じじい日記

日々の雑感と戯言を綴っております

ピサンの村へ下山 No.14

2013-12-24 21:17:06 | ネパール旅日記 2013
 
 11月18日 月曜日 快晴

 ぐっすり寝た。
頭痛も無く、変な夢見も無く熟睡し、夜明け前に起きた。

 星空が撮れるかも知れないと思いカメラを持って外に出ると暖かかった。
僅かに1000m降りただけでこれほど違うのかと驚いた。
しかし、上の温度を知る前はここの寒さが堪えていたのだったが、この日の朝は少し強めに吹いている風さえ冷たいとは思わなかった。

 月の位置は変わっていたが明るくて写真を撮るのは諦めた。

 ヤクの糞とナーランが焚き付けに使っていた灌木の枝を折って来て焚き火を起こした。
何かをするつもりでも無かったが火を起こし、眺めていた。

 昨日のアタックの事を思い出そうとしていた。
しかし、ドルジに引っ張り上げられている場面や、足を滑らせてフィックスロープにしがみついた事などは直ぐに浮かぶのだが、どんな所を歩いていたのか、回りの景色はどうだったのかなどは殆ど覚えていなかった。
堅く締まってアイゼンが気持ち良く刺さる雪面と、ヘッドランプの光が映るような氷雪と、目の前のロープは確かに覚えている。
しかし他には、頭が痛かった事、苦しくて開いたままの口から涎が垂れていた事、鼻水を垂れ流していた事などが思い出されるだけだった。

 ナーランが起きて来た。
コーヒーが飲みたくてキッチンテントの石油コンロでお湯を沸かした。
薬缶に水を汲もうとしたらポリタンクの表面が凍っていた。
しかし少しも寒く無く、気分も冴えていた。

 そうか、慣れればこんなに楽なのかと、自分の高度順化は失敗だった事を思い知った。
昨日、二度と高所登山はやらないと思いながら死んだようになって降りて来たと言うのに、「この次は上手くやれそうだ」とも考えていた。

 ドルジとナラバードルも起きて来た。
ドルジが「具合はどうだ」と訊いた。
「食い物と燃料が有ればもう一度登りたい気分だ」と答えると「来シーズン、アイランドピークかメラピークへ行こう」とドルジが言った。
メラピークはテント泊が長いから数人で組んだ方が効率が良いが登るのは簡単で、アイランドピークはトレッキングでゴーギョピークやカラタパールを登って高度順化し易いし、アタックもフィックスロープがあって楽なもんだ、と言った。
「いつ頃がベストシーズンなんだ?」と問うと「来年の今頃だ」と答えた。
「あっちの山の方が格下だろう?もう少し手応えのあるのが良いな」と言うと「引っ張り上げる方の苦労も考えてくれ」とドルジが言った。

 返す言葉が無く黙っていたら「お前は強い、参ったと言わない強いクライマーだ」とドルジが取り繕った。

 「来年な・・・来年の11月な、多分来るよ、しかし、まだ約束じゃない、多分だ」と言うと、ナーランが「また一ヶ月のトレッキングとピークアタックを組めば良い。トレッキングガイドは俺が引き受けるから」と、さも行きたそうに言った。

 勢いと場の雰囲気で言ってはみたもののドルジに頼り切りのクライミングスタイルは不本意で自分の山ではないと感じていた。
登らせてもらった山としか思えない昨日のアタックに心底の喜びは湧いて来なかった。

 ドルジが「早く降りてシャワーを浴びて髭を剃ろう」と言って飯の支度に掛かった。

 ひと仕事終わった安堵感が皆にあるのか、飯の後の動きが緩慢で、キャンプを撤収して歩き始めたのは9時過ぎだった。

 ドルジが思いの外真剣にゴミの片付けをしていたので冷やかすと「次に来た隊から彼奴らは後始末が悪いと言われるから」と言った。
しかしドルジは集めたゴミを大きなビニール袋に入れ、キャンプの位置からは見えない谷底に向かって放り投げただけで、要するに見えなくするのが後片付けなのだった。

 歩き始めから呼吸が楽で足が軽かった。
急な斜面で足を滑らせないよう、慎重に降りるナーランを尻目に自分は軽快に降りた。
ドルジもナラバードルも追い越し小走りで降りた。

 目の高さの少し上にあった向かい側のアンナプルナ山群が随分と上に見えるようになった頃、ピサンの村が眼下に見えた。

 刺だらけの痛い灌木帯が終わりヒマラヤ杉の樹林帯に入ると亜熱帯の陽射しが照りつけた。

 つくづく恐ろしい高度差だなと驚く。
昨日は極寒の雪氷を歩き、今は亜熱帯の陽射しに焼かれる・・・ネパールって凄い、と。

 ピサンの村には11時少し過ぎに着いた。
いつもの日当りの良い三階の角部屋に荷物を放り込んでシャワーを浴びようと下へ行くと宿の人がシャワールームで洗濯をしていた。
仕方が無いので水しか出ない三階のシャワールームへバケツでお湯を運び浴びる事になった。
しかし、左程大きくも無いバケツ一杯のお湯では満足な行水にはならずなんとなく汗が流れたか?で終わってしまった。

 ドルジが二階の水シャワーを浴び、髭も剃ってさっぱりしていた。
ダイニングに行きビールを日本頼んだ。
相当不本意ではあったが案内したガイドが「ここがサミットだ」と言ったのだから素直に登頂したと認め封印していたビールを解禁する事にした。

 封印したビールは、登頂成功ならピサンの村で、失敗なら次の目標のトロン・ラ・パス(5416m)を登り切ってからと決めていた。

 ナーランが、登頂成功おめでとうと言ってグラスを掲げた。
ドルジも、お前はよく頑張ったと言って肩を叩いた。

 ビールは思った程美味く無かった。
もっと感動的に美味くて絶句する予定だったのに、拍子抜けする程に美味く無かった。
これは埃を被って棚に並んでいるビールが古くて不味いのだろうと思ったが、ドルジは喉を鳴らして美味いと飲んでいた。
北アルプスや南アルプスの3000mオーバーで飲んだビールは美味かった。
だから標高のせいではないと思うのだが、見事に不味かった。

 夕食の時にダイニングに集まった他のガイドやポーターからアタックの様子を訊かれた。
あんまり良く覚えていないと言うと、一人のガイドが「朦朧としたまま登ったのか?」と問うので「朦朧と言う程ではないが見ていたのは氷雪面だけで、稜線に出て初めて自分の位置を知った」と答えた。
すると「雪面を登ったのか?」とドルジに聞いていた。
ドルジは詳しい事は言わずに「YES」とだけ答えて話しは終わった。

 6時半、寝袋に入りベースキャンプからアタックキャンプ、そしてピークアタックと思い出しながら日記を書こうとノートを開いた。
だが断片が思い浮かぶばかりで、しかも脈絡が無く日記にならなかった。

 思いつく事をメモ的に書いているうちに眠くなり、7時半消灯。


 

 



コメント (3)
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