になるアングルだったのですねぇ。



さて、最後は現代の湯浅誠さんの作品。新旧対決で題材は同じく七里ガ浜西端から見た江の島である。彼は鎌倉の風景をいくつも描いている。ご覧のアングルはご近所さんなら誰でも知っている、江ノ電鎌倉高校駅前の坂道の途中から見た江の島だ。昨年我が家からスグの鎌倉プリンスホテルで湯浅さんの作品の展示会があった。ひとつ欲しかったのだが、七里ガ浜周辺の絵がなかったため、代わりに鎌プリの売店で購入した湯浅さんの作品の絵葉書である。1枚が150円。この絵葉書も額に入っているのだが、その額は1000円くらいの物だ。地元の芸術家として湯浅さんを応援したい。

なぜか我が家の和物芸術品は、相当な低コストで購入され額の方が高いというものばかりなのである。なんとも安価な美術館だ。
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西武七里ガ浜住宅地内の道路はどこも30km/hの制限速度がある

2009-01-18 08:10:40 | クルマ
昨日西友七里ガ浜店に買い物に行ったら、必要なモノのひとつ、イカが売り切れでなかった。店長さんに「イカはないんですか?」とお尋ねすると、店長さんは俊敏な動きで店の裏に走り込んで行った。1分ほどして戻って来て、すまなそうに「今日は無いけど明日入荷するので、それでイカがか?」とおっしゃる(本当はそうは言わないが)ので、私は「イカがないとはイカがなものか?」と言いつつ「じゃあ明日でいイカ」と言って(私もそうは言わなかったが)、他のモノを買って帰った。

誰にもイカを取られたくなかったので今朝早くから西友七里ガ浜店に行ったのだが、イカがあるわあるわ。店長さんは私を裏切らなかった。2ハイ買い求めた。ついでにあれやこれや買った。アラスカ産ホッケの醤油漬けがなんとも美味そうに見えたので、それも買った。実は昨日から注目していた商品だ。さらにスーパーのオリジナル・ブランドのチューハイも買ってみた。一缶88円である。今飲んでいるが、ブランド名どおりGreat Valueだ。88円で酔えて、ちょっと得した気分である。



今日の本題について書く。高速でぶっ飛ばすクルマが多い七高通り(鎌倉プリンスホテル前の坂のこと)の制限時速をご存知だろうか。なんと30km/hである。私はここを30km/h以下の速度で走るクルマを見たことがない。広い2車線で直線で、通行量も少なく歩道も整備されているから、クルマは安心して飛ばせるのである。エンジンを噴かして「どうだぁ!」と言わんばかりに高級車に乗った人が坂を上って来る。



しかしよく見ると、いやよく見ないでも、七高通りのあちこちに制限時速が書いてある。30km/hなのである。道路上にハッキリと書いてあるでしょう?クルマが運転出来る人なら誰でもこれが見えるはずだ。あんな立派な道路でも最高速度は30km/hなのである。



では他の道路はどうなのかと思って見てみた。七高通り同様、広い2車線で歩道も付いた奥七里通り~行合通りに行ってみた。そう言ってもわからない人に解説すると、循環バスが下る道である。えっちらおっちら坂を上がって当住宅街に入って来たこまわり君(良い名前だ)がやがて下りに入る。そこが奥七里通りである。やがてこまわり君は大きな弧を描き左に曲がった後、比較的平らな道を南に向かい始める。そこが行合通りである。七小の前を通り抜け、当住宅地の端っこまでその名前だ。



上の画像が行合通りである。こうした走りやすくて歩行者との接触の可能性も低い道ですら全てが制限速度は30km/hなのである。至る所に30、30と書いてある。

こんな立派な道ですらこうなのだから、もっと狭い道はさらにスピード・ダウンすべきなのだろう。住宅の間のほとんどの道は以下のような状態である:

① 道路幅5~6m
② 歩道はなし
③ 明確なセンターラインもなく明確に2車線が取れていない

ところがこのような道路を、滑走路に入った飛行機の如く疾走するクルマをよく見かける。下の画像にあるような、住宅にはさまれた5m幅の道路をぶっ飛ばすクルマも中にはいる。歩行者は恐怖を感じるのではないだろうか。クルマ進入禁止のみどりのプロムナードの迂回路になる東通り(俗にかえで通り)や西通り(俗に高山通り)になると多少幅も広いので、中にはかなりマナーの悪いクルマが通る。



こんな道路では、左右から突然子供が飛び出す。猫も飛び出す。大人だって何かの拍子に門扉のところから道路まで段差に躓き、道路に転げ落ちて来るかもしれない。この程度の幅の道では相当低速で走っていない限り、運転手はそれらを避けることが出来ないだろう。

品格を感じる運転を心がけよう。例えばあなたがトヨタのレクサス600lhあるいはマセラッティ・クワトロポルテを買ったとする。どちらも最上級グレードは「何かの間違いではないの」というような高価格である。小さなマンションが買えそうな価格だ。前者が最高の機械なら後者は芸術品の趣という違いはあるが、どちらも乗り方によってチョー上品にもなるし成金的下品にもなるクルマである。もしあなたが歩行者に尊敬されたかったら、もし成金的下品と見なされたくなかったら、そしてもし「さすがはマセラッティのドライバーだ」と少しでも思われたけれれば、当住宅地内ではゆっくり走ろう。センターラインもなく歩道もない道路で歩行者がいる時は、もう止まるが如くにゆっくり走ろう。子供などがいてちょっと危ないなと思ったら、かなり手前から減速し一旦止まろう。そうでなければ却って軽蔑されてしまうだろう。

仮にレクサス600lhだろうがマセラッティ・クワトロポルテだろうがあるいはどんなクルマでも、エンジンを噴かして住宅地内をぶっ飛ばしているドライバーが「どうだすごいだろう」と思っているとしたら、噴飯ものである。そう思っているのはドライバー自身だけであることにドライバーは気づくべきである。近隣の人々には「バカ」あるいは「下品」としか映っていないのである。品格ある「超低速の」運転を心がけてもらいたいものだ。もう「止まるが如く」にである。
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スコットランドの土地を手に入れてしまった (Laphroaig 【ラフロイグ】)

2009-01-16 23:36:48 | 食べ物・飲み物
シングル・モルト・ウイスキーの蒸留所が数多く存在するIslay(アイラ)という名前の島が、スコットランドにある。私はそこの土地の権利(私が死んでも家族友人に譲渡は出来ない)を手に入れた。面積は1平方フィートに過ぎない。今から8年前の話である。。画像は私宛に発行された貸借契約証書を額装したもので、我が家のダイニング・ルームの壁に飾られている。

このDistilleryとやりとりすると、まずはいきなり私がその土地の権利者となってしまう。この証書を読むと、私に対し土地の年間賃借料を1杯のLaphroaigで支払うことを、Distilleryが約束している。ということはこの証書が表す貸借契約においては土地の賃貸人は私であり、私はLaphroaig Distillery(香りの強さというか臭さで有名なシングル・モルトの蒸留所)にその土地を転貸していることとなる。



その証書の内容はおおよそ以下のとおりである:
○○○○(解説:私の名前)は生涯にわたり、我々Laphroaig Distilleryに記録された未登記の区画の土地の・・・我々は年間賃料を、実際にあなたが当地に現れ我々に要求すれば、一杯のLaphroaigで支払うことに同意する・・・勝手にその土地でピートを掘ったり羊を飼ったりしてはならず・・・到着されれば、我々はあなたの区画がどこであるかを示すに十分な地図とアイラ島のひどい天候と異常なまでのワイルド・ライフからあなたを守るウェア類を提供する。加えて土地区画を確定するのに必要なメジャーにもなるサイズ12のウェリントン・ブーツ(解説:デタラメに大きい。12のサイズの靴の外形の長さは約1フィートなので、1平方フィートの土地区画を測るのに最適なのである)。さらには低く飛ぶガチョウからあなたの頭を守るヘルメット、スコットランド名物の冷たい霧に耐える分厚いコート、突風で海に飛ばされることを防ぐ命綱とアンカー、まとわりついて来るテンの侵入を防ぐためズボンの裾をしっかりと結わえる紐、人懐っこいカワウソのなんとも迷惑な歓迎に出会ってしまった場合にあなたの体を拭くタオル・・・土地区画番号148443、2001年5月9日、Iain Henderson, Laphroaig Distillery



証書の下端にある私の区画番号とHenderson氏のサイン(↑)だ。実はシングル・モルトが好きな人なら、たいていこのサービスを知っている。つまりはLaphroaig Distilleryの冗談のような約束なのである。この蒸留所は壮大なユーモアのセンスを持っている。世界にはこのユーモアを喜んで受け入れ、私と同様に、しかし異なる区画番号の土地の権利を持つとされる人々が何十万人もいるらしい。



このLaphroaigが生産されるアイラ島には行ったことがない。あまりに遠いからだ。しかしスコットランドの他の地域は2度行ったことがある。1度は長い旅だった。1987年のことで、その時はスコットランドをぐるっと回った。私にとって2台目のクルマであるボロボロのBMW320iに乗って、画像のような草地と岩山と入り江あるいは湖ばかりでやたら静かな土地の安宿に泊まりながら、ゆっくりと移動した。私は元々暑いのが嫌いで寒いのが好きで、どちらかと言うと明るいのより少々暗めが好きである。7月の終わりなのに分厚いセーターが手放させず、曇天か小雨の続く荒涼とした景色のスコットランドから帰りたくなくなってしまった。



アイラ島から比較的近いスカイ島(画像)には行った。巨大な蕗の葉を見た。あまりに巨大で驚いたが、形からしてどう見ても日本の蕗と同じ形だった。アザラシ・ツアーに参加してなんとも友好的なアザラシを多数見た。アザラシもこちらを見ていた。ダンヴェガンという名の城があり、そこの城主だったMacleod族の歴史を知り、多くのMacナントカという苗字やスコットランドのクランに興味を覚え、ついでにアイルランドにやたらあるO'ナントカ(オニールとかオマリーとかオハラとかオコナーとか・・・)という苗字にも興味を持つようになった。

未体験の方は、是非スコットランドを訪問されると良い。静寂とは何か、長年にわたり持続可能な生活とは何かを考える良い機会である。掲載した画像の岩山や島のような静かな景色の中に、いきなり巨大でど派手な色彩を使った看板が現れることもない。音楽が流れることもない。日本の田舎は美しい景観や静寂を破壊する看板、建物、騒音が溢れている。日本以外の先進国でも、都会では視覚聴覚の刺激が多少は避けられないものだが、日本のそれは都会も田舎も暴力的なものが多い。それが許されるということは、つまり我々日本人の視覚聴覚、あるいはそれに係る文化があまり鋭いモノではないことを示すのであろう。

最近「地区計画についてのアンケート」を実施した西武七里ガ浜住宅地の皆さん! 是非スコットランドにしばらく滞在してみて、「視覚・聴覚の観点から維持されるべき環境や景観について考えるツアー」を企画しましょう!・・・無理か。



さてやっと話がウイスキーにたどり着いた。ご覧の画像がLaphroaigのボトルである。中身の香りは薬品臭のようだ。クレオソートのような香りと言えば、かなりぴったり来る。



この画像はラベルを拡大したモノだ。中央にあるのはチャールズ皇太子の紋章だ。あの国では紋章を一人一人決めて行く。1行目右端に「Prince of Wales(チャールズ皇太子のこと)」とあるでしょう。なぜイングランドの皇太子がウェールズの皇太子と呼ばれるのか?・・・長くなるので、関心がある方はご自分で調べて欲しい。さてこの紋章があるということは、つまり王室御用達なのである。「ウェールズの皇太子」と呼ばれるイングランドの皇太子が指定するスコットランドの酒だ。これで北アイルランドが加われば、UKとして完璧なのだが。同じくアイラ島にあるライバルのLagavulin(ラガヴーリン)蒸留所と同様、強烈にスモーキーな香りがLaphroaigの魅力である。ウイスキーに慣れぬ人が飲むと、美味しいとは思わないことだろう。

