白雲去来

蜷川正大の日々是口実

南北会談か・・・。

2018-04-30 15:23:22 | 日記
四月二十七日(金)曇り。

歴史的な?南北会談のニュースで持ちきりだ。南北会談は、これで三回目だ。金大中、盧武鉉、そして今回の文在寅と共通するのは、皆、筋金入りの左翼で、揃って反日の大統領である。朝鮮半島の非核化、つまり北の核放棄が実現するかどうかは、分からないが、叔父さんや異母兄を無慈悲に殺害した首領様の言葉をそのまま信用しても良いものだろうか。

文在寅も、過去の大統領二人を逮捕させるなど、かなりサディスティクな性格の持ち主のように思える。その温和な顔とは裏腹に、残忍な性格ではないのか・・・。先のことは分からないが、次の大統領選挙で保守系の候補が大統領となったなら、北に譲歩したと言う国家反逆罪などで逮捕されるのかもしれない。私は、朝鮮半島の平和を望むゆえに現状では二つの国があった方が良いと思っている。

米朝会談も楽しみだが、その中で拉致された人たちの帰国が実現するのだろうか。家族の皆さんも高齢となった。お元気なうちに全員の帰国が実現すると良いのだが。経済援助など、それが実現してからの話であることは言うまでもない。しかし、「歴史の清算」とか言って、莫大な要求をしてくるのだろうな。自民党の金ではなく、国民の血税であることを、くれぐれも忘れて欲しくはない。

今日も休肝日。ノンアルのビールを風呂上りに二本。あーあ不味い。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

野村先生の二十五年祭特集。

2018-04-29 15:59:21 | 日記
四月二十六日(木)晴れ。

今年は、野村先生の二十五年祭と言う節目の年だ。私が発行している『燃えよ祖国』で、野村先生が過去に、書いた、発言した。あるいは野村先生を取り上げた本や雑誌を特集している。それもなるべく先生の単行本に未掲載の物を選んでいる。その特集の第一回目は、『燃えよ祖国』の二三六号の『週刊朝日』の昭和五十一年十一月二十六日号に掲載された太田竜との対談「天皇・民族・革命とは何か」。二回目は、二三七号の「私と映画『226』」(『映画芸術』1998年秋号)。三回目は、二三八号、猪野健治先生の「野村秋介ー反体制右翼の復権」(『日本の右翼』ちくま文庫)。そして第四回は、暴対法の特集をした、吉村奈津編の『なぜ闘うのー平成のヤクザと右翼そして暴力団新法』(鹿砦社)より、野村先生の「究極の相手は、魂なき繁栄だー人は誰のために闘うのか」を掲載する。

この本に登場する人は、野村先生の他には、高山登久太郎、鈴木邦男、遠藤誠、畑 時夫、佐木隆三、松本健一の諸先生であるが、ほとんどの方が亡くなられている。そういった人たちが出ている割には、発売当時、余り話題にならなかった。だから、野村先生の登場する部分を知っている人は少ない。今でも、この本が発売されているのかは、分からないが、興味のある方は、アマゾンなどで探して頂きたい。

一念発起して、休肝日とした。なるべく毎週休肝日を設けることにする。私にとっては重大な決意だ。間違っても「蜷川メンバー」などとは呼ばれたくないので。ちゃんちゃん。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サニーサイド・アップのハムエッグス

2018-04-29 14:08:24 | 日記
四月二十五日(水)雨後晴れ。

未明より春の嵐である。我が陋屋が飛ばされそうにも感じるほどの風雨。雨戸が風雨にあおられて、五月蠅くて寝ていられなかった。朝食は、ハムエッグス、ウインナー、トロロコブのスープ。昼は、小おにぎり二個。夜は、友人と一献。

ハムエッグスを見ると、若い頃、二十代の前半だったと思う、山下公園の近くにあったレストラン「ホフブロイ」を思い出す。いわゆる「目玉焼き」にもいろいろ種類と呼び名があることを教えてもらったのは、そのお店のママさんからだった。目玉焼きが「サニーサイドアップ」なんていうオシャレな名前であることを教わった時、ちょっと大人になったような気がした。

中華街の近くにあった、ホテルに泊まった時の朝、ルームサービスの朝食をオーダーした際に、「玉子の焼き方」を聞かれ、教わったばかりの「サニーサイドアップで」。ふふふと鼻が高かった。それでも、気取って「塩胡椒」で食べることはせずに、今でも、目玉焼きには「ソース」である。そう言えば、私の駄文「あの頃ヨコハマ」シリーズに、このことを書いたことがあった。題はそのまま「サニーサイド・アップのハムエッグス」だ。若い頃のものなので、いま読み返すと、かなり恥ずかしい。

夜は、久しぶりにご機嫌なお店に連れて行って貰った。場所と名前は、しばらく教えたくない。マグロ尽くしのお店で、最高だったのは「マグロのしゃぶしゃぶ」。絶品だった。しかもリーズナブルで、スタッフの感じもすこぶる良い。近いうちに必ず再訪するつもり。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

朋、遠方より来る。

2018-04-29 13:57:09 | 日記
四月二十四日(火)曇り。

朝食は、ご近所さんから頂いた「たけのこ」の第二弾。タケノコの唐揚げ、若竹煮、タケノコの味噌汁。昼は、私のソウルフードの「ソースチャーハン」。夜は、朋、遠方より来たりで「やまと」へ。

社友で青森県は黒石市在住の濱田公一さんが、仕事の関係の講習を受けるために来横。六時に、藤棚商店街で待ち合わせて「やまと」へ。「やまと」は七月で、創業六十年を迎える。五十周年の時は、丸揚げをかたどった「磁石」を頂いたが、もう十年が過ぎたのか。星霜の移ろいが早く感じてならない。遅れて愚妻も参戦。楽しく飲んで、サリーの店に転戦。十一時前に帰宅。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

壮士節。

2018-04-26 10:59:37 | 日記
四月ニ十三日(月)曇り。

ご近所さんから掘りたてのタケノコを頂いた。また社友から春の山菜の代表格ともいえる「コシアブラ」、「たらの芽」をご恵送頂いた。「コシアブラ」などはあまりこちらのスーパーなどには出回らないので、貴重な山菜でもある。夜は、タケノコの唐揚げ、若竹煮、たらの芽、コシアブラの天ぷらと、ヘルシーなものを肴に酔狂亭で独酌。

明治二十年頃で当時盛んだった自由民権運動の産物として流行したのが、「壮士節」である。街角に立ち、演説を唄にして七五調で唄ったのが始めで、当時唄っていた者は民権論者の壮士と呼ばれた人たちなので彼らが唄う唄は「壮士節」といわれた。自由民権思想を広める目的で始めた素人演劇が壮士芝居である。代表的な人に川上音二郎や神奈川県生まれの添田唖蝉坊が知られている。

過日購入した本に、その唖蝉坊の作による「ああわからない」というものが紹介されていた。風刺歌で、可笑しいのは、今の時世にぴったりなのである。

「ああわからない わからない 賢い人がなんぼでもある世の中に 馬鹿者が議員になるのがわからない 議員といふのは名ばかりで 間拔けで腑拔けで腰拔けで いつもぼんやり椅子の番 おしかつんぼかわからない」というものだ。くだらん外国の標語?を書いたプラカードを掲げるよりも、この歌でも歌ったらどうだ。そうか天に唾するか。




  

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする