白雲去来

蜷川正大の日々是口実

箱根へ。

2019-10-31 15:31:05 | 日記
十月二十三日(水)晴れ。

朝から贅沢なことに、マグロの刺し身、キャベツの糠漬け、ジャガイモの味噌汁。昼は抜いた。夜は、お世話になっている方のご厚意で箱根へ。

最近の宴席は熱海が多く、箱根に来るのは久しぶりのことである。その昔、大行社の新年会が箱根のホテルにて行われていた。お世話になっている「日本を糺す会」でも何度か箱根に来たことがあった。熱海も好きだが、箱根の方が温泉街と言う趣があるような気がする。平塚駅にて、盟友と待ち合わせて、お世話になっているI氏の車で一路箱根へ向かう。西湘バイパスを走ったのだが、海が穏やかで、過日の台風は一体何だったのかと、不思議な感じがした。

まず、天山湯治郷という露天風呂に行く。ここは箱根でも有名な日帰り温泉で、多くの客で賑わっていた。湯上りに、ワインを一本空けた。次に向かったのは、箱根では有名と言う「焼肉屋」。当初、盟友と箱根で焼肉?と訝しがったが、何と、焼肉屋に、I氏の馴染みの芸者さんが三人来たのには、正直言ってクリビッテンギョー。いやびっくり仰天。I氏の乱暴振りに大笑い。長いこと生きてはいるが、旅館や料亭ではなく、焼肉屋に直接芸者さんが来たのには、本当に驚いた。着物が焼肉臭くなるのではと、気を使ったが、平気の平左とのこと。二次会は、元芸者さんがやっているスナックへ。三曲しかないレパトリーの内の一曲、「高校三年生」を歌った。

十二時前に、とても古風で静かな宿に泊。少し疲れが取れた。友人らに感謝である。

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皇孫弥栄。

2019-10-31 14:56:34 | 日記
十月二十二日(火)雨。

「即位礼正殿の儀」が 皇居内 「宮中三殿」と「松の間」において粛々と執り行われた。玄関に日の丸を掲げ、ご皇室の弥栄と両陛下のご健康を祈念する。居間のテレビの前に正座して、古式ゆかしい御即位の礼を見る。君が代は いはほと共に 動かねば くだけてかへれ 沖つしら浪。皇孫弥栄。

私が、民族派の運動に入った頃には、左翼運動が全盛期で、昨日は、ベトナム戦争に反対する「国際反戦デー」として、労働組合や学生組織などが、大がかりな反米、反日運動を展開した。その「国際反戦デー」とは、一九六六年十月二十一日に日本労働組合総評議会(総評)が「ベトナム反戦統一スト」を実施し、それと同時に全世界の反戦運動団体にもベトナム戦争反対を呼びかけたことに由来する。

三島由紀夫の創設した「楯の会」は、この「国際反戦デー」の日に、新左翼の激しい暴動を鎮圧するには、警察力では抑えきれず、自衛隊の治安出動を期待した。三島由紀夫は、その時に楯の会も斬り込み隊として先んじて加勢し、それに乗じた自衛隊国軍化・憲法九条改正を超法規的に認めさせて実現する計画を構想し始めた。それが、自衛隊の治安出動は実現せず、機動隊によって新左翼の暴動は鎮圧された。このことをきっかけに、市ヶ谷台の自決につながって行く。来月の二十五日は、その三島由紀夫と共に自決した森田必勝両烈士のご命日で、関係者により「憂国忌」という追悼集会が毎年行われている。

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朝食の会。

2019-10-30 18:14:44 | 日記
十月二十一日(月)曇り。朝食の会。

さすがに疲れていて朝がきつかった。毎年恒例となっている横浜に泊まった社友との「朝食の会」を行うために中華街の「安記」へ。札幌から四名、函館から一人、新潟、長野、京都からそれぞれ一名が参加。遠方の社友と別れがたく、朝からビールで送別の宴。食後に皆で関帝廟にて記念写真を撮ってから解散。

自宅に戻り、しばらく横になってから関内へ。今日は、名前だけ真面目な会合がある。七時に、「ビートレ」にて食事会。終了後に有志にて、HIROに転戦。十二時前に帰宅。※中華街、関帝廟にて社友と。

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群青忌

2019-10-30 17:48:12 | 日記
十月二十日(日)晴れ。群青忌。

朝六時に起床。先生の遺影に手を合わせる。朝食は簡単にお茶漬け。九時前に横浜に泊まった大熊雄次氏をピックアップして、社友の泊まっている東横インへ。皆さんとが集合して伊勢原へ。浄発願寺に続く道は金木犀が沢山咲いていた。九月の後半は、彼岸花、そして今は金木犀か。

十一時より、昨年逝去された群青の会の正田初代会長の法要を執り行い、その後野村先生のお墓のすぐ前にある「同憂・同志の墓」に納骨。門下生でそのお墓に入る最初の人となった。

その後、午後一時より、同じく本堂にての群青忌法要。そして全員で墓前に手を合わせる。先生が亡くなられてから二十六年。今日、浄発願寺には百五十名もの人たちが参集して頂いた。有難いことである。三時半からの直会には百十名。初めてのお店だったが、料理も美味しく、とても良かった。七時前に解散。

ご多忙にも関わらず、かつ遠路お越しいただき衷心より厚く御礼を申し上げます。私共、門下生一同、亡き師の思想と行動が風化せぬように努力と精進を重ねる所存です。皆様におかれましては、今後共、ご指導とご鞭撻のほどを伏してお願い致します。※先生の奥様を囲んで、一門の人たちと。

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朋あり遠方より来る。

2019-10-29 11:33:36 | 日記
十月十九日(土)雨のち曇り。

寒いと思ったら雨か。のそのそと起きて、朝食は、牛筋煮、豚肉ともやしのオイスターソース炒め。箸置きが好きで随分と持っている。魚シリーズや動物もの。毎日、どれを出そうかと、楽しんでいる。昼食は抜いた。夜は、横浜駅の西口にある割烹料理店にて、群青忌の「前夜祭」。孔子曰く、「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」。人生の最高の楽しみの一つは、仲のよい友人とともに酒をくみかわし、歓談することである。孔子先生もきっと良い酒飲みだったのだろう。

横浜駅前の高島屋の前で社友と待ち合わせ。横浜の友人はもとより、札幌、新潟、長野、京都の社友らが集まる。特に今回は、先日の台風で道路や電車が不通となった長野から来訪した伊藤さんが大変だった。初めて参加した地元の仲良しさん三人組さん。私のこのブログを介して知り合いになった嬉しい人たちである。松本班の人たちも大活躍。

したたか飲んだが、明日が早いので九時過ぎに解散。いい酒だった。

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