昔、鉄の女(英国首相サッチャーのこと)が来日して日本産のウイスキーを飲み「日本の高い関税のせいで、スコットランドのもっと美味しいウイスキーが日本に輸入されない。日本は関税を下げろ」と言った。後年それについて、サントリーの社長だった佐治敬三氏が日本経済新聞の「私の履歴書」欄に書いていた。「そうは言っても、日本のウイスキーの多くはスコットランドのそれとは異なる飲み方をするのである。水割りにして和食を食べながら飲んだりもする。飲む時は口に含み、舌や歯茎に滲みわたらせ、その味や香りを楽しみながら飲むのである。彼の地のように口からのどに短時間で放り込み、残った香りだけを楽しんでいるのではない。風味が異なるのは当然だ」と、そんな趣旨の文章だった。



私は佐治社長の主張を理解する。最近のサントリーやニッカが供給する高価なシングル・モルトは別にして、日本の多くのウイスキーは意図される使い方が別物であると考えた方が良い。前回こちらで書いたマーマレードの話と同じである。同じ名称だが、材料や作り方や気候や文化や歴史に少しずつ差があり、その結果出来上がったモノは、微妙にあるいははっきりと別物になるのである。コーヒーも同様だ。日本人なら誰もが口に含み「おいしい」と感じそうなコーヒーを、ある英国人が「妙な味だ」と言うのを聞いたことがある。場所が違えば、そこで正統とされる味や香りも異なる。日本人も世界中の料理を勝手に変えて広く楽しんでいる。カレーライスはその典型だ。

私は、Laphroaigに限らずそれぞれの主張があるシングル・モルトを水割りにして飲む英国人を見たことがない。上の画像はストレート。ただし水滴を2~3垂らしたものである。Laphroaigくらいに強烈で個性的なシングル・モルトになれば、水で薄めて和食を食べながら飲む人もあまりいないだろう。

私は個性を尊ぶ精神とユーモアのセンスが大事であると思っているが、Laphroaigは個性もユーモアも持ち合わせている。さあLaphroaigのボトルを一1本買って、あなたもFOL(Friends of Laphroaigの略)の一人になろう。サントリーの資本が入ってからは、日本でもかなり買いやすくなった。詳細はウェブサイトから。ものすごく楽しいサイトだ。

http://www.laphroaig.com
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食料品を2つ: スコットランド/神戸南京町から

2009-01-12 00:04:13 | 食べ物・飲み物
パンにこだわって特定の店から買い求める人がいる。遠方から取り寄せるなんて人もいる。しかしマーマレードに凝る人はあまりいない。ところがマーマレードは奥が深いのだ。



画像はスコットランドのMACKAYS(マッカイ)社のVintage Marmalade。オレンジ皮と廃糖蜜でしっかりと仕上げた、色からして重たいマーマレードである。同社創業時のオリジナル・レシピに近いと噂される作り方。なぜかマーマレードのふるさとはスコットランド・ダンディー地区ということになっている。同社の本拠もそのあたりだ。オレンジのイメージからは程遠い、冷涼な気候の地域で、オレンジはほとんどスペインから輸入されている。

以前勤めていた英国系企業で英国人と朝ごはんを食べていた時、国産のマーマレードが出て来たことがある。その英国人がそれについて「これは、う~ん、なんと言うか・・・。相当不思議な味がする」と評した。国産のマーマレードの原料には、国産のみかんや夏みかん等の皮が混入されることがしばしばあり、それが彼の違和感の主たる原因だと思われる。確かにこのMACKAYS社のものを食べた後で、国産メーカーのを食べると味がまったく違うことに気づく。彼らもレモンやグレープ・フルーツを意図的に使うことはよくあるが、日本みかんの混入はそれとは感覚的にまったく異なるレシピなのだ。我々日本人が、例えば鰆の粕漬けを焼き、普通のご飯と一緒に食べるとする。そのご飯は普通の白米でなくとも、炊き込みご飯や麦ご飯あるいは玄米でも違和感はないだろう。しかし細長く香りも強いタイ米と鰆の粕漬けを合わせるのには若干抵抗を感じるはずだ。夏みかんや日本みかんの入った日本産マーマレードに対する英国人の違和感も、それと同じことなのだろう。

MACKAYS社のマーマレードはこちら:
http://www.mackays.com/mackays_marmalades.html



もうひとつ紹介したいのがコレ。神戸南京町の益生號(えきせいごう)の腸詰。なんだかよくわからないが、いろいろなエキスが詰まった複雑な肉の味。薄くスライスしてフライパンで焼き、香菜(シャンツァイ)を上に散らして一緒に食べる。香菜がなければネギの千切りで代用も可能だが、私は香菜が大好きだ。是非香菜と一緒にお食べになることをお勧めする。

たいてい腸詰を買う時は、当店の焼き豚もあわせて買う。これがまた美味しい。しかも横浜の中華街、あるいは鎌倉あたりで買うものより安いのだ。脂分の多いところと少ないところと中間のところがあり、希望に応じて買い求めれば良い。神戸って遠い。確かに。でも鎌倉からだって電話すれば簡単に買える。まとめて買って冷凍してしまえば長持ちする。

昔々私が神戸に住んでいた頃から、腸詰と焼き豚と言えば、私にとって基本の味はこの店のものである。誰もが持つ郷愁みたいなもので、私は「神戸」というだけで強く反応してしまうのだ。

益生號のサイトはこちら:
http://www.nankinmachi.or.jp/phpshop/shop_hp_type_b.php?no=40
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西武七里ガ浜住宅地では通りの名前がなかなか定着しない

2009-01-11 09:58:59 | あちこち見て歩く
本日七里ガ浜小学校でどんど焼きが行われた。正月のお飾りを焼き、先着200名にお汁粉が振舞われるのだ。8:00amから始まるらしいが、私は行かなかった。お飾りを持って小学校に向かう人々は多く見かけたが。妻が着物を着てはるばる東京まで初釜(お茶)に行くというので、彼女をクルマでJR鎌倉駅に送って、帰りに開店直後の西友七里ガ浜店に寄って買い物しただけである。

本当は西友開店時間までまだ1分ほどあった。七里ガ浜の朝の気温は1度前後で、入口の前で寒そうに立っていると、従業員の方が見かねて中に入れてくれたのである。規則を守らざるを得ない大手スーパーとは思えぬ牧歌的臨機応変の対応。こうした面ではやや地元の個人商店化している良い店である。



さて当住宅地に住む人なら誰もが知る桜のプロムナード。商店街前の通りのことである。その北には緑のプロムナードというのがあって、その2つを区別している人は少ない。どちらもクルマが進入できない歩行者専用道路である。新聞配達のバイクは本来は車輌扱いだが、まあお目こぼしでOKということらしい。とにかくこの2つを総称して皆が「プロムナード」と呼び、その呼称はおおよそ定着している。



この名前もかなり定着している。テニス通りである。テニスコート3面を持つ我が住宅地自慢のテニスクラブがあるからだ。こうした何かシンボルのようなものが実在する通りは、それを名前にすると、人々の生活にも通りの名前が定着しやすい。



話がそれるが、テニスコートがあるあの広い土地の名義は誰のものなのだろうか。個人でも団体あるいは企業でも、誰かしらその所有者が固定資産税を支払っているはずだ。所有者が何か公的団体等、テニスクラブ以外の者であるとすると、あの広い土地をテニスクラブが占有する状態が続くことについてこれまでに問題が生じているであろうから、おそらくはテニスクラブの所有なのだろう。テニスクラブが所有しているとすると、テニスクラブの会費でそれがまかわれていることになるのだろうが、そんなことが可能なのだろうか。また現在は可能だとしても、将来会員数が激減してそれが不可能になった場合、あの土地は市によって差し押さえられるのだろうか。西武があの土地を開発した時に、それを有償あるいは無償で誰に譲渡したのだろう。謎が多い。知らないのは私だけか。誰か知っている人は教えて欲しい。



