徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

「ゆかたざらい」と和楽の未来

2011-07-31 19:34:55 | 音楽芸能
 今日は「本條流秀美会ゆかたざらい」を植木町まで見に行った。「ゆかたざらい」とはあまり聞き慣れない言葉だが、「さらい」というのは学んだことを復習すること、つまり「おさらい」のことだ。和楽や舞踊の世界では、発表会のうち、あまり格式張らず身内だけで行う発表会のことを「ゆかたざらい」というらしい。これに対して部外者もお招きする本格的な発表会のことを「本ざらい」と呼ぶそうだ。夏だから「ゆかた」というわけでもなさそうだ。
 それはさておき、この種の催しは初めて見学させてもらったが、ご年配の方から子どもまで意外と多くの方が和楽をたしなんでおられるのを見てちょっと驚いた。また、将来を担う子どもたちはぜひ、いつまでも続けてもらって、大人になってもこの会に参加し続けてほしいなと願わずにはいられない。


日頃の稽古の成果を披露


将来の和楽を担う子どもたちも精一杯頑張りました

鼻欠け地蔵 ~ ラフカディオ・ハーン ~

2011-07-30 23:51:09 | 文芸
ずっとこうして坐っているのであって、じっと瞑想にふけっているようなそのまなざしは、はるか脚下の学校と、その学校のそうぞうしい生活とを、半眼にひらいたまぶたのあいだから、しずかに見下ろしながら、身に創疾をうけながらも、なにひとつ、それに文句のいえない人のような、莞爾とした微笑をたたえている。もっとも、この微笑は、もともと、これを彫った彫り師がきざみつけた表情ではない。長い年月の風霜の、苔と垢とに形をゆがめられてできた表情である。よく見ると、この仏像は、いまはもう、両手も欠けてしまっている。わたしくは、なんだか気の毒になってきて、仏像の額にある、小さなしるしのイボのまわりの苔を、爪でかいてとってあげたらと思って、手でそれをかいてみた。
******************************************************************
 これはラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の「東の国から」の一節だが、ここに書かれているようにハーンが熊本にいた明治20年代は、この鼻欠け地蔵が鎮座する小峰墓地から五高の校舎や校庭が望めたのだろう。そう言えば、僕が幼い頃、だから戦後間もない昭和25、6年頃だと思うが父に連れられて小峰墓地に来た記憶がある。その時もたしかに遠くの建物などが望めた憶えがある。今日では木が茂り、黒髪地区も家が建て込んで遠望はきかなくなってしまった。お地蔵さんはこの時代の変化をどんな思いで眺めているのだろう。


「Mr.サマータイム」の想い出 ~ 僕の夏歌ナンバーワン ~

2011-07-29 14:02:31 | 音楽芸能
 今朝、車で合志へ向かっている時、ラジオからサーカスの「Mr.サマータイム」が流れてきた。この歌は今でも僕の大好きな夏歌の一つだが、とても懐かしい想い出がある。あれはもう30年以上も前の夏だった。僕は新工場を建設したばかりの防府に勤務していた。毎年、防府市では夏に「防府まつり」があり、市民総踊りなどのイベントが行われる。会社としては、地域社会に融和し、市民に認知してもらうため、「防府まつり」のあらゆるイベントに参加することが方針だった。そして、その事務局の役割が僕に与えられた。総踊りへの参加準備も大変だったが、それよりも僕を悩ませたのは「職場対抗のど自慢大会」だった。防府市内の主な企業から3人ずつ出場し、その合計得点で順位を決めるというものだが、まだ僕の工場は立ち上がったばかりで人数も数十人しかおらず、出場してくれる人がいなかったのである。多少はのどに自信がある人でも、2000人近く入る防府市公会堂で歌うのは尻込みするのが当たり前だ。それでも何とかムリヤリにお願いして3人揃えた。そしてリハーサルが行われた。そこでショックを受けたのが、某企業のOLさんが歌ったこの「Mr.サマータイム」だった。ちょうどこの歌が大ヒットしていた頃だったが、このOLさん、プロかと思うほどおそろしく上手い人で、それを聞いた途端、わがチームの戦意は喪失した。案の定、本番ではその「Mr.サマータイム」が最高得点をマークし、その企業が優勝した。その企業がどこだったのか、どうしても思い出せないが、やっぱり鐘紡だったかもしれない。(当時、この歌はカネボウのキャンペーンソングだった)


