
鹿児島では篤姫ならぬ女教授がいるが、日程が取れず、無連絡になってしまった。今日既には彼女は江戸に立ってしまった。昼前に篤姫生誕の地の薩摩和泉行きの二百円均一バスが出ている。ガラガラで乗客は往復いなかった。始発停車中に運転手さんに声を掛けても愛想がない。定期路線をやめて一本でもいいから指宿から篤姫巡りのバスを仕立てたほうがいいか。薩摩和泉駅にボランティアガイドおじさんが1時間強関係先を案内してくれた。ガイドの熱意と史跡がマッチングしない、関連史跡が和泉島津氏の墓群や屋敷跡しかない。散歩には好都合だった。昼食は例年行っていた蕎麦屋「長寿庵」が移転していて、駅真裏に変わった。場所と建物が変わったら味も変わった。よくある話。どちらに変わったかは、このブログの訪問者の判断に任せたい。写真は和泉島津家の屋敷跡から桜島方向で撮影
九州には江戸前蕎麦屋は少ないのだけど指宿でも何とか江戸の人間が食べることが出来るのは市役所付近とこの店か。中でもこちらの長寿庵はまずまずだったのだが。
江戸の名のある店以外は傍の打ち方はともかくとして
汁はまずダメな店が多い。この長寿庵もその例に漏れない。別に責めているのではなく、見た目も薄い、味はやや甘めのこの味が土地の人の好みなんだろう。
蕎麦は店が立派(豪華)になった割には味が落ちてしまった。打ち手は変わっていないとのことだがそば粉の量を減らしたか?…香りもしないし味は弱い。江戸の者には物足りないけどもしかしたら土地の人の好みかも?
そう考えてしまうと一年に一回しか来ない江戸者がこの蕎麦は上手いとか不味いとか言っても犬の遠吠えにしかならない。