じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

極論と言うか気違い論と言うか

2013-09-07 15:59:00 | 日記的雑談
あの・・・死ぬのが平気なら何も怖く無い・・・世の中の縛り事一切から開放されるんですけど・・・極論と言うよりも、気違い論ですか?

いや、癌だのナンダのに備えて保険掛けるとか・・・死ぬのが平気なら無理して生きて行かなくても良いわけで、備えなんか要らない・・・と、言うのは気違い論ですか?

いや、ホントに・・・一寸先は闇と言うか、なるようにしか成ら無いわけで、分からないナニカニ怯える人生・・・分からない何かとは、大抵の場合は自分の未来の姿でありますね・・・そして、それの最たるモノが、死んじまったらドーしよう、と。

死んじまったらドーしましょう? なんて憂いたところで、成るようにしか成ら無い世の中・・・ドーだっていいじゃネェかそんな事は・・・と、気楽に生きようと言うのは、ダメなんでありましょうか?

年収200万円弁護士、依頼を求めて町から町へ

おっさん、学業的勉強はまるっきりダメのバカですんで、弁護士とか、医者とか、生まれてこの方一度も考えた事は無いわけですが、本気で思っている事は・・・ならなくて良かった、であります・・・いいえ、なれない貧乏人の僻みも含めまして、心底思う事であります。

だって、苦労して仕事に就いたとしても、社会的責任が重過ぎて・・・多少人より多めに収入が有ったって、稼いだ金で好き勝手に遊ぶわけにも行かずに、カレンダー通りの休みで人生を過ごすなんて・・・拷問ですよ、おっさんには。


美しいですなぁ 女郎蜘蛛 雌ですぜ

蜘蛛みたいな生き方と、蟻みたいな生き方と・・・どっちが好きですか?
おっさんは、ドッチも嫌です・・・餌をとるのは蜘蛛式で、遊び歩く時は蟻の様なのが良いと思うわけで、ズーッと蜘蛛の巣ですごすなんて真っ平ですが、蟻のように働き尽くめなんてのはもっと嫌です。

仕事は・・・飯が喰えればそれで良い・・・働かなくて喰えるんならそれが一番、と。

司法書士、30歳を過ぎても年収200万円台はザラ

ネットをチラリと眺めて歩くとこんな記事がナンボも見つかるわけです・・・が、この手の記事の狙いって、ナンだと思いますか?

いや、他意は無くて、今時の世相をそのまま記事にしていると思っても良いんですけれども、しかし、おっさんの見方は違います。

バブルの崩壊以後、日本の社会構造と言いますか、雇用形態と言いますか、まっ、ナンであれ、国民の収入は下がり続けているわけです・・・いや、例外と気違いは何処に手も居るんで、俺は伸びてる、と言う人が居るのは否定しません・・・が、世間一般としては、良い歳をしてまともな収入・・・ウーン、ナニを持ってしてまともな収入と言うのかアレですが・・・所帯もって子供を学校にやって、そこそこ不満の無い・・・ソーですねぇ・・・懐かしいバブルの頃の、日本国民皆して中流意識、だった時の感覚でありましょうか?

で、今は・・・嫁も貰えない収入とか、喰って行くのがやっととか、そう言う収入の仕事にしかありつけない人達が増えちまっているのが日本国の現状な訳であります。

さて、上記のような記事の目的は・・・そんな記事がネット上にボコボコと流される理由は・・・ガス抜き以外に考えられないと思うわけです。

こんな職業の人達まで大変な思いをしているのか? それなら俺がこれでも仕方ないよなぁ~・・・とか、思わせる為の煙幕なんじゃないのか? と、思っているわけであります。

そういう風にしか思えない変な記事って結構あるとおっさんは思うんですけれども・・・考え過ぎですかねぇ?


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ベントーを喰っていたら

2013-09-07 14:44:34 | 日記的雑談

蠅がベントーを喰いに来た!!



この糞蠅めがぁ~・・・と、怒ったんだが

いや、なんぼ突いても飛ば無いで走って逃げるわけです・・・しかも、大した距離は逃げないで。
ンなモンですから、ブチっとやってしまおうと思えば何時でも出来るんですけれども、しかし、お前は蠅のくせに飛べないのか? と、不思議に思っちまったら、ナンだか飛べない蠅が不憫に思えてブチっとやるのは気が引けちまったわけであります。

まっ、ベントーを手に持って喰っていたんで飛べない蠅はここまで上がれないんで蠅にベントーを舐められる事は無かったんで、飯を食いながら蠅の動きなど観察するもおかし、と言う事で眺めていたわけです。

しかし、いい加減飽きて蠅から視線を外してPCの画面を見ながらベントーの塩鯖を喰って、次は煮しめのコンニャクでも、と、ベントーに目をやれば・・・テメェ~この糞蠅めがぁ~・・・オメ、飛べんじゃネェかぁ~、と言う感じで唐揚げの上を歩いていたわけであります。

そりゃぁ蠅なんだから飛んで当たり前なんですけれども、それでは、先ほどの障害者的飛び跳ね歩きの真似はナンだったんでありましょうか? おっさんへの罠、か?