ドラマ「胡桃の部屋」 ~ う~ん、ちょっと違うかな ~

2011-07-27 14:25:35 | テレビ
 昨夜の第1回を観たが、つい先日、同じ向田邦子の「阿修羅のごとく」を見直したばかりだったので、全体的な印象から言うと、「ちょっと違うかな」という感じだ。まだ始まったばかりだから、これから印象も変わってくるのかも知れないが、いくつか「あれッ!」と思ったことがある。まず桃子(松下奈緒)が次女という設定に変わっている。結婚して家を出ているとは言え、姉(井川遥)がいるというのはちょっと違和感を感じた。原作では桃子が長女だからこそのキャラクター設定だったと思うのだが。おそらく姉のエピソードで話をふくらます意図なのだろう。それから父(蟹江敬三)の失踪の原因が、言葉としてこそ出てこなかったけれど、「リストラ」というのはどうなんだろう。80年代初頭、「リストラ」という言葉もなかったし、その頃、人事部門にいた僕としては、特に落ち度もない部長がいきなり解雇されるというのは、あまりにも現代的過ぎてリアリティが感じられない。原作のように会社が倒産でもいいのではないだろうか。ロケ地やセットなどの背景は昭和55年頃の雰囲気を出すのにある程度成功していたようだが、若手の出演者たちにはやっぱり現代的な空気を感じるのはやむをえない。母(竹下景子)のキャラクター設定は原作とは少し違うようで、「阿修羅のごとく」の母親に近い。向田邦子ドラマの最高傑作といわれる「阿修羅のごとく」へのオマージュなのか、父の愛人宅前で桃子と母親が鉢合わせする場面にはちょっとニヤリとさせられた。

「熊本城マラソン」のコースが決まる!

2011-07-26 17:53:48 | スポーツ一般
 熊本市の政令指定都市移行を記念して、来年2月19日(日)に開催される「第1回熊本城マラソン」のコースが決定し、大会実行委員会から発表された。このうち一般市民ランナーが参加できるフルマラソン(42.195km)は通町筋電停付近をスタート、産業道路や流通団地を抜けて西南部に向かい、川尻商店街や県道熊本港線を通過し、再び中心部に戻り、熊本城二の丸広場付近でフィニッシュするコースとなっている。熊本城からあまり離れず、距離をかせぐためにコース設定には苦労しただろう。とにかく一回やってみて具合が悪ければ次回はまた改善すればいい。なんだかんだ言ってもあと7ヵ月後。準備は大丈夫だろうか。




スタート地点となる通町筋電停付近

なでしこジャパン! ~すべて必然!?~

2011-07-25 23:37:51 | スポーツ一般
 今夜のNHKスペシャル「なでしこジャパン 世界一への道」というドキュメンタリーを見ていて強く感じたことがある。それはあの決勝戦を、なでしこジャパン優勝から1週間経った今、冷静に振り返りながら見てみると、そこで起こった出来事はすべて偶然ではなく、必然だったのだということだ。アメリカの先取点も、宮間の同点ゴールも、ワンバクのヘディングシュートも、澤の同点ゴールも、そしてPK戦での海堀のセービングも、リアルタイムで見ていた時は偶然の出来事のような気がするが、それが起こる前にはちゃんとその伏線があって、すべて起こるべくして起こっているのだ。しかし、それはあくまでもすべて終わってから言えること。だからスポーツは面白い。

わが家にテレビが来た日 ~ アナログ放送終わる ~

2011-07-24 20:50:59 | 時事
 今日の正午を以ってテレビのアナログ放送58年余の歴史が幕を閉じた。わが家にテレビが来たのは昭和33年(1958)の春のことだから、放送開始から5年経っていたわけだ。「電化製品の三種の神器」と言われていた頃だったが、洗濯機や冷蔵庫よりも先に白黒テレビが来た。「来た」なんて簡単に言っているが、共働きをしていた両親には大変な経済的負担だったに違いない。なぜかこの昭和33年という年は僕にとってエポックメーキングな出来事が多く、テレビという文明の利器が大いに役立った。この年の4月、僕は中学に進学したが、その直前の3月、後に僕が進学することになる濟々黌が春の選抜高校野球で優勝した。超高校級といわれていた王貞治を擁する早稲田実業を破っての優勝は熊本県民をテレビにくぎ付けにした。そして4月には大ファンだった長嶋茂雄が巨人に入団した。金田正一に4打席4三振という派手なデビューだったが、熊本ではこの試合のテレビ中継は見られなかった。その他にも野球がらみでは日本シリーズで巨人が西鉄に3連勝した後、4連敗をするという野球史に残る名勝負があり、打撃の神様といわれた川上哲治(熊工出)が静かに引退していった。そしてこの年の極めつけは、11月に宮内庁から発表された皇太子殿下と正田美智子さんの婚約発表だった。ミッチーブームが起こり、テレビでも翌年のご成婚まで連日のように美智子様関連のニュースが流された。あれから53年、アナログ放送という技術はその歴史的役割を終えて消えていくわけだが、僕らの生活文化や教育などに果たした貢献は計り知れないほど大きい。

今夜は頓写会(とんしゃえ)

