山崎 喬

加賀生まれ(金澤)

時は今

2006年06月16日 23時03分03秒 | Weblog
この時期に思うは明智光秀の連歌。昨日昼は梅雨空散歩。戦車道路もお犬様もいなく静かで、アジサイもひっそりでいい。梅雨のなか散歩は、雨脚が強くなきゃ景色も一変して写真では表現できないくらいいいときがある。次の日曜は雨なら小山田の田んぼ散歩か
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3 コメント

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箱根石畳歩き (Unknown)
2006-06-21 11:04:15
血液検査のあまりの悪さにショック受け。

この3ヶ月は食事も気をつけて出来る限りハイキングに出かけて並々ならぬ努力を重ねた上で検査を受けたら…。

中性脂肪と尿酸値が酷いことに。前回の数値をオーバーすること遥かに気が遠くなるほど。薬は余り飲みたくは無いが尿酸値を下げる薬と中性脂肪対策の二種類が追加。

これで食事に注意して運動をしてさらに2・3ヶ月後に再検査しようと医者と相談の上決定。



それにしてもガックリ来た。



気分転換に日頃の飯能ハイクに換えて箱根まで足を伸ばすことに。箱根ならハイクをした後に温泉に入れるからね。



箱根湯本の駅前で案内書の若いお姉さんに歩くのは2時間位と体調を言って相談。

湯本や畑宿から歩くのは距離があるので途中からが良いとのことでバスで見晴らし茶屋まで行き、そこから石畳を登り芦ノ湖までなら二時間くらいなのでいいでしょうとのこと。



歩き始めたらかなり歩きづらい石畳、おまけに湿気が多く湿っているから滑るし普通のハイキングよりも疲れることが分かった。



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時は今… (Unknown)
2006-06-21 11:38:10
時は今雨が下しる五月かな…だったかなあ?



この句は本当に光秀が作ったものだろうかなあ? 出典はどこなんだろう。

後世にいろいろ講釈師が面白おかしく作ったっていうようなことも無いではないから一概には信じられない。

この句のことじゃあなくって光秀謀反の原因なんだけどネエ。



信長の虐めにあって頭にきてしまった…というのが世間に流布されているけどあまりに単純すぎるような気がするねえ。

この時代では主人が黒を白といったら躊躇なくかつ疑いもせずに白というのが当然の精神状態だったろうと思うんだが…まてよ!それは今の企業社会でもおんなじかな?



昔の話だが、明治時代に起きた秩父事件を調べていたことがあって、秩父の農家や旧家をたずねて当時のことを聞くんだけど誇張されたり別件だったりすることが多かった。



床の間の刀キズは秩父事件の暴徒がつけたものだ!というものも良く調べてみると江戸時代末期の百姓一揆の時につけられた傷だった。



明治のことでさえその真偽のほどは良く分からないことが多いのだからましてや500年前のことはたとえ日記や記録に残っていたとしても真相は深い霧の中だろう。



まあ、もう済んでしまったことなので光秀はどうでも良いことなのだが、日銀総裁が村上ファンドに出資、あげくの果てに6年で240%セントもの儲けを出していた。

国会議員ならやっぱりと呆れる程度で驚かないのだが、日銀総裁がこんな不行跡をやっていたとは全く久し振りの驚愕の出来事だった。



せめて潔くさっさと辞めて晩節を汚さないようにして欲しい。

そして歴史の闇にしないで全て明らかにして後世の範となるような正しい日銀の歴史を残してほしい。
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ここはどこ? (ゆずっ子の一人)
2006-06-23 23:01:51
この道はどこの道ですか?これ小山田の散歩道?
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