白雲去来

蜷川正大の日々是口実

二度目の弔問へ。

2020-06-29 13:39:18 | 日記
六月十八日(木)曇り。

朝食は、昨日も食べたアコウダイの西京漬け、小ラーメン、キュウリの糠漬け。昼は、魚ニソのサンドイッチ。夜は、マグロ、カツオの刺身にトマトサラダ。缶ビールの大一本と、小一本のみで、少しだけ休肝日。

午後に、盛田正敏、藤巻強の両氏を案内して古谷喜久男さん宅に弔問。今週はこれで二度目である。こうして彼に会えるのもあと二日か。二十日には荼毘に付される。合掌。※写真は、野毛にあった古谷さんが好きだった焼き鳥「むさし」の親父さんと。サリーのパーティーにて。


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風の来ない扇風機。

2020-06-29 13:07:48 | 日記
六月十七日(水)晴れ。

電気製品などを買うと、テプラで買った日付を貼っておく。我が家に何台かあるうちの扇風機、私専用のものだが、2013年の7月とある。この扇風機だが二年ほど前から羽は回るのだが、風がほとんど来ないのだ。一番弱い「弱」にすると余ほど近くに行かなければ、風を感じられない。一番強い「強」にすると、音が凄く、本体まで動いて、長時間動かしていると発火しそうなので、お役御免にした。しかし、外観は何でもないのに、風の来ない扇風機に出会ったのは初めてのことである。

自宅近くにある家電の量販店に行き、新しい扇風機を買った。今流行りのダイソンの羽のない温、冷両方の物を見たが、何と七万円もする。もう少し出せば新しいクーラーが買えると思い断念した。結局、買ったのはYAMAZENというメーカーの省エネの扇風機で値段は八千円。他に安いものもあったが、また風が来なくなっては困るので、松・竹・梅の竹を選んだ次第。

起きたのが遅かったので、朝食はなし。昼食はアコウダイの西京漬け、小うどん、キュウリの糠漬け。夜は、タンメン、きんぴら、冷奴。アマゾンプライムで「ローン・サバイバー」という映画を見ながら、お供は「黒霧島」。

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弔問へ。

2020-06-27 18:08:59 | 日記
六月十六日(火)晴れ。

午後一番で、サリーを迎えに行き、十四日に亡くなられた古谷喜久男さんのご自宅に弔問に行く。コロナの影響で、海外から帰国したお嬢さんたちの都合もあってか、葬儀は二十日とのこと。それまで彼はご自宅で家族に見守られている。物言わぬ古谷さんに手を合わせた。熱いものがこみ上げてきたが、ご家族の前なので、やっとの思いでこらえた。サリーを送って自宅に戻った。

朝食は、昨日の残りの野菜の天ぷらの「煮天丼」、納豆、大根の味噌汁。昼は、サリーから頂いた食パンで、ハムサンド。夜は、カレー味のとんかつ、ナスとマイタケのオイスターソース炒め、冷奴。お供は「農林二号」。※写真は、サリーズバーにて。前列右から、ナポレオン党の小金丸峰夫さん、石井のノリちゃん、古谷さん。後ろは、蜷川、ナリポン。

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蕎麦好きだ。

2020-06-27 17:43:50 | 日記
六月十五日(月)晴れ。

『週刊新潮』の広告に出ていた「そば粉九割入り、元祖やまいも蕎麦」というものを注文して届いた。蕎麦好きなので色々試してみたが、やはり乾麺の蕎麦で、これは、と思うものに当たったことがない。生の物か、半生の物にはかなわないのだろうか。それでも、そこそこ美味しかった。

今までに、取り寄せて美味しかったのは、福島は白河に本店のある「藤駒」の「特選蕎麦切」と言うもの。生蕎麦なので届いたならばすぐに調理しなければならないのが難点だが、本当に美味しい。

蕎麦屋で一杯やることを教えてくれたのは、元楯の会の故阿部勉さんだが、飲むと長っ尻なので困った。「そろそろ行きましょう」と言っても「マアマア」の繰り返しで、結局閉店まで、ということも何度かあった。

朝は、ハムエッグス、キャベツの千切り添え、大根の味噌汁。昼は、前述の蕎麦を茹でて、人参とナスの天ぷらで「つけ天蕎麦」。夜は、煮カツ、牛タン焼き、レタスサラダ、キュウリのぬか漬け。お供は「農林二号」。

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友、逝けり。

2020-06-26 13:30:10 | 日記
六月十四日(日)雨。

朝起きるや、天下の一大事。わが友、古谷喜久男君逝けり。「長い付き合いを有難う」との電話を頂いたのが四日前。まさかこんなに早く亡くなってしまうとは・・・。コロナのせいで、入院中にお見舞いにも行けず、残念だった。合掌。

夜は、西横浜の「オアジ」にて、友人らとの食事会。皆、古谷さんを知っている人たちばかりなので、まず献杯。ひとしきり古谷さんの思い出話を肴に飲む。友人が亡くなっても、私たちの生活が何か変わるわけではない。分かっていてもむなしい。※写真は92年3月、激戦地マニラ、コレヒドール島にて。在りし日の古谷さん。

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