白雲去来

蜷川正大の日々是口実

懐かしい映画で酔った。

2014-05-29 07:44:46 | インポート

五月二十八日(水)曇り後晴れ。

朝は、威勢よくどどっと起きた。だからって何だ、と言われたらそれまでなのだが、とにかく威勢良く起きると、当然ながら気合が入り、何かやる気が出る。かと言って気合を入れるほどの仕事もしていないのが現実なのだが。

案の定胃が痛い。昨夜、そこそこにしておけば良いのに。録画しておいた、「俺たちに明日はない」、こっちは「貯金通帳に残はない」だが。いや映画を一杯やりながら見た。ちなみに、この映画が封切られたのは1967年というから昭和42年のことで高校の二年生だった。二人が銃撃されるラストシーンが強烈で当時とても話題になった。

ボニー役のフェイ・ダナウェイはこの映画を観てからファンになり、翌年に公開されたスティーブ・マックイーンと共演した「華麗なる賭け」も当然ながら観た。外国の女優を好きになった最初の人だ。

21600view0031 ※ボニーのフェイ・ダナウェイ

「俺たちは明日はない」は1998年にアメリカ映画協会が選んだ映画ベスト100中第27位、2007年に更新されたリストではベスト100中第42位にランクインした。初めて観たた高校生の頃から、もう何回ぐらい観ただろうか。良い映画と言うものは、何度観ても新鮮に感じられるから不思議だ。そんな分けで飲み過ぎたかも。まあ自業自得かもしれない。

Bonnieandclydejapanesemovieposter19 ※当時の映画ポスター。

一日、PCの前で仕事をした。夕方の4時まで一歩も外に出ずに、真面目にだ。明日は、少し歩こうかと思っている。今日は、平成の21年に亡くなられた清水常二氏の命日。彼とはタイやサイパン、台湾などを共に旅した。時が過ぎるのではなく、人が去って行く・・・。とはやはり亡くなられた百瀬博教さんの言葉だ。合掌。


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胃カメラの検診。

2014-05-28 11:57:25 | インポート

五月二十七日(火)晴れ。海軍記念日。

明治三十八年の今日、わが連合艦隊が、「敵艦隊見ユトノ警報ニ接シ聯合艦隊ハ直チニ出動、コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ浪高シ」と大本営に打電し、日本海における海戦により、ロシアのバルチック艦隊を撃滅した武勲輝ける日である。戦前は、「わが皇国の興廃を、この一戦ににないつつ 日本海上強敵を 砕き沈めて万代(よろずよ)に国の礎(いしずえ)定めたる 輝く今日の記念日よ」と歌われ、 今日を「海軍記念日」として祝日とした。

 

かつて新東宝で制作された、「明治天皇と日露大戦争」、そして昭和四十四年に東宝で制作された、三船敏郎主演の「日本海大海戦」の二作品は、明治と日露戦争を学ぶ良い作品で、日本人が元気になる映画です。いずれもレンタルDVDとなっていますので、是非見て下さい。

16300005 ※もう九年前になりますが、海軍記念日を記念して横須賀の「三笠」を訪ねました。

 

という威勢の良い日なのだが、今日は朝から胃カメラでの検査があって、いささか憂鬱である。何度やってもこの検診は嫌だ。しかし体のことを考えたなら仕方ないか。

 

怪しい所の粘膜を少し取られた。病理の検査に回すそうだ。終了後に、先日行った血液検査の結果を渡される。いつもと同じで、肝臓と中性脂肪にご用心。とのことでした。

夜は、胃を庇ってドキドキしながら酔狂亭で月下独酌。


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墓碑銘

2014-05-28 11:22:43 | インポート

五月二十六日(月)曇り後雨。

ヨコハマにブルーシルクの雨が降る。と書けば青江三奈の歌のようになる。珍しく二日酔いである。朝目を覚ましたら家にいるのは私だけ。午前中に所用があることを思いだし、慌てて着替えをしてみなとみらいへ。あっという間に用事を済ませてから事務所へ。相変わらず本の片づけであるが全然片付かない。まあのんびりとやるか。

