電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『闇の穴』を読む

2009年08月22日 06時14分23秒 | -藤沢周平
新潮文庫で、藤沢周平『闇の穴』を読みました。
藩が窮乏すると、お定まりの倹約令が出ます。絹はダメで、木綿なら良い、とかいうお触れが出るわけです。庶民の暮らしにはほとんど無関係なことながら、中には赤子を失ったはなえのように、夫の許しを得て絹の着物を仕立て、実家で着て見せることで悲しみを紛らせ、ひとときの華やぎを喜びとする者も実際にいたかもしれません。冒頭の作品「木綿触れ」のように、狡猾な上役のために死んだ妻の仇を討つ下級武士の心情と憤りは、よく理解できます。

第二作「小川の辺」では、藩主に逆らい脱藩した妹夫婦の討手に、兄が選ばれます。妹もまた直心流の小太刀を修行した遣い手でした。出立前、住み込む小者の新蔵が、何かを決した表情で同行を願い出ます。勝気な妹の田鶴は、兄の言うことは聞かぬが、不思議と新蔵の言うことはきき分けるのでした。

第三作「闇の穴」。前二作が武家ものとすれば、後の作は市井ものです。別れた亭主が娘を連れて行きます。平穏な暮らしと引き換えに、なにやら得体の知れないつなぎ役をさせられますが、子供の病気で届け物が翌日になってしまったことで事態は一変し、闇の穴の向こうに恐ろしい男の姿を思い出すことになるのでした。

第四作「閉ざされた口」。殺人を目撃し、ショックのために失語症になってしまった娘。寄る辺なき貧しい母親は、事件後はじめて口を開いた娘を抱え、逃げに逃げます。逃げ切れて良かった。チンピラと本物の悪党の違いは、この迫力にあるのでしょう。対照的に、末尾の、気の弱い吉蔵の善良さが救いです。

第五作「狂気」。初老の大店の主人の秘密。幼女殺人事件の真相は、日常性の陰に隠された狂気でした。

第六作「荒れ野」。戒律を破った若い僧が、陸奥国を目指す旅の途中、あやうく行き倒れになりかけます。助けてくれた農婦は、なんと若い僧侶に干し肉を食わせるのでした。破戒僧とはいえ食う方も食う方ですが、やがて若い僧は、鬼女に食われて全滅した村を見つけ、農婦の肌に溺れ干し肉を食らった日々を思い返します。藤沢版鬼女伝説です。

第七作「夜が軋む」。アルトの女声による練達の朗読でききたいような、一人称で語られる身の上話の体裁をとったスリラーものです。子ども向けではありませんが、お盆過ぎの晩夏にぴったりの怖~い物語です。



昭和52年に刊行された作品とのこと。この頃、たしかボイジャー二号が地球を飛び立ち、ピンクレディーが人気絶頂、藤沢周平は充実した作品を発表しておりました。叔父たちの会話の中で、作家の名前を聞いてはおりましたが、実際に作品に接したのは、ずっと後のことでした。過ぎていった月日が、今さらのように思い出されます。

写真は、老母が育てているソバの葉です。適度に摘んで、ゆでておひたしにして食べると、なかなかおいしいものです。
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