今ツワブキの花が満開である。キク科の常緑多年草、フキとは別属、暖地の浜辺に自生している。葉は光沢があり、若い葉柄は食用に、葉は湿疹などの薬用に用いる。昔おできに良く少し焼いてはってもらった経験がある。
7日立冬の朝ラジオ体操していると、月がとてもきれいに出ていた。体操終わって帰宅、外から妻を呼びカメラを持ってきてもらい、雲が多くなりその合間の月を撮影6:45.月齢22日、ちなみに満月は10/31でした。29日が十三夜、月を愛でるにはいい季節になっていた。
しかし、年末に近いので、2日が一の酉、14日が二の酉、26日が三の酉で、三の酉迄ある年は火事が多いとされていた。今年はコロナが加わり、火の用心には十分気を付けたいもの。
しかし、年末に近いので、2日が一の酉、14日が二の酉、26日が三の酉で、三の酉迄ある年は火事が多いとされていた。今年はコロナが加わり、火の用心には十分気を付けたいもの。
今度10月25日の小旅行で、3.11震災でいわき市で一番多くの犠牲者120名を出した薄磯にこの碑があります。
碑には、時間の経過とともに「あの日から今日まで」を伝えることが難しくなり、 震災から得た教訓や経験を次の世代へ連綿と繋げて行く、『記憶石』はその思いを形にしたもの。
未来への希望と題して「記憶石」碑に刻まているハンカチに描かれた”灯台から子どもたちが手をふる絵”は、デザイナーを夢見ながら東日本大震災の津波で命を落とした地元小学生鈴木姫花ちゃんが"描いた「塩屋埼灯台」で、みだれ髪歌碑の向かいにある。喜びも悲しみも幾年月の歌詞碑灯台への登り口に立っているが、この記億石碑で4こが向かい合うように立っている。
碑には、時間の経過とともに「あの日から今日まで」を伝えることが難しくなり、 震災から得た教訓や経験を次の世代へ連綿と繋げて行く、『記憶石』はその思いを形にしたもの。
未来への希望と題して「記憶石」碑に刻まているハンカチに描かれた”灯台から子どもたちが手をふる絵”は、デザイナーを夢見ながら東日本大震災の津波で命を落とした地元小学生鈴木姫花ちゃんが"描いた「塩屋埼灯台」で、みだれ髪歌碑の向かいにある。喜びも悲しみも幾年月の歌詞碑灯台への登り口に立っているが、この記億石碑で4こが向かい合うように立っている。