徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

海舟や龍馬も敬嘆した景観!

2011-11-30 21:46:44 | 熊本

※絵図をクリックすると大きなサイズが開きます

 この絵図は熊本大学付属図書館が寄託された永青文庫資料のうちの一つで、明治時代初期に赤星閑意によって描かれた「熊本城東面図」。今の鶴屋デパートの上あたりをビューポイントとした鳥瞰図となっている。まず流れている川は江戸時代、内堀としても使われていた坪井川。二つの橋が架かっているが、左側が厩橋(うまやばし)で手前の廓状になったところに厩(馬小屋)があった。現在の厩橋と位置は変わらないので厩のところに現在の熊本市役所が建っていることになる。従ってその外側の広い道が今の電車通りだ。厩橋を渡ったところが須戸口門で、現在お城まつりが行なわれる竹の丸へ通じている。右側の橋は藪ノ内橋(やぶのうちばし)で現在高橋公園の谷干城像があるあたりに架かっていた。川が右に曲がった奥に見える橋が下馬橋(げばばし)で、現在の行幸橋とほぼ同じところにあった。その左側に見えるのが広大な藩主の御花畑屋敷である。川の左岸には船着場があり、水運による物流が盛んに行われていた。天守閣の後ろにそびえる最も高い山が金峰山である。
 元治元年(1864)、長崎に向かう途中、熊本城下に立ち寄った勝海舟、坂本龍馬の一行は、その素晴らしい景観に敬嘆したと言われている。

「城下町くまもと時代絵巻」開催決まる!

2011-11-29 14:09:29 | 熊本
 今年3月19日に九州新幹線全線開業記念として開催予定だった「城下町くまもと時代絵巻」が来年3月31日に開催されることが正式にアナウンスされた。開催1週間前に発生した東日本大震災のため延期されていたこのイベントは、九州新幹線全線開業の開業1周年と4月の熊本市の政令指定都市移行記念として行われることになった。呼物の時代行列では、加藤清正に扮した俳優の藤岡弘さんが率いる約1千人が時代衣装をまとって練り歩く。午後1時にJR熊本駅新幹線口前で出陣の儀を行ない、呉服町、新町を通り午後4時ごろ熊本城に到着予定。「春のくまもとお城まつり」とも連動するという。1年間待った分、余計に盛り上がりそうだ。

今年3月に作製された幻のチラシ



名人 藤本秀丈(ふじもとひでお)さんにリンク!

2011-11-28 21:45:55 | 音楽芸能
 今日、面白いものを発見した。端唄(はうた)をネットで検索していた。端唄とは邦楽の一分野で、長唄に対し短い唄の総称で江戸時代初期から続いているものだそうだ。端唄を検索した結果に「藤本秀丈」の名前が出てきた。藤本秀丈さんの名前は以前から知っていたが、藤本流三味線の創始者で、本條流の本條秀太郎さんのお師匠さんでもある。さらに検索を続けると「Music Play Table」といういろんなアーティストの音楽アルバムにYouTubeにアップされた動画をリンクさせたページに入った。その中に「藤本秀丈の魅力」というCDを紹介するページがあった。曲目リストを見ると一番最後に「奴だこ」と「草の芽」があった。いずれもザ・わらべの演目の中の一つだ。各曲目にリンクが張ってあったのでクリックしてみた。するとなんとリンクされていたのは僕がアップロードした今年の「春の宴」の時のザ・わらべの踊りだった。YouTubeの動画は基本的にリンクフリーなので、そのこと自体は別に構わないのだが、藤本秀丈先生のCDにリンクされているということは相当偉い先生方もご覧になっている可能性がある。そう思ったとたんちょっとゾッとした。でも「春の宴」の時の唄と三味線は藤本流の藤本喜代則さんだからまぁいいか。
(注)秀丈の秀は正しくは王へんに秀


山頭火 紅葉まつり

2011-11-27 16:13:03 | 熊本
 唄や三味線で日頃楽しませてもらっている本條秀美さんのご実家でもある植木町味取の瑞泉禅寺・味取観音堂で「紅葉まつり」が行なわれるというので見に行った。ここは種田山頭火がかつて堂守をやっていたという山頭火ゆかりのお寺。3年前から山頭火の自由律俳句にちなんだ紅葉まつりを始めたそうだ。ここも今年は紅葉が遅い。昨年のまつり時に比べるとまだ7分くらいらしい。お寺の境内では地域の産物やだんご、焼鳥などの出店や、野点、写真撮影会、俳句募集等のイベントも行われていた。