 

今月は、母の命日(十日)、そして二十三日は岳父の命日、昨日は、お世話になった小早川久之先生の命日、そして二十八日は、盟友だった清水常二さんの命日。それぞれの人たちの顔を思い出しながら仏壇に手を合わせる。

 

ノートに新聞や週刊誌に出た様々な人たちの死亡記事を記事を「墓碑銘」と題したノートにスクラップしたのが今から五年前。今は、亡くなられた方のことを検索するのに、PCでウイキを開けば大抵のことは分かるが、死亡記事の出た時のものを取っておくと、何か記憶が薄れないような気がしてスクラップした。そのノートも二冊となった。一番最初にノートに貼ったのは、日本の女子マラソンの草分け的存在だった永田七恵(旧姓・佐々木)さん。平成二十一年の六月三十日の朝刊で知った。昭和五十三年に行われた東京国際女子マラソンの覇者で、大会初の日本人の優勝者となった。享年五十三歳、死因は直腸がん。瀬古利彦氏のコメントが添えられている。先日、事務所を片づけている時に、その時のビデオテープが出てきた。ソニーのべーターである。残念ながら、もう再生する機械がない。

Photo ※永田七恵さんの死亡記事。

 

今日、(二十八日)に貼ったのは、川島芳子の妹であった愛新覚羅顕琦氏。「清朝の王女に生まれてー日中のはざまで」(中央公論新社)という自伝があり、以前読んだことがある。清朝のことは、浅田次郎の「蒼穹の昴」が入門書として良い。そう言えば熱海の古屋旅館に川島芳子の書があることを思い出した。

Photo_2 ※愛新覚羅顕琦さんの死亡記事。

 

夜は、月に一度の、町内の仲良しさんたちとの飲み会。美味しそうなカツオの差し入れがあったが、明日は胃カメラの検査があって八時以降は食べられないので、ニラミ鯛ならぬ、ニラミ鰹となった。


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楠公祭

2014-05-28 10:40:23 | インポート

五月二十五日(日)晴れ。楠公祭。

今日は、三時より赤坂の乃木神社にて「楠公祭」が催されるので出席。保土ヶ谷駅にて志村馨君と彼の門下生と待ち合わせて東京行き。三時少し前に乃木神社着。楠公祭は、故中村武彦先生が行っていたのを犬塚博英さんが引き継いで開催している。

厳粛な神事の後に、西村慎吾先生の講話。特に、横山孝平さんの「祈願詞」と今日の西村先生の講話には大変感動した。

Img_eccb9a5812a2c6430a8317272a977f9 ※厳粛な神事。

Img_738d68f16a33f7f6cbd7ec21a325ae6 ※講演する西村慎吾先生。上記二枚の写真は國の子評論社のホーム頁よりお借りしました。

220pxkusunoki_masashige_statue1 ※皇居にある楠木正成像。

終了後は、近くの居酒屋で直会。もう一軒とも思ったが、頑張って帰宅した。


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イラストレーターが面白い。

2014-05-28 09:54:40 | インポート

五月二十四日(土)晴れ。

午後から事務所へ。本の片づけと不足分の機関誌の製作。二時間ほどかかって終了。現在使っている画像編集ソフトがPC一台しか使えないので、新しくイラストレーターを買おうかと思ったのだが、これがウーンとため息が出るほど高い。良いことに学生証を見せると「学割」が効くとのことなので、近いうちに子供を連れて量販店に行こうと思っている。

まずそのソフトを買う前に「お試し期間」をダウンロードして、慣らし使用をしている。そろそろホーム頁も作らなければと思っていても、かなり難しい。「ホーム頁ビルダー」と言うソフトを買ったが、うーん、うーんという状態である。そういうことをいとも簡単にやっている人を見ると、本当に尊敬してしまう。もっと本腰をいれて勉強するか。

早めに自宅に戻って、酔狂亭で独酌。


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