阪神尼崎駅からバスに乗って伊丹に行っているのですが、ちょっと遠回りやけどこの尼港線跡を辿って南下したいと思いました。
何故か壊された橋梁のレンガの霊が、尼港線に乗ったこともない私に「軌道跡を見てくるように」と指示しているような気がしてならないのです。
工事現場から100mほど歩くと軌道跡を利用した会社があり、すぐ元のような空き地に戻るのですが、そこには当時の礎石だったと思われる石が転がっていました。
こうやって途切れ途切れに会社や工場があるのですが、閉鎖している棟もありました。
波洲通りを渡った所から南を眺めると・・・真ん中の白い建物が丁度軌道の幅で建っています。
その向こう辺りから住宅地に変わっていきます。
そしてもう一つ道路を横断した所にある公園に、このモニュメントです。
こちらから見ても何か判りませんが・・・
車止めになっているのでした。
尼港線は単線だったということでしょうか。
1日2往復だったということですから、単線で十分だったのでしょうね。
公園の向こうは買い取られて、駐車場に利用されているようです。
左側に佇むアパートは当時から建っていたのでしょう。かなり歴史を感じます。
金楽寺の駅はどの辺りにあったのでしょう・・・碑らしきものはありません。
枕木を利用した柵です。
道は軌道の右を行ったり左を行ったり、ややこしいですがまだまだ続きます。
何故か壊された橋梁のレンガの霊が、尼港線に乗ったこともない私に「軌道跡を見てくるように」と指示しているような気がしてならないのです。
工事現場から100mほど歩くと軌道跡を利用した会社があり、すぐ元のような空き地に戻るのですが、そこには当時の礎石だったと思われる石が転がっていました。
こうやって途切れ途切れに会社や工場があるのですが、閉鎖している棟もありました。
波洲通りを渡った所から南を眺めると・・・真ん中の白い建物が丁度軌道の幅で建っています。
その向こう辺りから住宅地に変わっていきます。
そしてもう一つ道路を横断した所にある公園に、このモニュメントです。
こちらから見ても何か判りませんが・・・
車止めになっているのでした。
尼港線は単線だったということでしょうか。
1日2往復だったということですから、単線で十分だったのでしょうね。
公園の向こうは買い取られて、駐車場に利用されているようです。
左側に佇むアパートは当時から建っていたのでしょう。かなり歴史を感じます。
金楽寺の駅はどの辺りにあったのでしょう・・・碑らしきものはありません。
枕木を利用した柵です。
道は軌道の右を行ったり左を行ったり、ややこしいですがまだまだ続きます。