  「何を待つ日に日に落葉ふかうなる」(山頭火)

※写真をクリックすると大きなサイズが開きます。









「世界にひとつだけの本」と宇多田ヒカル

2011-11-26 19:01:40 | 音楽芸能
 朝から出かける用があったので、FMクマモトの「世界にひとつだけの本」を車の中で聴いた。旅行会社に勤めるアラフォー月原加奈子の身の回りに起こる、ちょっとせつなく、クスッと笑える出来事を、木村多江のやわらかい声が綴っていく。相変わらずこの番組にはアンドレ・ギャニオンの音楽がよく似合う。「めぐり逢い」そして「明日」。今日挿入された楽曲は宇多田ヒカル。「First Love」なんかずいぶん久しぶりに聴いた気がする。そして意外にもこの番組の雰囲気にマッチしていることに気が付いた。彼女独特の“ちりめんビブラート”を聴きながら、藤圭子の「新宿の女」を宇多田ヒカルがカバーしたらヒットするだろうな、なんて関係ないことを考えていた。
※このモーフィングの習作を作ってからもう10年以上経つ。




ザ・わらべと伝統芸能の危機

2011-11-25 23:05:48 | 音楽芸能
 9月から始まった熊本城本丸御殿「秋夜の宴」はいよいよ明日で終わり。今夜はザ・わらべの最終出演日とあって見逃すわけにはいかない。陽が落ちると熊本市内もめっきり寒くなったが、今夜も本丸御殿の大広間には熱心なわらべファンが集った。先月のザ・わらべ出演日に大阪から日帰りで見に来た大阪在住のSさんが再び日帰りで来熊。ありがたいことだ。
 公演が終わって家に帰るとNHKのローカル番組「くまもとの風スペシャル」で、先日行われた板東玉三郎さんの山鹿・八千代座公演のドキュメンタリーが放送されていた。開業100年の八千代座は、一時は廃業寸前に追い込まれたが、その復興に大きな貢献を果たしてきた玉三郎さんは、番組の中で地方の伝統芸能の危機を憂えていた。そんな玉三郎さんは今回の演目に、公募した一般市民60名とともに踊る山鹿伝統の灯籠おどりを取り入れた。ザ・わらべも熊本の伝統芸能を支える一つの集団であり、これからもずっと応援し続けたいと思う。


邦画を彩った女優たち ~ 倍賞千恵子 ~

2011-11-24 22:44:48 | 映画
 今夜のBSプレミアム「邦画を彩った女優たち」シリーズは倍賞千恵子さん。26年間、48本にわたって演じた「男はつらいよ」のさくらさんを始め、「家族(1970)」と「遥かなる山の呼び声 (1980)」の民子さん、「駅 STATION (1981)」の桐子さんという4つの役柄を通じて、人間そして女優としての倍賞千恵子をあらためて見つめ直す内容でとても興味深かった。
 さくら=倍賞千恵子というイメージにご本人も悩んだ時期もあったようだが、僕はテレビドラマの「男はつらいよ」が大好きだったので、映画化が決まり、しかもさくら役を倍賞さんが演じると知った時は正直違和感があった。なぜ長山藍子じゃいけないんだろうと思ったものだ。僕らの高校時代にはすでに「キューポラのある街」の吉永小百合と「下町の太陽」の倍賞千恵子は大スター。その倍賞さんがなぜ「男はつらいよ」みたいな(失礼!)映画に・・・。まさか国民的映画として大ヒットシリーズになるなどとは思いもしなかったからそう思ったのだった。結果的には倍賞さんは「男はつらいよ」には欠かせない存在となり、彼女の最大の当たり役となった。他の出演作も含め、僕にとっては最も忘れられない女優の一人となった。


