※ 本日、最後の記事のUPです。
① ""宇宙の錬金術を観察するためのカギを赤外線域で発見~中性子捕獲元素によって近赤外線に現れる吸収線の多くを観測的に同定~””
2020/01/09
松永 典之(天文学専攻 助教)
小林 尚人(天文学専攻 准教授)
辻本 拓司(自然科学研究機構国立天文台JASMINEプロジェクト 助教)
河北 秀世(京都産業大学理学部宇宙物理・気象学科 教授)
📕 発表のポイント
- 原子番号が29以上の重い元素によって、恒星の近赤外線(0.97~1.32マイクロメートル)スペクトルに生じる吸収線を探し、9種類の元素による23本の吸収線を同定しました。
- 同定した23本の吸収線の約半数はこれまで観測的に確認されていませんでした。一方で、理論計算によって期待されていた80本以上の吸収線が、予想されるほどの強度をもたないことを明らかにしました。
- 同定した吸収線をさまざまな天体で観測することによって、重力波発生源として注目される中性子星合体などでの中性子捕獲元素合成の履歴についても調べることができます。
📕 発表概要
宇宙にある天体がどのような元素で構成されるかという情報は、天体のスペクトルに現れる吸収線(または輝線)によって得られます。
それらの吸収線の波長と強度は量子力学によって計算することも可能ですが、特に重い元素に対する理論計算は困難であるため、地上実験や恒星スペクトルの観測によって確認することが不可欠です。
東京大学大学院理学系研究科の松永典之助教らは、京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡に取り付けた近赤外線分光器WINERED(注1)で得た恒星のスペクトルを用いて、原子番号が29以上の元素が0.97~1.32マイクロメートルの波長域に生じさせる吸収線を系統的に調査しました。
理論計算に基づくリストでは14種類の元素による100本以上の吸収線が期待されましたが、実際には9種類の元素によって生じる合計23本の吸収線を同定しました。微弱な吸収線が多いため、WINEREDで得た品質の高い近赤外線スペクトルによってはじめてこのような結論に達することができました。
この研究で吸収線が同定された重い元素は中性子捕獲元素(注2)と呼ばれるもので、重力波(注3)の発生源としても注目される中性子星合体(注4)などで合成されると考えられています(図1)。
図1:中性子捕獲元素が合成されて、それぞれの原子が今回検出した吸収線を生じさせる様子のイメージ図。この画像は、中性子星合体が起こって、元素が合成されるのと同時に重力波が発生している様子の想像図に本研究で検出した吸収線のスペクトルを重ねたものです。 (画像クレジット:国立天文台、東京大学)
さまざまな天体にそれらの元素がどれだけ含まれるかを調べることで、宇宙の歴史において各種の元素合成現象がどのように発生し、多様な元素がどのように増えてきたかを探ることができます。
この研究で同定された吸収線は、そのためのカギとなるものと期待されます。研究成果は、アストロフィジカルジャーナル・サプリメント誌(オンライン版)にて2020年1月9日に出版されました。
📕 発表内容
研究の背景
🎆 ビッグバンの時点で形成されていた水素、ヘリウム、リチウムの最も軽い元素を除いて、すべての元素は超新星爆発などの天体現象によって合成されて、徐々にその割合が増えてきました。
それぞれの元素がどのように増えてきたかという宇宙の化学進化の歴史を知るためには、さまざまな元素合成現象がどのような頻度で起こってきたのかを明らかにする必要があります。
最近特に注目を集めているのが、中性子捕獲元素と呼ばれる重い(原子番号の大きい)元素です。重力波の発生を伴う中性子星合体の際に、金やレアアース元素を含むそれらの元素が合成すると考えられ、理論・観測の両面で多くの研究が行われています。
現在行われている重力波の検出と電磁波対応天体の観測では、その元素合成の現場を直接調べることが可能です。一方、宇宙の化学進化の様子をたどるためには、進化の各時点でのガスから誕生した恒星の化学組成を測定することが重要です。
🌎 恒星の化学組成の測定に欠かせないのが、スペクトルに現れる吸収線に関する基本的な情報です。各元素がどの波長にどのような強度の吸収線を生じさせるかをあらかじめ知っておく必要があります。
📡 可視光線のスペクトルに対しては、天文学・物理学における長年の研究の成果があるため、比較的正確な情報がすでに蓄積されています。
📕 ところが、恒星の赤外線スペクトルを詳しく解析するという研究は発展途上であるため、その基本的な情報もまだまだ確立されていません。
本研究では、0.97~1.32マイクロメートルの波長域のスペクトルに現れる中性子捕獲元素による吸収線を調べました。
音 研究内容
まず、対象とする重い元素の吸収線がどこにあって、恒星の観測スペクトルに十分な強度で現れそうかどうかを、現在得られる吸収線のリスト(注5)を3種類用いて予測しました。
そして、観測スペクトルに十分な強度で現れるかもしれない吸収線を、14種類の原子・イオンによって生じる108本列挙しました。ただし、それらの吸収線の多くは理論的に予想されているに過ぎないので、本当に観測スペクトルに現れるかどうか確認する必要があります。
そのために、それらの吸収線が存在するか、存在しそうであればその強度が恒星の温度によって変化する様子が予想通りに見られるかどうか、ということを調べました。利用したのは、WINERED分光器(図2)で得た13個の恒星の観測スペクトルです。
図2:本研究で利用した観測スペクトルを取得するために利用したWINERED分光器。(画像クレジット:京都産業大学(神山天文台))
その結果、予想された108本のうち存在を確認できたのは、9種類の原子・イオンによって生じる合計23本の吸収線にすぎませんでした。
それ以外の吸収線は、そもそも吸収線が存在しないか、あるいは理論計算によって推定されていたよりもずっと吸収強度が弱いということになります。
この結果は、現在の吸収線リストには誤りが多いことを如実に表すものです。吸収線の存在が確認できたのは、亜鉛(原子番号Z=30、以下同様)、ストロンチウム(Z=38)、イットリウム(Z=39)、ジルコニウム(Z=40)、バリウム(Z=56)、セリウム(Z=58)、サマリウム(Z=62)、ユーロピウム(Z=63)、ジスプロシウム(Z=66)の9種類の元素です(図3)。
23本の吸収線のうち約半数は、過去の研究で恒星の観測スペクトルに存在することが報告されていましたが、残りの半数は世界で初めて観測的に存在を確認したものです。
図3:本研究で吸収線を確認した9種の元素それぞれの吸収線。複数の吸収線を検出した元素もあるが、そのうちの1本ずつについて、1天体の観測スペクトルを選んで図示している。
赤色の階段状のグラフが観測スペクトルを表し、その背後にある灰色のなめらかな曲線は対象とする 吸収線を含めない場合に期待される理論的なスペクトルを表す。
もしそれぞれの吸収線が無いとすれば、両者のスペクトルの差が説明できない。9種の元素は、亜鉛(Zn)、ストロンチウム(Sr)、イットリウム(Y)、ジルコニウム(Zr)、バリウム(Ba)、セリウム(Ce)、サマリウム(Sm)、ユーロピウム(Eu)、ジスプロシウム(Dy)。(画像クレジット:東京大学)
📕 将来の発展
今回存在が確認された吸収線は、今後の研究で化学組成の測定に利用することができます。
対象となる9種類の元素は中性子捕獲元素に分類されるもので、上述した中性子星合体など比較的まれにしか起こらない天体現象で合成されます。
しかし、そのようなまれにしか起こらない天体現象が元素(特に鉄よりも重い元素)の合成に重要な役割を果たしているのは間違いないので、金・レアアース元素などのそれら重い元素がどのように宇宙で増加してきたのかを探るための貴重な観測指標と言えます。
実際、本研究でも確認されたストロンチウムの吸収線は過去の研究でも存在が知られていたものですが、世界で初めて重力波と電磁波対応天体が検出された現象(GW170817、注4)を観測したスペクトルにも存在していたと報告されています。
9種類の元素に対しては可視光線スペクトルに吸収線が存在することが知られていましたが、可視光線よりも赤外線で明るい天体も多く、宇宙の化学進化を調べる研究において今回発見した吸収線が重要な役割と果たすと期待されます。
発表雑誌
雑誌名論文タイトル著者DOI番号アブストラクトURL
The Astrophysical Journal Supplement |
Identification of Absorption Lines of Heavy Metals in the Wavelength Range 0.97—1.32 μm |
Noriyuki Matsunaga*, Daisuke Taniguchi, Mingjie Jian, Yuji Ikeda, Kei Fukue, Sohei Kondo, Satoshi Hamano, Hideyo Kawakita, Naoto Kobayashi, Shogo Otsubo, Hiroaki Sameshima, Keiichi Takenaka, Takuji Tsujimoto, Ayaka Watase, Chikako Yasui, Tomohiro Yoshikawa |
10.3847/1538-4365/ab5c25 |
https://iopscience.iop.org/article/10.3847/1538-4365/ab5c25 |
📕 用語解説
注1 WINERED