で、蠅に歩き回られちまった鳥唐揚げはおっさんの大好物でありまして、最後に一気に喰おうと楽しみにしていたわけであります・・・それをこの糞蠅めがぁ~・・・と、言う事で、鳥の唐揚げを裏返しにして、蠅が歩いたと思しき所は衛生的にも宜しく無いんで、見えないようにして喰った次第であります。

で、喰い終わったベントー箱を放置しておいたら、所詮は蠅の浅知恵でありますな・・・まんまとベントー箱の中に入りやがって・・・ぶぅわぁ~かめがぁ~、と言う事で蓋をかぶせて閉じ込め、輪ゴムでしっかりと止めてやったわけであります。

しかし、蠅は蓋された事に全く動じる気配もなく、のこのことベントー箱の中を楽しそうに歩き回っているわけです・・・この糞蠅めがぁ~・・・このままゴミ箱にブチ込んでくれるわぁ~と、思ったとき・・・蠅が、羽根を小刻みに震わせてビーンとか音を出すわけです・・・その音は、出してくれよぉ~なぁ、友達だろう? と、訴えているような音でありまして、蠅を捨てちまうのが忍びなくなっちまったわけです。

で、結局は蓋を開けてやったわけですが、そしたら、飛び出して来ておっさんのPCのラックの上にとまって、また羽根をビーンってやるわけです。

それは、何となく、アリガトな、と、言っているようでして・・・もう間違いなく蠅とおっさんはマブダチになっちまった感じでありました。

いや、その後蠅は飽きちまったのか、何処かへ遊びに言っちまってまだ戻っては居ないんですけれども・・・さようならも言わずに、行っちまうと言う事は無いと思うんですが。

と、ベントーを喰っている時にまとわりついて煩かった蠅一匹・・・針小棒大に作文してみましたが・・・。

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文字って なんだかなぁ~

2013-09-07 13:20:14 | 思想信条仏教宗教
自分も文字を綴るのが好きなんで駄文を垂れ流しては顰蹙をかっているわけだけれども・・・自分の文章を誤解された時とか、人様の文章の真意を読み取れていない時なんか、文字とか言葉の限界と言うのか・・・要するに、分かり合う事の限界だね・・・それを強く感じるわけです。

この所ずーっと「禅」に関わる本を沢山読んで来たんだけれども、そもそも、学校じゃ習わない言葉が沢山出て来るし、そして、それの注釈なんかがあるわけでもなく、文脈やらから推測して分かったような気になるしか無いわけなんだけれども・・・はたして、それで著者の意図する所へ踏み込めているのかドーか? 多分、核心があるとすれば、そこへの入り口へも辿り着いていない程度の解釈になっているんだろうなぁ~と、なんとなく思うわけです。

で、集中して鈴木大拙ばかりを乱読しているわけですが、もう既に20冊近くを読み終えているのに、読めば読む程深みにはまると言いますか、分かったと思った事柄は次の本ではまた疑問に変わっちまうと言う・・・まっ、なんぼ「知」を蓄えても「悟」は得られないよ、と、大拙も宣っているんで、本を読むだけ無駄なのかもしれませんけど・・・しかし、本は「知」の塊だと思うんだけれども、それが無駄他と言われると、達磨になるしか無いんですけれどもね・・・しかも、大拙先生は知を否定しながら恐ろしい量の本を著して居られるわけで・・・しかも、自分から言葉が持つ曖昧さを一生懸命説いているんですけれども。

こんな事を書いていました・・・「門を叩け さらば開かれん」と聖書にあるけれども、この言葉の「叩け」の意味を大抵の人は解さない、と、宣って居られます。

叩くと言うのは、トントン・・・こんちわぁ~とか、頼もぉ~・・・と、言った感覚の事では無いのだ、と。
この叩くは、精神的な事であって、存在を組成する肉体的・精神的・知的・道徳的の一切をもって自我を創造の門に叩き付ける事である・・・と、書かれているわけです。

なるほど、これは聖書の話しなんで叩くのは教会の門かなんかで、迷い事とか、相談事が有ったら教会に来なさい・・・ナントカしましょう・・・的な事なのかとおっさんなんかは思っていたわけですが、そんな次元の話しでは無く、もっと深い所の・・・大拙の表現では「不可思議」の領域の事なんだそうであります。

