ソルボンヌの名物教授ブリショ。ヴェルデュラン夫人に熱を上げているサロンの常連。だがヴェルデュラン夫人はブリショに嫌気が差し始めている。かつてブリショは自分が使っている「洗濯女」と恋愛関係に陥ったことがあった。ブリショのキャリアから見れば危機というほかない。それを救ったのがヴェルデュラン夫人だった。ヴェルデュラン夫人の側にしても自分が築いてきたサロンの常連の中から、おそらく将来、汚名を被ることになる人物を出したくはない。ところがブリショを救うことでブリショにはたと自分の将来的キャリアの危機に気づかせたヴェルデュラン夫人は、サロンの女主人(パトロンヌ)としてますます愛情を注がれることになったのはともかく、「あまりにも従順でどんなことにも服従する」のが見えてきたため、今度はつまらない人物に映り始める。だがしかし見ておきたいのはブリショと関係したのが「洗濯女」(女中)だという点。
カフカ読解で「女中・姉妹・娼婦」の系列はとても重要な意味を持っていたことが思い出される。カフカ作品で「女中・姉妹・娼婦」は危機的状況に陥ったKを場所移動させ上手く逃走(あるいは交通)させる役割を演じていた。逆にプルースト作品で「女中・姉妹・娼婦」は「危険な女」の系列というべき位置付けを担っている。カフカ作品は「顕微鏡」を用いて書いているかのように見えるのだが、一方プルーストは様々な事柄を述べるのに「望遠鏡」を使ったと書いている。プルーストとカフカとはそれぞれ逆方向からアプローチしている。逆なら逆で読者としては構わないのだが、しかし両者とも一体何に狙いをつけてアプローチしているのだろう。わかることは両者ともにソドム(男性同性愛)が前面化されている点であって、ソドムに顕著なのは、安易にナショナリズムと結びつきやすい傾向があげられる。だからといってゴモラ(女性同性愛)はナショナリズム化しないのか、専制君主化しないのかといえば、まるでそうではない。そしてカフカもプルーストもナショナリズム(あるいは官僚主義的全体主義と民間巨大資本との共謀)の危険性を大いに描きこみながら、それら「ナショナリズム」を直接的なテーマにしてはいない。政治的な取り扱いをしていない。プルーストはドレフェス事件を取り上げつつ、しかしそれが主題化することはない。主題化しているのは「ユダヤ/反ユダヤ」という対立関係と同性愛とがどのような取り扱われ方をしているのか、あたかも錯覚を催すほど近似的だというところまでである。
さて、ソルボンヌは言わずと知れたフランス随一の名門大学。ブリショはヴェルデュラン夫人からどう思われているかはいざ知らず「ヴェルデュラン家との親交をひけらかすことで、ソルボンヌのすべての同僚のあいだに威光を放っていた」。同僚(教授)たちは自分たちが高く評価する作家や画家が自分たちのことに言及せず、「さまざまな雑誌でブリショに言及したり官展に出品されるブリショの肖像画を描いたりするのを見て、またこの社交界に出入りする哲学者の服装のエレガンスそれ自体を目の当たりにして、眩惑された」。とすれば「エレガンス」とは一体なんなのか。パリ・ソルボンヌ界隈のモード(流行)はヴェルデュラン夫人のサロンの問題児ブリショの服装に連れて移動していたということだろうか。いかにも奇妙な話ではある。しかし事実だった。
「とはいえブリショは、ヴェルデュラン家との親交をひけらかすことで、ソルボンヌのすべての同僚のあいだに威光を放っていた。同僚たちは、自分がけっして招かれるはずのない晩餐会の話をブリショから聞かされ、文学部のほかの講座の教授たちからその才能を高く評価されている評判の作家や画家がその教授たちには見向きもしないのに、さまざまな雑誌でブリショに言及したり官展に出品されるブリショの肖像画を描いたりするのを見て、またこの社交界に出入りする哲学者の服装のエレガンスそれ自体を目の当たりにして、眩惑された」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.50~51」岩波文庫 二〇一五年)
また、ヴェルデュラン家に出入りしていた音楽家ヴァントゥイユがインスピレーションを得たのは、他でもないヴェルデュラン家のサロンでだったということで、「ヴァントゥイユのソナタはまったく理解されず、またほとんど知られていなかった」にもかかわらず「その名前は現代最高の作曲家として人びとの口の端(は)にかかり、途方もない威光を放っていた」。一つの身振りなり言語なりが記号論的コノテーションを起こして一挙に神話化していくことにプルーストは光を当てている。ヴァントゥイユがまだほとんど誰にも知られていなかった頃である。
「ヴァントゥイユのソナタはまったく理解されず、またほとんど知られていなかったが、その名前は現代最高の作曲家として人びとの口の端(は)にかかり、途方もない威光を放っていた」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.52」岩波文庫 二〇一五年)
さらに不可解なことは「フォーブールの一部にはブルジョワと同じように教養を身につけるべきだと悟った青年貴族たちがいて、なかでも音楽を学んだ三人のあいだでヴァントゥイユのソナタは絶大な人気を博していた」としても、それを聞いた青年貴族たちの「母親」の行動。「教養を身につけるよう奨励してくれた聡明な母親にそのことを話した結果、息子の勉学に関心をいだく母親たちはコンサートに出かけ、二階正面のボックス席で譜面を追うヴェルデュラン夫人を尊敬のまなこで見つめるようになった」。
「フォーブールの一部にはブルジョワと同じように教養を身につけるべきだと悟った青年貴族たちがいて、なかでも音楽を学んだ三人のあいだでヴァントゥイユのソナタは絶大な人気を博していた。その三人が家に帰って、教養を身につけるよう奨励してくれた聡明な母親にそのことを話した結果、息子の勉学に関心をいだく母親たちはコンサートに出かけ、二階正面のボックス席で譜面を追うヴェルデュラン夫人を尊敬のまなこで見つめるようになった」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.52~53」岩波文庫 二〇一五年)
貴族の名に甘んじていてはいずれ没落する。若い人々はそれに気づき始めた。とはいえ貴族出身だからというわけではなく、あくまで「三人」とプルーストが書いているように、注目すべきは「感性」だからである。面白いのは子息らの話を聞いた親たちが揃って「ヴェルデュラン夫人を尊敬のまなこで見つめるようになった」ことだ。ヴェルデュラン夫人がヴァントゥイユに音楽を教えたわけではまるでない。たまたまそこにいた時、ヴァントゥイユが何か新しいことに気づいたというに過ぎないと言えばそれだけのことだ。ヴァントゥイユとヴェルデュラン夫人とはそもそも別々の個人である。ただ、その場の雰囲気から或る芸術家が何らかのインスピレーションを得ることはあるにしても。そしてさらに「ヴェルデュラン夫人を尊敬のまなこで見つめるようになった」というようなエピソードは今なおよくあることかもしれない。ところでしかしこの「尊敬のまなこ」は果たしてヴァントゥイユの音楽へ向けられているのだろうか。
プルーストが指摘しているのはこの種の、往々にして起こりがちな「ずれ」(差異)についてである。「尊敬のまなこ」はまったく何一つ見ていないわけではない。見ているもの、聴くべきこと、考察すべき対象、それらは余りにもしばしば「ずれ」を起こしがちであり、なおかつ、この「ずれ」は起きないわけにもいかないというのである。例えば、親が有能な政治家だったとするとその子供たちも政治家として有能だろうかと。
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