何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

家長ワンコが連れてくる春

2016-02-11 12:30:00 | ひとりごと
「神だけが知る時間」で、「これからが、これまでを決める」という言葉を契機に時間(現在・過去・未来)について考えている、と書いたが、「これからが、これまでを決める」という言葉の出典を検索しているなかで、今の自分にはショックな文章(ある本からの引用)を見つけたので、とにかくその本を読んでから、時間については再度考えようと思う。

昨夜、この冬はじめて梅の香を感じた。
正月前には必ず御大が、庭の隅から松と梅を掘り起し、小奇麗な鉢に寄せ植え苔と白砂で飾り、下駄箱の上に鎮座させる。
今年は梅の蕾が多いと喜んでいたが、一月後半から、にぎやかに咲けども一向にあの独特の香が漂ってこなかった。
玄関には、香りのない賑やかな梅と、主のないリード。
・・・・・
二月にはいり、「たくさん蕾をつけたはいいが、花の数ほど賑やかな香りを出しても良いものかと、梅も迷っているのかもしれない」そんなことを話していたところ、昨夜帰宅すると、玄関が梅のあの独特の香りで包まれていた。

その香りに包まれるなり、浮かんだ歌がある。

東風ふかば にほい起こせよ梅の花 主なしとて 春なわすれそ (菅原道真)

ワンコは我が家の家長だった。
ワンコ実家の両親は、我が家の人間とワンコの関係性を見るなり、「この子は自分を四本足の人間だと思っているし、
家長だと自認している」と宣言された。

たしかにワンコは立派な家長だった。
東に泣いている者があれば、行ってその涙をぬぐい
西に疲れた者あれば、行って傍らでなぐさめ
南に喜ぶ者あれば、行って共にはしゃぎ
北に喧嘩する者あれば、行って的確に仲裁し
みんなに心から愛され
みんなを心から愛してくれた
そんなワンコのような存在に 私はなりたい 

しかし今でもワンコは我が家の家長だ。
触れることはできなくとも、大切なことは、花の香にのせて伝えてくれる。

姿なしとて ワンコ 主だ