2011-07-23 22:30:36 | 熊本
 今夜は加藤清正を供養する本妙寺の「頓写会」。昨年に続き二度目の参拝をした。ただ、昨年と比べ、僕自身の気持に若干の変化があった。それは昨年10月、知人のKさんご夫妻が、山形県鶴岡市の清正公や忠廣公ゆかりの天澤寺や本住寺などをお参りした際に接した鶴岡市民の方々の、熊本県民以上の清正公および加藤家を敬う気持に感動したという話を聞いていたからだ。清正公を敬う気持では鶴岡市民に負けてはいられないという対抗意識のようなものもあって、今年は特別に念入りなお参りをした。


仁王門前の賑わい


浄池廟(じょうちびょう)へ参拝者が上り下りする胸突雁木(むなつきがんぎ)


写経を納めに浄池廟に向かう僧侶と信者の行列

“なでしこジャパン”のこれから

2011-07-22 19:27:57 | スポーツ一般
 各メディアは“なでしこジャパン”の興奮いまだ冷めやらぬといった状態だが、最後のPKを決めた熊谷がツイッター騒動に巻き込まれたり、ドイツ戦で決勝点を決めた丸山がストーカーに尾行されたりと、余計な付録も付き始めたようだ。しかし、そんなことより僕が心配なのは国民の関心がいつまで持続するかということ。想い起こせば40数年前、メキシコ・オリンピックで銅メダルを獲った男子サッカーチームの人気で、しばらくは日本リーグなどの会場も賑わったが、その後、国際的な大会で勝てなくなったこともあって急速に潮が引くように試合会場から観客が減り、国民の関心も醒めて行った。僕は70年代は東京から離れていたので、出張で上京すると国立で試合がある日は、できるだけ見に行くようにしていた。たしか1973年か74年だったと思うが、夜、日本リーグの試合を国立に見に行った。新日鉄と古河電工の試合だったが、あの5万5千の観客を収容するスタンドにわずか数百人の観客という、見るも無残な凋落ぶりだった。ほんの数年前には観客が溢れるほど入った試合を何回も見ていただけに、寒々とした気持になったものである。あの当時とはサッカー界の組織もサポーターの質も量も変わったので、“なでしこジャパン”にはそんなことないとは思うが、いや、絶対なってほしくない。


シラスにまつわるエトセトラ ~ 今日は土用丑の日 ~

2011-07-21 20:36:27 | その他
 今日は「土用丑の日」。今年はウナギがエラく高いらしい。なんでも稚魚が不漁だったことが原因だそうだ。ウナギの稚魚と言えば、僕はシラスにまつわる苦い想い出がある。僕がまだ新入社員だった1971年、玉名に建設していた熊本工場がまもなく操業を開始するという3月下旬、大雨が降った。その大雨は完成間近の新工場にとんでもない事故をもたらした。重油タンクの送油機構がダメージを受け、重油を大量に菊池川に流出させたのだった。事故発生が夕方だったのですぐに暗くなり、被害の実態を確認できなかったが、川にオイルフェンスを張るなどの応急処置が行われた。翌朝になって唖然。流出口から下流の川岸は両岸とも真っ黒い重油でベッタリと覆い尽くされていた。それからは操業開始を延期し、従業員総出で中和剤を使っての川岸清掃の日々が始まった。一方では直接の被害者である漁業関係団体との補償交渉が始まった。中でも深刻だったのは養鰻組合。ウナギの稚魚が壊滅的な被害を受けていた。養鰻組合からの要求は金銭的な補償に加え、「シラス」の現物補償。総務部門にいた僕は上司とともに「シラス」の仲買業者を回る羽目となったのである。車を運転しながら「いったい僕は何をしてるんだろう…」と思ったものだ。あれから40年、今でも「シラス」という言葉を聞くと敏感に反応する僕なのである。


菊池川(一級河川)

追悼 原田芳雄さん

2011-07-20 19:29:34 | 映画
 明日21日夜10時からBSプレミアムで「原田芳雄さんをしのんで 広島発ドラマ 火の魚」が放送される。これは一昨年、NHK広島放送局が制作し、文化庁芸術祭大賞など国内外で数々の賞を受賞した名作ドラマだ。

 瀬戸内海に浮かぶ大崎下島に、世間から取り残されたように暮らす孤独な老作家・村田(原田芳雄)と、若い女性編集者・折見(尾野真千子)とが衝突を繰り返しながら、心が通い合うようになる。しかし折見に残された時間は少なかった。折見を東京の病院に見舞った村田が島に帰る船の上でのラストシーンのセリフ(モノローグ)がこれだ。

―― 折見!
―― お前が持って生まれ、そしてお前なりに守り通すであろうその命の長さに俺が何の文句をつけられよう
―― たとえ短くとも、俺はお前を哀れまない。心配するな。俺とて後に続くのにそんなに時間はかからんさ
―― 煙草、吸いてえな
―― だがそれでももし叶うなら、今生、どこかでまた会おうな
(脚本:渡辺あや)