ALWAYS 三丁目の夕日 '64

2011-11-23 22:21:06 | 映画
 最近、大流行りの3D映画だが、僕は3Dそのものには全く興味がない。僕が小学生だった1950年代、第1次3D映画ブームがあった。当時は立体映画と言って、もちろん今日のようなデジタル技術はなかったが、表現しようとしていたことは今も昔も基本的には同じだ。最初はもの珍しさだけで受けたが、結局、映画の中味そのものがつまらないとすぐに飽きられた。今回も3D映画ばっかりになると、結局は中味の良し悪しで受けるものと受けないものが出てくるのは自明の理だ。
 ところで来年早々に「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズの第3作が公開される。しかも今度は3D技術を使うという。これについては僕は違った意味で興味がある。それはこの第3作の時代背景となる1964年という年は、僕の生涯で最も忘れられない年だからだ。大学に進学して上京した年で、この映画のモチーフにもなっている東京オリンピックでは裏方をやったりして、会場となった新宿や渋谷の当時の様子や物語の主な舞台となる下町の雰囲気もよく憶えている。それが3Dを駆使してどこまでリアルに再現されているか、この眼でとくと見てやろうと思っている。


てっぺいの運動能力

2011-11-22 18:58:41 | その他
 先日、孫のてっぺいが幼稚園のマラソン大会で優勝したと電話で報告してきた。ちゃっかりご褒美ちょうだいという言葉をそえて。それはさておき、彼の父親によれば、てっぺいたち年少組の距離は600mで、ぶっちぎりの1位だったという。手前味噌で恐縮だが、僕は短距離も長距離も特に早い方ではなかったが、小さい頃からやっていた水泳のおかげか、心肺機能だけは強く、800から1500mくらいを走るのは妙に自信があった。畑違いの陸上大会に出たこともある。てっぺいはまだ特別に何かスポーツをやっているわけではないが、この基礎能力を何かに活かしてほしいものだ。
※写真は幼稚園のブログから拝借しました。

尾野真千子 ~ 第二の高峰秀子になれるか!? ~

2011-11-21 16:42:55 | テレビ
 今日お昼のNHK「スタジオパークからこんにちは」に俳優の宝田明さんが出演していた。現在、放送されている朝ドラ「カーネーション」にヒロイン糸子の祖父役で出演中なので、半分はその番宣のためのキャスティングなのだが、ご本人の生い立ちや数奇な運命など、とても興味深い話が聴けた。ドラマ「カーネーション」についての話は番宣という意味を割り引いて聴かなければならないが、それでも極めて注目すべき発言があった。それはヒロイン糸子を演じる尾野真千子についての評価だ。宝田さんによれば「彼女は高峰秀子のような大女優になるかもしれない」というのだ。そしてその理由として演技に対して真っすぐに取り組む姿勢をあげていた。芸歴60年近い大俳優の言葉だけに重みがある。そう言われてみると彼女の声質は高峰秀子のそれに似ている。彼女が16歳でデビューした映画「萌の朱雀」以来、いろんな映画やドラマで積み重ねてきたキャリアを考えると宝田さんの発言は決して過大評価ではないように思える。

ナタリー・ウッドはなぜ死んだか!?

2011-11-20 19:46:19 | 映画
 30年前に事故で水死したとされるナタリー・ウッド。その死の真相については当初からいろんな憶測があったが、またぞろ再捜査が行われるというニュースだ。なんでも信憑性のある新証言があったらしい。彼女は僕らの中学高校時代のアイドルの一人。真相を知りたいという思いの反面、もうそっとしておいてほしいなという思いもあり、複雑な心境だ。当時の関係者たちがまだ生きているわけで、捜査が進めば聞きたくない話も聞かざるを得なくなるかもしれない。ナタリー・ウッドを想い出す時、僕は決まって映画「捜索者(1956)」の彼女を想い出す。彼女の代表作と言われる「ウェストサイド物語(1961)」や「草原の輝き(1961)」など多くの出演作品を見ているのだが、なぜかまず想い出すのは、あのコマンチ娘の格好をした可愛いデビーの姿なのである。あの頃の彼女は、これから大スターになっていくだろうなぁと思わせるオーラで輝いていた。古き良きハリウッド時代の最後のアイドル女優の一人だったのかもしれない。