話を戻す。こちらもかなり定着した名前である。名前のとおり郵便局に面した通りである。郵便局という誰もが使う公共機関の建物が面しているから、覚えやすいのだろう。

日本では○○県○○市○○1丁目1-1というように住所を表す。欧米では例えば17 Cherry Tree Lane (Mary Poppinsが家政婦を務めたBanks家の住所であって架空のもの。実在しない), London SW1A 1EF (=zip code) UK のような形式である。書く順序がまったく逆なのである。日本は大きなくくりから小さなくくりへ。欧米はその逆である。加えて日本は○○1丁目のような広い範囲でくくった上でその範囲内の家々に、1-1などという各戸の番号を与える。欧米は発想が異なる。通りにはすべて名前があり、その通りに沿って各戸に番号を与えるのである。だからロンドンでは通りの名前を知らなければどこにもたどり着けないし、逆に通りの名を言えば、中心街でならタクシー・ドライバーは瞬く間にそこへ連れて行ってくれる。

この点日本の中で最も欧米的な街は、意外にも古都京都である。彼ら彼女らは街の縦横、東西南北の方向や主な通りの名前も常に意識し、それを住所で実際に利用する(大阪人もある程度そうである)。2つの通りの名前を出して「堀川丸田町の交差点で待ち合わせて」などという言い方が通用する。また住所で「烏丸通り仏光寺上ル二畳半敷町○○」などとも。烏丸通りを仏光寺から上がり(かつて天皇のおられた方角に向かって北上することを指す)、そこにある二畳半敷町(これまたスゴイ町名)の○○という番地なのだ。



翻って我が住宅街の通りの名前。日本では通りの名前が住所の一部となることがないため、通りの名前を覚える必要がまったくない。だからテニスコートや郵便局のようなシンボリックな建造物等がない通りに「夕陽が丘」や「富士見」と名をつけても、その通り沿いに住む人々を除いてあまり定着しないのである。そもそも夕陽が丘と呼ぶなら、誰もが知るその「丘」と呼ばれるスポットがどこかに存在しなければならないが、それがない。



漠然とした名前の東通り、西通りもそうである。まったく定着していない名前だ。住民の誰もこうは呼ばないだろう。然しながらこの2つの通りは、クルマの通行には重要な役割を果たしている。先ほど掲げた「富士見坂」は鎌倉山から我が住宅街に降りて来ることの出来る唯一の車道(ただし一方通行なので、こちらから鎌倉山に登ることは出来ない)である。ところが鎌倉山からこの富士見坂を我が住宅街に向かってクルマで降りてくると、先ほどの車輌進入不可である「プロムナード」にぶつかる。そのため、クルマは皆それを迂回するのである。迂回方法は様々だが、プロムナードと平行して南(海方向)に向かう東側の道が東通りであり、西側が西通りなのだ。



JR鎌倉駅西口からクルマに乗り我が住宅街に入る最短コースは、「鎌倉山経由」である。タクシー・ドライバーに「鎌倉山経由で」と頼むと必ず先ほどの富士見坂から住宅街に入ってくれる。その時「その先で東通りを入って」とか「西通りを入って」などと言っても、まったく通じない。実は、この場合「かえで通り」、「高山通り」と言うとスグに通じるのである。どちらもその通りの近くにかえで幼稚園、高山商店(私がお世話になる酒店)があるからだ。これらはタクシー利用者とタクシー・ドライバー間では、間違いなく通じる。通りにシンボルがあればそれを通りの名前にすると実際に使われるが、そうでなければダメという好例である。

日本のほとんどの場所においては住所を表すのに不要ため、普段の生活で通りの名を使うことがない。加えてその通り沿いにシンボルになるモノがあり、その名を冠しでもしない限りは、通りの名前はまず定着しないのである。

七里ガ浜商店街Quiz:
上の高山商店の画像で今日現在の状況とは決定的に異なる部分があります。それはどこでしょう?
コメント (12)
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