 僕は若い頃、原田芳雄という俳優をあまり好きではなかった。だから彼の代表作と言われる「竜馬暗殺(1974)」や「ツィゴイネルワイゼン(1980)」などは見ていない。しかし、テレビドラマ「裏切りの明日(1975)」などを見て、とても才能豊かな役者であることは知っていた。彼は若い頃はその豊かな才能ゆえかトンがった印象があったからだ。しかし、そんな印象が変わってきたのは故黒木和雄監督の戦争レクイエム三部作あたりからである。そして晩年の「オリヲン座からの招待状(2007)」や上述のドラマ「火の魚」など、最近では最も敬愛する俳優さんになった。これほど僕自身の中で評価が変わった俳優さんは他にいない。
 謹んでご冥福を祈る。合掌。

阿修羅のごとく ~ 向田ドラマの傑作! ~

2011-07-19 17:22:51 | テレビ
 一昨日と昨日の連休にNHK総合で向田邦子の名作ドラマ「阿修羅のごとく・パート1(全3話)」を放送した。同じ向田ドラマの「胡桃の部屋」を来週から放送するのでその前フリなのだろう。1979年というから32年前に初めて観た時と変わらない面白さはいったい何なんだろう。とてもシリアスな話なのに、そこはかとなく漂うコミカルな雰囲気が秀逸だ。また加藤治子、八千草薫、いしだあゆみ、風吹ジュンが演じる四姉妹の性格づけが絶妙で、それぞれが持ち味をよく出している。他に緒形拳、佐分利信、菅原謙次、宇崎竜童など、そうそうたる顔ぶれの役者陣に加え、和田勉演出と来れば面白くならないはずがない。さらに音楽の「トルコ軍楽」が強烈な印象を残す。初めて観た時など、しばらくあの音色が耳にこびりついて離れなかったものだ。2003年には映画版が作られたが、正直ちっとも面白いとは思わなかった。それほどテレビドラマの印象が強烈だったのだろう。さて来週から放送の「胡桃の部屋」も内容的にはかなり「阿修羅のごとく」に近いものがあり、言わば昭和的なドラマだ。それだけに、スタッフ・キャスト陣が、昭和の空気感を再現できるか、また平成育ちの視聴者の心をとらえることができるか、出来映えが見ものである。

なでしこジャパン! ~ 平成の東洋の魔女! ~

2011-07-18 15:44:58 | スポーツ一般

 今日は日本国民のほとんどの人が「なでしこジャパン」を語っているだろう。国民の一人としてやっぱり語らないわけにはいかない。日本スポーツ史上、女子のチームスポーツとしては、1964年東京オリンピックのバレーボールチーム、いわゆる“東洋の魔女”以来の快挙ではないだろうか。もちろんこの間にもモントリオール・オリンピックの女子バレーや北京オリンピックの女子ソフトボールなどの優勝もあったが、今回のFIFA女子ワールドカップサッカー優勝の価値と全世界への発信力は、“東洋の魔女”と同等もしくはそれ以上にケタはずれに大きいと思う。これまで男子サッカーに比べ、極めて恵まれない環境の中で頑張ってきた日本女子サッカーが、男子に先んじて世界のタイトルを獲ってしまうとは何という皮肉だろうか。あらためて日本女性の逞しさに敬意を表したい。また今回の快挙が何よりも意味が大きいと思うのは、サッカー界にとどまらず、現在、恵まれない環境におかれているあらゆる人々に勇気と希望を与えたこと。さらには、彼女たちがお母さんになるということだ。おそらく次世代、次々世代へとDNAが受け継がれていくだろう。

ザ・わらべ ~ くまもと音頭 ~

2011-07-17 19:41:13 | 音楽芸能
 連日猛暑が続く熊本も夏まつりの季節。上通り・下通りではゆかた祭りをやっていた。ザ・わらべが鶴屋百貨店のサテライトスタジオ前で踊るというので見に行った。開演前にはステージ前の席は中高年のおば様方に占拠されてしまったので、今日はちょっと視点を変えてみようと、吹き抜けの2階のフロアから見ることにした。踊りを見ながらふと、川端康成の「伊豆の踊子」の一節を思い出した。それはこんな文章である。

 湯ヶ島の二日目の夜、宿屋へ流しが来た。踊子が玄関の板敷で踊るのを、私は梯子段の中途に腰をおろして一心に見ていた。―あの日が修善寺で今夜が湯ヶ島なら、明日は天城を南に越えて湯ヶ野温泉へ行くのだろう・・・

 こんな角度から踊る彼女たちを見るのは初めてだったが、いつもは見えない足の運びとか、3人のフォーメーションとか、観客の表情などが見えてとても面白かった。