※ 本日、最後の記事のUPです。
① ""「視力50万の瞳」が捉えたソンブレロ銀河の中心に潜む超巨大ブラックホールの周辺構造""
2013年9月12日 |研究成果
📕 観測手法:位相補償VLBIとは?
図3:観測技術VLBIの例。(画像左)米国のVLBI観測網「VLBA」.(画像右)国立天文台が保有する日本のVLBI観測網「VERA」。(credit: (画像左): Jeff Hellerman/NRAO. (画像右)国立天文台)
研究チームは今回、「位相補償VLBI」という観測手法を駆使することでこれらの困難を克服しました。 VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉計)とは、地球各地に存在する複数の電波望遠鏡を繋ぎ、地球サイズ規模の実効口径を持つ巨大電波望遠鏡を実現する技術です(図3)。これによりすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡の100倍以上という、あらゆる観測装置のなかで圧倒的な解像度を実現することができます(表)。
更に、ここに位相補償という技術を組み合わせます(図4)。位相補償とは日本の国立天文台が世界をリードしている観測手法であり、目標天体と隣接する参照天体をほぼ同時に観測することで、地球大気によるゆらぎを除去する技術です。これにより、暗い天体からやってくる微弱な電波でも大気による擾乱に埋もれること無く鮮明に検出することが可能になります。
📕 観測結果
図5:(上段)ハッブル宇宙望遠鏡によるソンブレロ銀河. (下段)研究チームが今回初めて検出・撮影に成功した中心核の超高解像度VLBI電波写真
研究チームは今回全米10台の電波望遠鏡から構成される世界最大級のVLBI専用観測網Very Long Baseline Arrayを利用してソンブレロ銀河の中心部を位相補償VLBI観測しました。
その結果、ソンブレロの巨大ブラックホール周辺の微弱構造を約140マイクロ秒角(1度角の約2600万分の1)の解像度で検出・撮影することに世界で初めて成功しました(図5)。
これはハッブル宇宙望遠鏡の約400倍の解像度であり、シュバルツシルト半径(ブラックホールによる重力が強く光させ脱出できなくなる半径)の僅か数十倍程度の領域にまで迫る空前の解像度です。
これほどまでブラックホール本体に肉薄する撮影が成功したのは天の川銀河を除く草食系ブラックホールでは初めてのことです。
さらに今回の高解像度撮影の結果、全長わずか1光年程度と非常に小規模ながらブラックホール近傍から南北2方向に向かってガスが対称的に噴出する様子を捉えることにも初めて成功しました(図6)。
南北のガスの明るさの比率などを詳しく調べたところ、光速の約20%程度以下の速度で北側のガスが我々に向かって近づいている、逆に南側のジェットが我々から遠ざかる方向に噴出していることが明らかになりました。これはハッブルなどの解像度では決して明らかすることができなかった新事実です。
図6:今回明らかになったソンブレロ銀河の巨大ブラックホール周辺構造(右は想像図)。
今回の発見は巨大ブラックホールの生態解明にとって非常に重要な結果です。ソンブレロ銀河のような草食系ブラックホールにも規模は小さいながら、肉食系と同じような噴出流が存在していたのです。草食系は宇宙の大多数を占めるわけですから、本結果は「ガス噴射」は多くの巨大ブラックホールが抱える共通の能力であることを示唆しています。
📕 本研究のインパクトと今後の展望
図7:巨大ブラックホールにも様々な「性格」がある(credit: (上段)NASA. (下段)国立天文台/AND You Inc.)
一般にブラックホールとはガスを「引き寄せる」天体です。それにも関わらず一部の肉食系ブラックホールは強力にガスを「噴出」しています。
※ ""引き寄せる""とか""吸い込む、飲み込む""というイメージです。その重力で一度、吸い込まれると光さえ脱出できないと言われています。また、SFでは宇宙船が
ブラックホールに飲み込まれそうになるシーンもありますね。
そもそもなぜブラックホールから噴出が起こるのか?特別な現象なのか?これはブラックホールの活動メカニズムを解明する上で天文学者に突きつけられた長年の難問です。
この謎を紐解くためには肉食系だけ調べるのでは不十分で、むしろ宇宙の大多数を占める「草食系」ブラックホールの生態を明らかにする必要がありました。
今回その代表格であるソンブレロ銀河において、小規模ながら肉食系同様噴出ガスが確認されたことは大変重要な結果です。
「ガス噴射」は肉食系のみがもつ特別な現象ではなく、どうやら多くのブラックホールが備える「共通の能力」であることを意味しているからです。
ただ、「なぜ噴出がおこるのか?」「噴出ガスの強弱をもたらす根本的要因は何なのか?」そのメカニズムを解明することは本研究だけでは不十分です。
また、草食系の中でもとりわけ活動性の弱い、いわば「絶食系」ブラックホールに噴出ガスが存在するかどうかはまだわかりません (私たちの住む天の川銀河の中心に存在する巨大ブラックホールが「絶食系」代表格)。
おそらくブラックホールに吸い込まれるガスの量の違いや、周辺の磁場構造、ブラックホール自身の自転速度(スピン)の違いなどが関係していると考えられます。この難問を解くためには噴出ガスのみならず、ブラックホールに降着するガス(降着円盤)との関連も一緒に調べる必要があります。
理論的にソンブレロやM87(おとめ座A)の降着円盤はミリ波〜サブミリ波(波長1ミリ程度以下の電波帯)で最も検出しやすいと予想されており、研究チームは現在ALMA望遠鏡なども用いてこれらの巨大ブラックホール周辺構造を更に詳しく調べています。
最後に、今回ブラックホールに肉薄する解像度で撮影に成功したことは、近い将来「ブラックホール本体の直接撮像」の実現に向けて大きな弾みとなる成果です。
今回のVLBI観測はいわゆるセンチ波での電波観測でしたが、現在さらに高い周波数を用いたVLBI実験が世界中の天文学者の協力のもと進められています(通称サブミリ波VLBI, またはEvent Horizon Telescopeプロジェクト)。
b日本からも本研究チームを含め国立天文台が中心となって参加しています。サブミリ波VLBIを用いれば今回のセンチ波VLBIを更に10倍程度上回る解像度(視力約「300万」)が実現し、文字通り「黒い穴」が直接写真に写ることが期待されています。
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※ この記事は2013年ですので、6年後の2019年に成功しました。
📕 研究チームは今後「噴出ガス」、「降着円盤」、そして「本体」まで総合的に観測することによってブラックホール活動メカニズムの解明を目指します。