千里浜の砂はきめ細かく水分を含むと締りがでて、アスファルト状になる。子供の頃にはまだ、舗装路も少なく、車をぶっ飛ばすには格好のところだった。また、同時に遠浅のため、金沢近郊では海水浴場として名前が知られていた。砂が毎年侵食されて、浜がなくなると言われたがまだ残っている。15年以上前に来たのが最後で、さすがに浜は痩せ細そろえてしまっていた。波打ち際走行を撮影してみたが・・・・、つまらぬ動画になった。
ここは松本清張「ゼロの焦点」舞台で一躍有名になった。せり出した断崖、巌門の一部は能登地震で崩落した。金剛は北朝鮮の金剛山に似ているところからの命名らしい。本物は観てないが。また、朝鮮半島には、もう二度と足を運ぶ気はないから知らずに終わるかも。岸壁に山葡萄が実っていたが、まだ青かった。昼食は巌門レストランだが、ツア-御用達だからさすがに美味くないが、みんな殆ど食べたから、さすがツア-相手の店と感心した。
大本山總持寺の祖院が門前町にある。本山はもともとここだが、火事と不況で今は鶴見にある。小学校の遠足旅行以来の訪問だが、記憶はあまりなかった。先般の能登大地震であちこち崩壊し修復に寄付が足りず、工事は難航しているようだ。宗派が違う永平寺とは格段の差があるのは歴史と地理的背景が大きいのかもしれない。
露天の店が並ぶ中、忽然と周りの雰囲気と際立って違う、けたたましい建物がある。イナチュウ美術館だ。輪島の名産漆器の漆器店が運営している。入場料は500円だが、払ってみる気が沸いてこない。露天とコントラストの写真にしようかと思ったが、単独にした。近くに漫画家永井豪の記念館がある。漫画記念館は水木しげるの境港が有名で、格段の差があるのは、力の入れ方か。
昨年の今頃は中学恩師の家の近くを通り過ぎたが、今年は訪ねてみた。常盤橋の木陰の多いあたりに家があったが、周囲の木がなくなっていたのが昔と違う。冷房は嫌いらしく、扇風機だけの暑い部屋で上着をきたまま、2時間近く歓談した。社会人となった当たりの頃の欧米の話からユ-ゴ悲劇の世界まで話がはずみ、あっという間に夕方になった。上着を脱げと云われたが、なんとなく我慢できたが、暑かった。土産に佃の佃煮を頂戴し、恐縮の至りであった。病のため、歩行が年々難しくなっているみたいだ。辛いくらい体をいじめて、元気でいて欲しい。帰りは川沿いに天神橋から浅野川大橋と歩いたが、茶屋街の主計町で川床の櫓を組んでいるところだったので、遠景ながらお粗末写真を撮影した。どうにもこれ以上のものは撮れないのはカメラのせいだ。