白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21(番外編)・アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて5

2022年06月08日 | 日記・エッセイ・コラム
アルコール依存症並びに遷延性(慢性)鬱病のリハビリについて。ブログ作成のほかに何か取り組んでいるかという質問に関します。

(2)絵画。第四回。使用する文房具は主に、定規・三角定規・分度器・コンパスなど。はがきの裏面を利用していますがサイズはいずれも同じもので「越前画箋」を使っています。


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「薔薇35」

いかがでしたでしょうか。参考になれば幸いです。

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Blog21・サン=ルーの愛人ラシェルをめぐって/プルーストあるいは小津安二郎

2022年06月08日 | 日記・エッセイ・コラム
サン=ルーの愛人ラシェルは舞台で或る役を演じる。この箇所でプルーストが描くのは「制度としての<顔>」の解体にほかならない。まず「ラシェルは、この小さな芝居で、ただの端役にも等しい役を演じていたにすぎない。ところがこうして舞台で見ると、それはまるでべつの女性だった」と書かれ、次に「ラシェルは、遠ざかっているからこそ描き出される顔を備えていたのでありーーーかならずしも客席から舞台までの距離というだけではなく、この意味では、世の中はさらに大きな劇場にほかならないーーー、そんな顔も近くで見ると灰燼(かいじん)に帰してしまう」と逆方向から書かれる。

「この上演の出だしは、べつの観点から私の興味を惹いた。サン=ルーがラシェルにいだいた幻想がいかなる性質のものであるか、その一端を私に理解させてくれたからである。この幻想は、その日の朝、花ざかりのナシの木のもとでラシェルと会ったとき、この愛人についてロベールと私とがいだくイメージのあいだに深い溝をうがったものである。ラシェルは、この小さな芝居で、ただの端役にも等しい役を演じていたにすぎない。ところがこうして舞台で見ると、それはまるでべつの女性だった。ラシェルは、遠ざかっているからこそ描き出される顔を備えていたのでありーーーかならずしも客席から舞台までの距離というだけではなく、この意味では、世の中はさらに大きな劇場にほかならないーーー、そんな顔も近くで見ると灰燼(かいじん)に帰してしまう」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.378」岩波文庫 二〇一三年)

さらにラシェルの顔から読者に読み取らせるべく描かれるニーチェ流の遠近法的倒錯について。サン=ルーは愛人に夢中であってそれがまるで見えない。プルーストはこう述べる。

「ラシェルのすぐそばいにると、見えるのは星雲や銀河のように広がるそばかすやごく小さな吹出物だけで、ほかにはなにも見えない。ところが適切な距離を置くとそれらはすべて見えなくなり、雲散霧消した頬から立ち現れるのは三日月のようにほっそりした清らかな鼻であるから、すぐそばで一度も見る機会のなかった人だったら、なんとしてもラシェルから注目されたい、いつでも好きなだけ会っていたい、自分のものにしてそばに置きたいと思ったことだろう。私の場合はそうではなかったが、サン=ルーがはじめてラシェルの舞台を見たときはそんな状況だったのである。そうなると、どのようにして近づき知り合いになればいいのかと自問してサン=ルーの心のなかに、まるで不思議な領地ーーーラシェルの暮らす領地ーーーが開け、そこから心地よい光が漏れてくるのに、自分はそこに入りこめないことがわかる」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.378~379」岩波文庫 二〇一三年)

芝居の書割(かきわり)を近くで見ると無惨なほど何ものでもないことが幾らでもある。サン=ルーの愛人ラシェルの顔貌についてもそれが当てはまる。プルーストは舞台から降りてきたラシェルの顔について述べる。「目の前にいるのは、もはやラシェルではなかった。私としては、ラシェルである証拠が残っていたその目によって、かろうじて本人とわかったにすぎない。さきほどはあんなに輝いていたこの若い天体の形や光はすべて消え失せていた。それにひきかえ、月に近づくと月がもはやバラ色や金色には見えなくなるように、さきほどはあれほどなめらかだった顔のうえに、もはや突起や染みや穴ぼこしか見えなかった」と。

「まだ立てたままの書割(かきわり)のあいだを通ったとき、こうして間近に眺める書割は、それを描いた大画家が計算した距離と照明による効果をすべてはぎ取られて見るも無惨だったし、近づいてみるとラシェルも、それに劣らぬ破壊の力をこうむっていた。その魅力的な鼻筋は、書割の立体感と同じで、客席と舞台とを隔てる遠くからの眺めのなかで存在していたのである。目の前にいるのは、もはやラシェルではなかった。私としては、ラシェルである証拠が残っていたその目によって、かろうじて本人とわかったにすぎない。さきほどはあんなに輝いていたこの若い天体の形や光はすべて消え失せていた。それにひきかえ、月に近づくと月がもはやバラ色や金色には見えなくなるように、さきほどはあれほどなめらかだった顔のうえに、もはや突起や染みや穴ぼこしか見えなかった」(プルースト「失われた時を求めて5・第三篇・一・一・P.383」岩波文庫 二〇一三年)

そこで人間の記憶というものもまた、そんなものなのかも知れないとプルーストは言っている。少なくとも平面的な心理学では説明できず、立体的なものではないかと。二箇所ばかり引いておこう。

(1)「立体幾何学があるように、時間のなかの心理学があり、そこにおいては平面心理学による計算はもはや正確とはいえない」(プルースト「失われた時を求めて12・第六篇・P.309」岩波文庫 二〇一七年)

(2)「『時』は、私がこのパーティーで今しがたそのことを実感して以来、さまざまな場面に即して私の人生を配列することで一生涯を物語ろうとする書物では、ふだん使われる平面心理学ではなく一種の立体心理学を用いなければならないことを私に考えさせてくれるとともに、そのさまざまな場面は、私がひとり書斎でもの想いにふけったときに私の記憶がひきおこしたあの過去のよみがえりに、新たな美をつけ加えた」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.265」岩波文庫 二〇一九年)

それこそ<記号>としての顔だとプルーストは言いたがっているように思う。ちなみに蓮実重彦は「監督 小津安二郎」の中で、まるで同じことを述べている。

「『記号』の表情の変化は、同時的に演じられる時間を越えた戯れだ。混在し共有する複数の表情を同じ一つの身振りで肯定すること。そのとき『記号』は、言葉の真の意味で生産的となり、人を動かす」(蓮実重彦「監督 小津安二郎・1・P.34~35」ちくま学芸文庫 二〇一六年)

さらにドゥルーズは<事件>についてのインタヴューに答えて、小津安二郎の映画を引き合いに出しつつメディアの側を批判している。(1)はメディアのふがいなさについて。(2)は映画論におけるプルースト的問題である「時間」に関して。

(1)「メディアに<事件>をとらえるためのじゅうぶんな手段があるとも、メディアがその使命をになっているとも思いません。まず、一般にメディアが最初と最後を見せるのにたいして、<事件>のほうは、たとえ短時間のものでも、あるいは瞬間的なものでも、かならず持続を示すという違いがあります。そしてメディアが派手なスペクタクルをもとめるのにたいして、<事件>のほうは動きのない時間と不可分の関係にある。しかもそれは<事件>の前後に動きのない時間があるということではなくて、動きのない時間は<事件>そのものに含まれているのです。たとえば不意の事故がおこる瞬間は、いまだ現実には存在しない何かを見る目撃者の目に、あまりにも長い宙づりの状態でその事故がせまってくるときの、がらんとした無辺の時間と一体になっているのです。どんなありふれた<事件>でも、それが<事件>であるかぎり、かならず私たちを見者にしてくれるのにたいして、メディアのほうは私たちを受動的なただの見物人に、そして、最悪の場合は覗き魔に変えてしまいます。グレイトゥイゼンも、あらゆる<事件>は、いわば何もおこらない時間のなかにある、と述べているではありませんか。待ち望む者が誰もいなかった予想外の<事件>にも狂おしいまでの期待が宿っているということは一般に見落とされているのです。<事件>をとらえることができるのは芸術であってメディアではない。たとえば映画は<事件>をとらえています。小津がそうだし、アントニオーニがそうです。しかし、ほかでもない、動きのない時間は小津やアントニオーニの場合、ふたつの<事件>のあいだではなく、<事件>そのものに宿って、<事件>の密度を高めているのです」(ドゥルーズ「記号と事件・4・政治・P.323~324」河出文庫 二〇〇七年)

(2)「小津の作品で有名な静物が十全に映画的なものになりえているのは、感覚運動的関係を失った世界における不変の形態としての時間を発散しているからです」(ドゥルーズ「記号と事件・2・映画・P.125」河出文庫 二〇〇七年)

次もまた蓮実重彦「監督 小津安二郎」から引くけれども、少しばかり問題がずれを起こしているかのように思えるかもしれない。しかし考えてもみてほしい。次のセンテンスは途方もなく長い間、ステレオタイプ(紋切型)がもたらしてきた<神話>が崩壊する瞬間と、一見矛盾しているかのように見える事情が実はまるで矛盾していないにもかかわらず、「習慣・制度」として定着してしまったステレオタイプ(紋切型)ゆえに信じ込まれてきた恐ろしく根深い迷信の<暴露>である。

「たとえば出勤前のあわただしい朝食の光景で始まる『麦秋』にも、これに似た紋切型の台詞のやりとりがみられる。それは、久しぶりに故郷から出てくる親類の老人をもてなすには、どんな料理を作ればよいかをめぐってかわされる台詞である。一家の主婦たる三宅邦子に向って、菅井一郎は、特別の料理は必要なかろうが、本当は、オカラみたいなものが好きなんだと口にする。これは、いうまでもなく紋切型にほかならない。すると、食事中のまだ小学校にあがっていない次男が、ぼっく、オカラ大好きと宣言して、食事への嗜好と年齢とをめぐる紋切型の通念を一挙に崩壊させてしまう。次男の台詞は食卓のまわりの家族の笑いを誘うが、ここで重要なのは、オカラが豆腐と深い関係があるといったことではない。そうではなく、老年にふさわしい料理と思われたものが幼児の大好物であったことが明らかになる。ある種の共存というか並置の関係が問題なのだ。適齢期の娘を持つ『秋日和』の父親が豆腐もトンカツも食べ、『麦秋』の老人と少年とが同じ料理を好むといった細部は、小津自身の告白をもとにしてその作品を豆腐屋の職人芸と信じ込むことの愚かしさをわれわれに示している。見逃してならないのは、ここで異質な要素がたがいに排斥しあうことなく、むしろ共存しあっているという点である」(蓮実重彦「監督 小津安二郎・1・P.40」ちくま学芸文庫 二〇一六年)

というふうに本当に目指されるべきは普遍ではなく逆に個別だということでなければならない。そこで始めて相互理解が生まれ「異質な要素がたがいに排斥しあうことなく、むしろ共存しあ」う可能性へ身を開くことができるだろうと。

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