生命哲学/生物哲学/生活哲学ブログ

《生命/生物、生活》を、システム的かつ体系的に、分析し総合し統合する。射程域:哲学、美術音楽詩、政治経済社会、秘教

第63回モダンアート展/東京都美術館

2013年03月29日 23時01分09秒 | 美術/絵画
2013年3月29日-18
第63回モダンアート展/東京都美術館

 風間虹樹の作品が1点(S40菱形展示、141x141cm)、2013年4月2日(火)~4月16日(火)に、東京都美術館で開催される第63回モダンアート展にて展示されます。



  風間虹樹〈いのち。いのち、、[焔]〉
  141x141cm[S40菱形展示]。
  麻画布に、混合(ジェッソ、墨、胡粉、アクリル、グロスポリマーメディウム、綿布にアクリル)。
  鍵語:有機的抽象絵画、生命絵画、立体絵画、物的存在性、層間相互作用、

 

◇ 第63回モダンアート展 ◇
会期:2013年4月2日(火)~4月16日(火)(但し、4月15日(月)は休館日)
   9:30~17:30(ただし、最終日の4月16日は12:00まで)
会場:東京都美術館 ロビー階の第1~第4展示室と、地下3階のギャラリーAとB
   上野公園内
入場料:大人 800円(400円)、大学生 400円(200円)、高校生200円
        ※( )内は10名以上の団体料金
        中学生以下、70歳以上、障害者手帳をお持ちの方と付添(1名) 無料

部門:絵画、彫刻、版画、写真、デザイン(平面・立体)、スペースアート(平面・立体)
http://modernart-kyokai.com/
http://www.tobikan.jp/public/m0deqg0000003ve9.html

 モダンアート協会の准会員に推挙されました。
http://modernart-kyokai.com/tenran_shokai/tenshokai01.html



風間虹樹:本日2013年3月29日の絵画

2013年03月29日 22時47分46秒 | 美術/絵画
2013年3月29日-17
風間虹樹:本日2013年3月29日の絵画

       

 
 2013年4月29日(月)~5月4日(土)に開催の、「明日への挑戦」展/ギャラリー菊/淀屋橋、にて展示予定です。
 鍵語:絵画層間相互作用、浮き出し絵画、浮き彫り絵画、物体の芽生え、






 光の当て方で変化(へんげ)します。



2013年3月28日の光版絵画(八):モナドの夜

2013年03月29日 14時05分08秒 | 美術/光版絵画
2013年3月29日-12
2013年3月28日の光版絵画(八):モナドの夜


















  「ライプニッツは、現実に存在するものをそれを構成しているものへと分析していくといつかはそれ以上分割できない(部分を持たない)非延長的な実体に到達するに違いないと考えた。これがモナドである。ライプニッツによれば、モナドは構成されたものではなく、部分を持たない、厳密に単純な実体であるが、にもかかわらず属性として状態を持つ。属性を持たなければすべてのモナドは区別できず、複数のモナドがあるとはいえなくなるからである(不可識別者同一)。このとき、或る状態から別の状態への変化の傾向性を欲求という。
〔略〕
 モナドは部分を持たない厳密に単純な実体であるから、複合的なもの同士が関係するような意味で「関係」することはできず、厳密に相互に独立している(モナドには窓がない)。
〔略〕
物が物に作用するというとき、ひとつのありうるモデル、描像としては、作用するモナドから何かが出て、作用されるモナドの中へ入るという構図が考えられる。たとえば通信のモデルで、伝達を、メッセージが一方から出て他方へ入ると理解するように、力の作用も、押すモナドから「力」が出て押されるモナドに「力」が入ることで、押されるモナドの内部の構成が変化する、これが因果関係であるというようなモデルである。

これに対してライプニッツは、たしかに複合的な粗大な通常の物体では、そういう何か媒介物の移動で作用を説明することができる場合もあるけれども、つきつめれば、モナドは部分や構成要素を持たないのだから、「外から何かが中に入る」ことはありえず、因果関係や作用は「外的な対応する変化」であって、「内的な何かのやり取り」としては理解できない、と主張しているのである。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/モナド

 
 部分を持たない非延長的な実体とは、亜〔下位〕クォーク subquarkもしくは超弦 superstring と解釈できるかもしれない。
 どうであれ、単一的と思われるいかなる存在者も、(観測できないだけで)実は他の存在者と繋がっているとすれば、われわれの言語的表現または概念的思考の上では矛盾するようなことは、或る実在物の諸側面または諸状態であることになる。