徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

熊本能 - 清正 -

2017-09-30 21:31:05 | 音楽芸能
 今から9年前、2008年9月27日、熊本県立劇場に於いて熊本の能楽史に残る演能が行われた。この日「第50回熊本県芸術文化祭オープニングステージ」として上演されたのは新作能「熊本能―清正―」。加藤清正にまつわる逸話や伝承をもとに、原作:大江捷也、構成・演出:狩野琇鵬。熊本にある観世・宝生・金春・喜多の四流派がこぞって参加しての公演となった。この年に人間国宝となった喜多流シテ方の友枝昭世や金春流シテ方の櫻間右陣など熊本ゆかりの名優を始め、豪華な顔ぶれとなった。
 残念ながら僕は旅行日程などと重なり、この舞台を見逃した。いつの日かこの能が再演されることを願っている。




【出演者】


熊日写真展

2017-09-28 16:38:48 | イベント
 第58回熊日写真展が、10月3日~9日の間、熊本県立美術館分館(熊本市中央区千葉城町)で行われます。
 グランプリの熊日賞に選ばれた「いざ!舞台へ」(岩本孝子さん)を始め、評価の高かった109点が展示されます。




モデルとなった花童ゆうあさん

車夫が足りない!

2017-09-26 19:07:53 | ビジネス
 外国人観光客が急増し、外国人には特に人気のある人力車の車夫が全国的に不足しているんだそうな。人材の育成を始めた自治体もあるようだが、基本的な体力はもちろんのこと、運転技術の習得に加え、観光スポットを勉強したり、おもてなしのスキルを身につけたりと、なかなか簡単ではないようだ。育成期間も長期にわたると、途中で挫折する人も多いらしく車夫としてデビューできる人はほんのひと握りだという。
 未来に残したい日本の風景「Rickshaw」の運命は!?


2016.4.13 漱石来熊120年記念行事「お帰りなさい 漱石先生」より


2015.10.12「はつ喜月若さん名取披露」より

番所の棚田 2017

2017-09-25 17:33:02 | 熊本
 山鹿市菊鹿町の「番所の棚田」(日本棚田百選)を見るのも今年で9年目。毎年、見る時期が多少違うが、全く同じ表情だったことは一度もない。米の生育状態や彼岸花の咲き具合などが微妙に異なるのだろう。今年は黄金色の稲をくっきりと際立たせる畔沿いの彼岸花よりも、その周囲の彼岸花の方が目立っている。番所まで登る道路沿いの見事な彼岸花がやけに目を引いた。
 昨日までの休日は観光客が多かったのだろう。彼岸花が踏み荒らされた形跡もあり、ちぎれたり折れたりしている。最近のカメラ愛好者の中にはマナーに欠ける人もよく見かける。観光スポットとして注目されることは喜ばしいのだが、地元の人たちにとってはありがた迷惑なこともきっと多いに違いない。








椎持往還(細川公御用茶の道)

くまもとサプライズ!7年!

2017-09-24 22:30:13 | 熊本
 「新幹線くまもと創り」プロジェクトの一環として、熊本出身の脚本家・小山薫堂さんの企画で始まった「くまもとサプライズ」も、やがて7年が経とうとしている。振り返れば、この7年は熊本にとっていろんな意味でサプライズの連続だった。新幹線開業の前日に発生した東日本大震災。予定されていた開業記念のイベントはすべて中止あるいは延期に。さらに、それから1年ほど続いたイベント等の自粛。前途多難を覚悟させる船出だった。その一方で、「くまもとサプライズ」のキャラクターとして創造された「くまモン」が予想外の大ヒット、今や世界的にも有名なキャラクターとなった。そして観光振興などにも徐々にキャンペーンの効果が表れ始めた矢先の熊本地震。ある意味、最大のサプライズだったかもしれない。しかし、熊本はめげない。復興への長い長い道を歩み始めた。そして何年後かわからないが、復興が成った時、真のサプライズが実現するだろう。

 



最近読んだ本

2017-09-23 21:28:04 | 文芸
◆生死の境を歩む(狩野琇鵬)
 昨年7月、79歳で他界されたシテ方喜多流能楽師の狩野琇鵬さんが、生前、熊本日日新聞のコラム「わたしを語る」シリーズで連載された「生死の境を歩む」をまとめて単行本としたもの。新聞連載の内容に加えて、多くの写真が掲載されている。新聞連載も読んだのだが、こうしてまとめて読むと、しかも画像情報が加わるとまた違った新しさを感じ、一気に読了した。江戸時代初期から続いた細川家お抱えの絵師の家が、琇鵬さんの父上の代から能楽師に転じ、今日では熊本喜多流を支える狩野家を確立されるまでの様々なご苦労が綴られている。タイトルの「生死(しょうじ)の境を歩む」には、能の世界は生者と死者のはざまを描いている作品が多いことや、自らが生死の境に立たされた大病のご経験があることなどの意味が込められているようだ。僕が能に興味を持って観るようになった時、琇鵬さんはおからだの具合で既に第一線を退いておられたので、仕舞を舞われるのを2回ほど拝見しただけなのが残念でならない。