東京大学と京都産業大学神山天文台の研究プロジェクト「赤外線高分散ラボ(Laboratory of Infrared High-resolution spectroscopy: LiH)」が、民間企業との協働で開発した近赤外線高分散分光器です(図2)。2017年以前は、京都産業大学神山天文台の荒木望遠鏡(口径1.3 m)に搭載してさまざまな観測を行っていました。本研究で利用したスペクトルは、この期間の2015年から2016年にかけて取得されたものです。2017年・2018年には、チリ共和国のラ・シヤ天文台の新技術望遠鏡(口径3.58 m)に搭載して観測を行いました。現在、さらに口径の大きい(6.5 m)のマゼラン望遠鏡(チリ共和国ラス・カンパナス観測所)への移設準備を進めています。↑
注2 中性子捕獲元素
中性子が原子核に吸収され、ガンマ線(光子)を放出する現象を中性子捕獲と呼びます。鉄、コバルト、ニッケル(原子番号Zが26~28)よりも重い元素のほとんどは、この中性子捕獲をすばやく起こして原子核が重くなることで合成されると考えられており、それらの元素を中性子捕獲元素と呼びます。そのような合成を起こすためには、天体中で中性子の密度が非常に高くなる必要があり、中性子星合体がそのような条件を満たす現象の一つだと考えられています。↑
注3 重力波
アインシュタインが1915年に発表した一般相対論で予言される光速で伝わる時空のさざ波。加速運動する物体から放出されますが、ほとんどの物体からの重力波は非常に微弱で検出することができません。現在の観測技術で検出対象となるのは、ブラックホールおよび中性子星という高密度の天体が衝突するときのような特殊な運動をする場合の重力波です。2015年9月には米国にあるLIGO重力波検出器がブラックホールの衝突時に発生した重力波の直接検出に成功し、LIGOを主導した研究者3人が2017年のノーベル物理学賞を受賞しました。↑
注4 中性子星合体
中性子星は、中性子を主な成分とする非常に高密度の天体で、恒星が超新星爆発を起こした後に中心に残されます。ただし、恒星の質量によっては超新星爆発の後に残される天体がブラックホールであったり、超新星爆発を起こさずに白色矮星という別の天体であったりします。2つの中性子星がお互いの周りをまわっている連星系をなしていることもあり、その2つが少しずつ近づいてついには合体する現象を中性子星合体と呼びます。中性子星が合体するときには重力波が発生し、さらに中性子捕獲元素が多く合成されると理論的に予想されていました。2017年8月には、欧米の重力波観測施設(Advanced LIGOとAdvanced Virgo)が中性子星合体で発生した重力波を世界で初めて検出し(GW170817)、さらに電磁波対応天体が観測されたことから非常に大きな注目を集めました。そのときに得られたスペクトルに、本研究でも存在が確認されたストロンチウムの吸収線が見えているという報告もあり(Watson et al. 2019, Nature, 574巻、497—500頁)、中性子星合体が起こるときに中性子捕獲元素が合成されるということは観測的にも確実なものと考えられています。↑
注5 吸収線リスト
原子やイオンには、その原子核と電子の状態に応じてさまざまなエネルギー準位が存在します。2つのエネルギー準位の差に相当するエネルギーを持つ光子が原子・イオンにぶつかると、その光子を吸収して、その原子・イオンのエネルギー準位が移ります。光子のエネルギーは波長と対応していますので、エネルギー準位の差に相当する波長の光子だけがその吸収で減ることになり、スペクトルでは吸収線となって観測されます。原子・イオンのさまざまなエネルギー準位を考えて、その準位間の遷移がどのような波長に対応していて、それぞれどれくらいの確率でおこるかをまとめた数表が、吸収線リストと呼ばれるものです。リストされる吸収線の中には、理論的に予想された遷移に対応するものが含まれている場合もあり、それらの波長や吸収の起こる確率が誤っていることもあります。今回の研究では、以下の3つの吸収線リストを参考にして、恒星のスペクトルに実際に現れる中性子捕獲元素の吸収線を探しました。
(1) ウィーン原子吸収線データベース(Vienna Atomic Line Database:http://vald.astro.uu.se/~vald/)
(2) ロバート・クルツ博士(ハーバード・スミソニアン天体物理学センター)のリスト(http://kurucz.harvard.edu/linelists.html)
(3) ジョルジュ・メレンデス博士とビアトリス・バーバイ博士(サンパウロ大学)が1999年に発表したリスト(Melendez & Barbuy, 1999, Astrophysical Journal Supplement Series, Vol. 124, pp. 527—546)↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―