さて、ここからであります・・・出ましたよ・・・不可思議ですよ・・・思議が不可なんですから、考えの及ばぬ所の次元・・・意識や知恵でもって表現できる事件ではない、と、言うのは薄々感じるわけです、が、具体的な感覚としてはそれこそ「不可思議」であります。

「宇宙的無意識」の観念はなんとなく抽象的すぎるひびきがあるが、人間の宗教的諸直覚はこの形而上学的仮説に傾き、それによって多くの重要な問題が解明されるのである。・・・禅と日本文化と言う本の一節なんですけれども・・・分かりますか? そもそも、宇宙的無意識ってナンですか? と、おっさん程度のボンクラ頭ではなっちまうわけです。

しかし、無意識の定義さえも定かに持ち得ない凡夫に、宇宙的無意識と言われましてもねぇ~・・・と、言うのがおっさんの本音なんですけれども。

しかも、無意識に宇宙的、と敢えてつけていると言う事は、宇宙的に何か特別な意味があるんだろうと言う事は察するんですが・・・無意識の上に乗っかる宇宙が意味する所は・・・分からん、と、言う事で、行き詰まっちまうわけであります。

で、禅だのナンだのと言うのに踏み込もうとすると、日常の娑婆では使わない言葉や表現、そして感覚的なモノが山ほど出て来るわけです。

と、言う事で、凡夫には悟りは遠いと言いますか、無いんだろうと思うわけですが・・・しかし、これだけ見事に面倒臭くてややこしくて、しかも、挙げ句の果てには凡夫には悟れないよ、と、冷たく突き放されちまうと・・・ホントかよ? お前等、宇宙的無意識だの霊的な存在だの、文字にしたって意味不明な物を平気で分かったように宣うけれども・・・ホントは、自分等も分かってないんじゃないのかぁ~? と、言う事になるわけですが。

その昔・・・心理学の初歩の教室でこんな話しをされました・・・心が病んでいるんですが、と、言う話しから、ンじゃぁ、治してやるから君の心をここに出して見なさい・・・と。

このセンセーは禅を知っていたんでありましょうね・・・今ならその場で大笑いして、心を提示するんですけれども。

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理不尽な世の中だわぃ

2013-09-07 11:30:35 | 日記的雑談
本日は土曜日で配達弁当が来ないんでセブンに弁当を買いに行って来た。
で、目当ての弁当が無くてガッカリし、お店の人に尋ねたら・・・今日は入っていませんねぇ~ですとぉ・・・いや、無いのは見れば分かるわけで、弁当の品揃えが変わったのか? と、そう言う事を訊いているんだけれども・・・パートのおばちゃんに無理難題を尋ねたおっさんが悪かった、と。

で、仕方が無いので以前のフェバリットベントーであった、500円の高級幕の内を買い求めて来たわけなんだが・・・で、その帰り道。

交差点で、右折の信号待ちでありました・・・右側の歩道の先には、横断するんで信号待ちの女子高生が一人・・・スマホなんか見ながら立っていました。

で、信号が替わり、いざ、と言う段になったら、女子高生は、スマホの画面を見ながらのらりくらりと歩道を渡るじゃありませんか・・・ナンナンダこの糞バカ娘はぁ~・・・と、怒り心頭に発したわけですが・・・それは、娘が馬鹿なのか? それとも、とてもスラリと伸びたおみ足に、今時珍しいパンツ見えそうなミニに紺色のハイソックス・・・それを穴の開く程ガン見していたおっさんへの復讐なのか?・・・ナンでアレ、あの娘の歩みは理不尽の極み・・・序でに、更に穴の開く程ミニスカのおみ足を観察してやったわぃ、と。


こう言う箸の割れ方されると神経逆撫でなんだよなぁ~

いや、割り箸の割れ方で一々腹を立てても仕方が無いと言うのは分かっているんですけれども・・・貴方も日本人なら割り箸の割れ方に一つの拘りと言いますか、こう割れて欲しいと言う理想はお持ちでありましょう?・・・なにっ? 気にならない?・・・そう言う人はやっぱし、地球温暖化はCO2が原因なんでマイ箸持参運動とかにも積極的に加担したんでありましょうね・・・おっさんとは友達にはなれないタイプであります。

いや、総てのイライラの元はセブンのベントーなわけでして、ナンでおっさんのお気に入りのベントーはさっさと消えて行くのかなぁ~?

あのね・・・一日ズーッと暇な写真屋で店番していると言う拷問にも似た業務をこなしているとですね、楽しみと言えばベントーを喰う事くらいしか無いんでスゼェ~。

わかるかなぁ~? わかんねぇだろうなぁ~?

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