◆眩くらら(朝井まかて)
 NHKでドラマ化されて先日放送されたので原作を読みたくなった。読んでみてドラマとはまた違った印象を受けた。先に映像化されたものを見てしまっているので、どうもその印象をフィルターにしているようだ。ドラマでは葛飾応為の画風である光と影を強調するような映像づくりが行われていたが、原作を読んだだけではそうした色の濃淡が感じられないのでどうしても平板な表現に見えてしまう。やっぱり原作を先に読むべきだったかな。
 直木賞作家・朝井まかての作品は初めて読んだが、江戸の市井の人々を活き活きと丹念に描いているあたりは確かな力を感じる。このリアリティは、よほどしっかりした史料調査や時代考証を行なっているのだろう。直木賞を受賞した「恋歌」など他の作品も読んでみたい。また、この長編を70数分のドラマにまとめた大森美香の脚本も大したものだ。

葛飾応為をめぐる人々

2017-09-21 17:38:22 | テレビ
 先般放送された特集ドラマ「眩(くらら)~北斎の娘~」は朝井まかての原作は未読だが、登場する人物たちが興味深く調べてみた。なかでも渓斎英泉と所帯をもつ女として登場するお瀧という人物が気になった。お栄が英泉に連れてゆかれた妓楼にお瀧がいて、英泉の三人の妹たちが芸妓として働いている。英泉が三人の妹を苦労して育てたことはいろんな文献に出てくるので、三人が芸妓になったかどうかは別にして実在したのだろう。お瀧の方はというと前帯ではないので花魁ではなさそうだ。ただ、その容姿や「さわぎ」の手慣れた踊りを見ると女郎あがりをうかがわせる。おそらく英泉が身請けした女郎と所帯を持って、この妓楼を共同経営しているという設定なのだろう。このお瀧を演じているのが宝塚出身の中島亜梨沙さん。大河ドラマ「真田丸」でも吉野太夫を演じていたので適役と言えそうだ。
 お栄こと葛飾応為の代表作「吉原格子先之図」は新吉原の和泉屋の店先を描いたものといわれているが、この和泉屋に於瀧と呼ばれた「引っ込み」 (楼主から実の娘のように育てられ将来を嘱望された幹部候補)がいたことが、一勇斎国芳の画「新吉原江戸町一丁目和泉屋平左衛門花川戸仮宅之図」などに出てくる。おそらく、この於瀧をモデルとして、新たに創造されたキャラクターがお瀧なのだろう。
 ちなみに英泉が「渓斎英泉」画号の落款を用いたのは、師匠の菊川英山が肥後熊本藩主細川公から依頼を受けて、英泉ら弟子たちに描かせた時が最初だったらしい。文政年間の熊本藩主といえば細川斉茲公かその嗣子斉樹公のどちらかだろう。


渓斎英泉とお瀧


和泉屋の「引っ込み」於瀧がモデルか?


英泉の野辺送りでのお瀧

子規と曼珠沙華

2017-09-19 23:13:52 | 文芸
草むらや土手ある限り曼珠沙華 (正岡子規)

 台風一過、気が付くと秋がいよいよ深まりつつある。道端の彼岸花が目立つようになった。
 今日は正岡子規の没後115年にあたる日だった。上の句は明治28年、28歳の作。


池江璃花子と木原美知子

2017-09-16 21:51:45 | スポーツ一般
 えひめ国体の水泳競技をテレビで見ていた。少年女子A50㍍自由形で池江璃花子(東京)が24秒33の日本新記録をマークして優勝した。ノーブレで50㍍を泳ぎ切り、平然としてプールから上がって来た彼女には一種のオーラが感じられた。中学時代からその類まれな能力を発揮していたが、昨年のリオ五輪にも出場し、今やトップスイマーとなった高校2年生。
 そんな姿を見ながらふと、ある人の姿がダブって見えた。それは2007年に早世された木原美知子さんである。木原さんが水泳界に彗星のごとく現われたのは、まだ中学3年生だった1962年の岡山国体の時だ。その2年後、東京体育館の屋内プールで行なわれた日本室内選手権の時、初めて彼女を間近で見ることができた。練習を終えて引き上げる僕らとすれちがったのだが、この時彼女は高校2年生、ちょうど今の池江選手と同年齢、既にスター選手になっていて、彼女の周りは他の人とは明らかに違うオーラを感じたものだ。その後、彼女は女人禁制だった日大水泳部に進んだ。最近でこそルックスやスタイルを兼ね備えたスポーツウーマンが多くなったが、彼女はまさしくその走りだった。そして池江選手はそれを引き継ぐ一人なのだろう。

飾馬飾卸し

2017-09-15 16:23:52 | イベント
 藤崎八旛宮例大祭は台風18号の接近が予想されるため、9月17日(日)に予定されていた神幸式(隨兵行列・飾馬奉納)は10月9日(月)祝日に延期が決まりましたが、飾馬飾卸しは予定どおり今日、藤崎八旛宮にてとり行なわれました。