母の卒寿を祝い人吉旅行

2011-11-19 19:35:27 | 熊本
 母の卒寿祝いと紅葉見物を兼ねて人吉への一泊旅行をした。帯同したのはわが兄弟姉妹4組の夫婦。出発した昨日は朝から雨。3台の車に分乗し、高速を飛ばして一路人吉へ。まずは青井阿蘇神社へ参拝し、人吉餃子の店で昼食。その後、人吉城跡、武家屋敷、焼酎蔵などをまわったが雨もやみそうにないので早々に旅館へ。今回の宿は老舗人吉旅館。ザ・わらべのメンバー、かえちゃんの実家でもある。みんなで夕食のテーブルを囲んでいる時、女将さんがかえちゃんを挨拶に連れてきた。女将さんの細やかな心配りなどもあり、母も子供たちに囲まれて珍しく自作の短歌を詠んだりして嬉しい一夜だったようだ。その後は旅館自慢の熱めの温泉で疲れをとり、早めの床に就いた。
 そして今日も朝から雨。どういうコースで帰るか迷ったが、当初の計画通り、五木村、五家荘を経由して紅葉を見物することにした。まず、人吉駅前のからくり時計を見てから出発。だんだん激しくなる雨足にどうなることかと思ったが、五木村に着いた頃、なんと奇跡的に晴れ間が顔をのぞかせる。例年よりも紅葉が遅いらしいがそれでも鮮やかな晩秋の風情を楽しむことができた。天候には恵まれなかったが、母にとってもかえって忘れられない旅行になったようだ。


国宝・青井阿蘇神社に参拝


今回の宿、老舗人吉旅館


ザ・わらべのかえちゃんが女将さんと挨拶に


記念品を贈られて大喜びの母


人吉駅前からくり時計


奇跡的に晴れ間が顔をのぞかせた五木村


鮮やかに色づき始めた山々


樅木の吊橋も紅葉に彩られる

坂崎先生が描いた熊本城

2011-11-17 18:10:03 | その他
 今年も喪中欠礼のお便りが届き始めた。この時期になると毎年、僕には一つの楽しみがあった。父母の教職仲間でもあった坂崎健二郎先生が毎年、年賀状に刷るための水彩画をお描きになり、それを僕がパソコンに取り込んで年賀状に印刷する、というのが毎年末の恒例となっていた。絵のテーマは毎年熊本城。いろんな角度から描かれた熊本城を見るのが楽しみだった。しかし、その楽しみも突然終わりを告げた。今年3月、坂崎先生が他界されたのだ。毎年11月下旬になると絵が出来上がったという電話がかかってきた。その連絡ももう今年はない。寂しい年の暮れになりそうだ。

 
大小天守と宇土櫓(平成19年)                   大小天守閣(平成20年)

 
馬具櫓(平成21年)                       平櫓(平成22年)


櫨方門(平成23年)

わが家のルーツ

2011-11-16 21:44:32 | その他
 歳をとってくると「わが家のルーツは?」などといったことが気になってくる。10年前に他界した父もだいぶ調べていたようであるが、確認できる資料はとうとう見つからなかったようだ。ちょうど30年ほど前に、父が立田山にあるわが家の墓を改葬したが、それまでは古い苔むした墓が二つ建っていた。その一つには島原の乱で戦死した第十五代の孫と刻まれていた。ということは、細川家の家臣だったことはわかっているので、第十五代は細川忠利公(細川忠興、ガラシャの三男)に仕えていたということか。それにしてもその時点で十五代ということはいったい始祖はいつの時代の人なんだろうか。少なくとも戦国時代よりも前であることは確かなようだ。前から他の人にも古文書を調べることを勧められているが、なかなか足が前に進まない。
※細川忠利公肖像画

吉高由里子のロンドン演劇修行

2011-11-15 22:30:17 | テレビ
 若手個性派女優の吉高由里子がロンドンの演劇ワークショップに参加して、舞台演技の修業をするというBSプレミアムのドキュメンタリーが面白そうだったので見てみた。彼女が評価の高い女優ということは知っているが、僕は彼女が出演した映画やドラマをほとんど見たことがない。出始めの頃に1、2本見ているかもしれないが記憶にない。シェイクスピアのマクベスの現代版を、しかも英語で彼女がどう演じるのかとても興味深かった。英語があまり達者とは思えない彼女が苦闘する様子はある程度わかったが、思いのほかすんなり終り、やや物足りなさを感じた。わずか6日間の間にもカメラに映っていない葛藤や苦しみがもっともっとあったと思うのだが。ただ、彼女が持つ天性の表現力は垣間見ることができた。