大悲山 岩屋寺(いわやでら)
尾張高野山宗の総本山。霊亀元年(715年)元正天皇の勅願所として、行基菩薩によって創建されたという
本堂
横幅のある本堂で、かなり後方からでなければ全体を撮ることができない
本堂内部だが撮影禁止だった
鐘楼
古来は四本柱の鐘楼であったとの伝承。元禄十年(1697)の火災により焼失。宝暦三年(1753)に再建された
阿弥陀堂
平治元年(1159)に野間の地に葬られた源義朝公の墓地をお詣りに訪れた親鸞聖人が参詣
この地へ我が門徒を詣でさせんと弘法大師七井の井戸の水を汲み、自ら阿弥陀如来の一尊を書き納められたと伝わる
現在の阿弥陀堂の本尊となっている
経蔵
一切経が収蔵されていた、三間四面の瓦葺二層総欅造り
寛政11年(1799)に着工、2年後に完成。係の女性によると一番歴史のある建物だと話してくれた
日本人なのに読めない。何て書いているのと尋ねても「………」
五百羅漢像
文政3年(1820)に当山の住職であった豪潮律師によって開眼された
もしかして被害に遭ったのではと考えてしまった
石工源吉の作と伝わっている。この帽子は何のためなのか
大師山 百八尊仏 遙拝所
係の女性から40分程で四国八十八箇所巡りができると紹介されたので、ついその気になったのだが……
石段を上がったところで、急に息切れと右膝に違和感が。旅の初日で無理はできないと即断
周辺の石仏から自分に合ったものを探した
奥ノ院
案内板から奥ノ院があることを知った
奥の院では疲れるだけであまりいい思いはないが、車でも行けるというので気持ちが動いた
「迷いを救う六地蔵菩薩」
「豪鉄大僧正」 尾張高野山開祖
数分歩くと建物が見えてくる
この辺りも石仏が多い
「波切不動明王」
「女人堂」内部
「岩窟」内部
空海は百日間の護摩修行を終えられた際に護摩の灰で千手観音を作り、行基菩薩が開眼された聖観音の御光の中へ奉安された
是が奥之院本尊になっている
岩屋寺の石仏は個性的で魅力がある
撮影 平成29年5月10日
尾張高野山宗の総本山。霊亀元年(715年)元正天皇の勅願所として、行基菩薩によって創建されたという
本堂
横幅のある本堂で、かなり後方からでなければ全体を撮ることができない
本堂内部だが撮影禁止だった
鐘楼
古来は四本柱の鐘楼であったとの伝承。元禄十年(1697)の火災により焼失。宝暦三年(1753)に再建された
阿弥陀堂
平治元年(1159)に野間の地に葬られた源義朝公の墓地をお詣りに訪れた親鸞聖人が参詣
この地へ我が門徒を詣でさせんと弘法大師七井の井戸の水を汲み、自ら阿弥陀如来の一尊を書き納められたと伝わる
現在の阿弥陀堂の本尊となっている
経蔵
一切経が収蔵されていた、三間四面の瓦葺二層総欅造り
寛政11年(1799)に着工、2年後に完成。係の女性によると一番歴史のある建物だと話してくれた
日本人なのに読めない。何て書いているのと尋ねても「………」
五百羅漢像
文政3年(1820)に当山の住職であった豪潮律師によって開眼された
もしかして被害に遭ったのではと考えてしまった
石工源吉の作と伝わっている。この帽子は何のためなのか
大師山 百八尊仏 遙拝所
係の女性から40分程で四国八十八箇所巡りができると紹介されたので、ついその気になったのだが……
石段を上がったところで、急に息切れと右膝に違和感が。旅の初日で無理はできないと即断
周辺の石仏から自分に合ったものを探した
奥ノ院
案内板から奥ノ院があることを知った
奥の院では疲れるだけであまりいい思いはないが、車でも行けるというので気持ちが動いた
「迷いを救う六地蔵菩薩」
「豪鉄大僧正」 尾張高野山開祖
数分歩くと建物が見えてくる
この辺りも石仏が多い
「波切不動明王」
「女人堂」内部
「岩窟」内部
空海は百日間の護摩修行を終えられた際に護摩の灰で千手観音を作り、行基菩薩が開眼された聖観音の御光の中へ奉安された
是が奥之院本尊になっている
岩屋寺の石仏は個性的で魅力がある
撮影 平成29年5月10日
私にはとても鄙びた寺院に見えますが訪れる観光客は多いのでしょうか。何か秘境を見いだして撮影したような感かします。
いろいろな石仏がありますね。長いこと保たれているものと感心します。
奥の院がとても綺麗に感じました。先にブログで掲載しなかったものばかり…かなりの写真の量ですが、メモリーカードを観て「これは○○」と直ぐに分かるところが素晴らしいです。
本日も素晴らしい写真旅をさせて頂きましてありがとうございました。
一寸付け足そうかと思いましたが下世話な話になるので止めます。
名古屋港から知多半島の訪れた場所までは距離にしても北海道の感覚からするとそう遠くはありません。
石仏は彫った人の心境を考えながら観ると結構楽しめ、気に入ったものだけ何枚か撮ります。岩屋寺のものはそれぞれが個性的で丁寧に彫られているので、見応えがありました。
自分で撮った写真は結構覚えているもので、言われてみるとボケが進行している私にとっては奇跡的かも知れません。そのなかでも塔を撮るときは徘徊ではなく、いい場所を探すため、かなり周囲を歩き回りますので記憶に残っているのだと思います。
一寸付け足していただくと楽しくなるのですが…。