60年代ポップ/ロックの思い出

2017-09-14 15:28:01 | 音楽芸能
 ふと気が付くと、学生時代に好きだった音楽を口ずさんでいることがある。僕が上京して大学に入った年、1964年は、ビートルズが日本の音楽シ-ンにも登場した年だったが、まだ今日のような評価は得ていなかった。だが、翌年、翌々年と立て続けにヒットを飛ばし続け、世界を席巻していく。当時は今日のようにスマホやPCやプレーヤーなど便利な機器があるわけでもなく、音楽を聴くのはもっぱらラジオで、特にFEN(現AFN:米軍放送網)は貴重な情報源だった。アメリカの最新ヒット曲がリアルタイムで入って来るのが何よりも楽しかった。ビートルズ以外にも魅力的なグループがたくさんあり、中でもこの3曲は今でも大好きな曲で、聴いている間はあの頃の情景がよみがえり、つかの間の学生気分に戻ることができる。

 なお、この記事は2008年7月23日に投稿した記事を再編集し、再掲したものです。

愛なき世界(1964年) ピーターとゴードン
 ピーターとゴードンはいわゆるリバプールサウンドのデュオグループ。この曲はレノン&マッカートニーが作った。ピーターの妹とマッカートニーが恋仲だったため提供したといわれる。1964年4月25日付の全英シングルチャートでビートルズの「キャント・バイ・ミー・ラヴ」を上回り、1位にランクされた。



マジック(1965年) ラビン・スプーンフル
 当時はイギリスのリバプールサウンドが世界を席捲しつつあったが、その一方でアメリカンポップスを代表するグループの一つとして、新鮮なサウンドを作り続けていた。この映像の2曲目に「You Didn't Have to Be So Nice」も収められているが、その他「 Daydream」や「 Summer in the City」など個性的なサウンドが忘れられない。



赤ずきんちゃん(1966年) サム・ザ・シャム&ザ・ファラオズ
 独特のサウンドで人気のあったアメリカのバンド。1967年にシドニー・ポワチエとロッド・スタイガーの主演で作られた名画「夜の大捜査線」で監督のノーマン・ジュイソンはこの曲を使いたかったが、高額な使用料を要求されて断念し、ほとんどこの曲のパクリのような「Foul Owl on the Prowl」という曲を使った。


大穴牟知命(オオナムチノミコト)の復活

2017-09-13 17:42:02 | 美術
 東京・京橋1丁目のブリヂストン美術館は今、建替え工事が進んでいる。僕が本社勤務だった頃は、本社ビルと美術館は隣りあわせだったので、昼食後の休憩時間をよく美術館で過したものだ。
 ブリヂストン創業者の石橋正二郎は同郷の青木繁を愛し、彼の作品を多く収集した。なかでもこの「大穴牟知命」と「海の幸」は一度観たら忘れられない作品だ。「海の幸」は久留米市民会館の舞台に掛かる緞帳に再現されていたが、久留米市民会館が閉館することになり、その行方が気になる。

▼大穴牟知命(1905年、ブリヂストン美術館蔵)
 この作品は「古事記」上巻にある大穴牟知命(大国主命)の受難の物語を題材にしたもの。
 兄弟の神々の嫉妬により、焼石を押しつけられて死んだ大穴牟知命(オオナムチノミコト)が、執虫貝比女(キサガイヒメ)と宇牟起比女(ウムギヒメ)の二人によって復活するという物語。執虫貝比女(キサガイヒメ)が貝殻を削ってその粉を集め、宇牟起比女(ウムギヒメ)が自らの乳をしぼった乳汁を粉にまぜて大穴牟知命(オオナムチノミコト)の体に塗りつけると大穴牟知命は生き還ったという物語。


葛飾北斎の娘

2017-09-12 18:57:44 | 美術
 今週からNHKでは葛飾北斎関連の番組が始まる。中でも楽しみは北斎の娘お栄を描いた宮崎あおい主演の特集ドラマ「 眩(くらら)~北斎の娘~」(原作:朝井まかて)だ。お栄(後の葛飾応為)を描いた作品としては、杉浦日向子さんの漫画「百日紅」やそれをもとにしたアニメ映画「百日紅~Miss HOKUSAI~」などを見たが、今度はいよいよ実写版。お栄こと葛飾応為作品の魅力は何といっても他の絵師には見られない陰影に富んだ絵。当時の日本としては斬新な画風がどうして生まれたのか、とても興味深い。

【総 合】 9月15日(金) 後8:00 歴史秘話ヒストリア
【総 合】 9月18日(月) 前9:05 特集「日本-イギリス 北斎を探せ!」
【総 合】 9月18日(月) 後7:30 特集ドラマ「眩(くらら)~北斎の娘~」
【総 合】 9月22日(金) 後8:00 歴史秘話ヒストリア(一部地域は別番組)
【BSP】10月 7日(土) 後9:00 北斎インパクト~世界が愛した超絶アート~
【総 合】10月 9日(月) 前9:05 北斎“宇宙”を描く






葛飾応為の代表作「吉原格子先之図」


長唄「吉原雀」(明和五年(1768)の成立)
「吉原雀」とは吉原遊郭をただ冷やかして歩く素見の客を指す言葉