シャルリュスの人格の多様性について。次の箇所を例に取ろう。比較的大きく描かれている「氏のうつむき加減の顔には」以下の文章に目を通すと特に「マルサント夫人」(シャルリュスの姉)の影響ばかりが<内的女性としての>シャルリュスの態度の大半を育んできたかのように見える。だが桁外れに重要なのはそのすぐ前の箇所。「いままで暮らしてきた社交界で」身につけた「愛想のよさを示すさまざまなやりかたや手のこんだ表現はもとより」、もはや前提として「いそいそと科(しな)をつくると、まるで膨らんだペチコートで歩きにくいとでも言いたげに身体をゆったり揺らしながら、よちよちとヴェルデュラン夫人のほうへ進み出たが、その嬉しそうないかにも光栄と言わんばかりの表情」とある中で、最も注目すべきフレーズ「よちよちと」でなければならない。そこで始めてシャルリュスの身体に内在化されているのは「マルサント夫人」(シャルリュスの姉)どころではなく、「いままで暮らしてきた社交界で」<出会った>ありとあらゆる女性たち、なかでも「よちよちと」に代表される無数の少女たちの身振り(言語)が幼少期からすでにどんどん摂取されてきたと、プルーストはあっけなく<暴露>している。
「シャルリュス氏はというと、こうした重大な局面でも、いままで暮らしてきた社交界で、愛想のよさを示すさまざまなやりかたや手のこんだ表現はもとより、たとえ相手がただのプチ・ブルジョワであっても然るべきときには普段は秘蔵しているとっておきの厚情をおもてに出して役立てるすべも心得ているべきという行動指針を学んでいたので、いそいそと科(しな)をつくると、まるで膨らんだペチコートで歩きにくいとでも言いたげに身体をゆったり揺らしながら、よちよちとヴェルデュラン夫人のほうへ進み出たが、その嬉しそうないかにも光栄と言わんばかりの表情は、夫人のサロンに招待してもらえるのはこのうえない名誉だと思っているように見えた。氏のうつむき加減の顔には、満足感と礼儀正しさとが張り合い、愛想のいい笑みで小皺(こじわ)がよっている。まるでマルサント夫人が歩いてきたかと思われるほど、自然がシャルリュス氏の身体のなかに間違って入れこんだ女性のすがたが、そのとき如実に表に出ていた。もとより男爵は、この間違いを苦心惨憺して覆い隠し、男らしい外見を装ってはいた。しかし首尾よくそうできたと思っても、一方で男爵は同じ嗜好を保ちつづけていたから、ものごとを女として感じとる習性によって今度はあらたに女らしい外見を身につけ、こちらの外見は遺伝ゆえに生じたものではなっく、男爵個人の暮らしから生じたものであった。そして男爵は、社交上のつき合いさえすこしずつ女性ふうに考えるようになり、他人に嘘をつきすぎたからではなく自分自身に嘘をつきすぎたがゆえに、自分が嘘をついていることに気づかなくなるのと同じで、自分では女性化していることに気がつかず、本人としては(ヴェルデュラン家にはいってきたとき)大貴族の粋な男として礼儀正しさを自分の身体に余すところなく表現させたいと願ったにもかかわらず、シャルリュス氏がもはや理解できなくなったことを充分に理解している身体のほうは、《レディー・ライク》という形容がふさわしくなるほど男爵に大貴婦人の魅力をことごとく開陳させたのである。息子はかならずしも父親に似るわけではなく、たとえ倒錯者ではなく女を追いまわす男の場合でも息子というものは自分の顔によって母親の冒瀆を完成するという事実と、このようなシャルリュス氏の風貌とは、そもそも完全に切り離せるものだろうか?」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.133~135」岩波文庫 二〇一五年)
もはや無意識のうちにシャルリュスが自分の全身で演じた動作は、シャルリュスがヴェルデュラン夫人の前で見せた「風貌」がほかならぬ男性同性愛者のもの以外の何ものでもないということだけでなく、異性愛者の場合と同様、「息子というものは自分の顔によって母親の冒瀆を完成するという事実」という観点から見て「そもそも完全に切り離せるものだろうか?」とするプルースト特有の<冒瀆>のテーマをも浮上させて憚らない。
さらにシャルリュスの変身とほぼ同時に行われたモレルの変身については次の一節。モレルの変身はシャルリュスとともに出現した時点で同性愛的変身を示唆しているものの、晩餐会の場では第一に階級的変身という形を取る。確かにかつてモレルの父親は<私>の大叔父の従僕という屈辱的地位にあった。とはいえそれはもはや過去のことであってモレル自身はもう独立して軍楽隊に属している。従僕階級とは何の関係もない。ところが<私>と二人きりで言葉を交わす合間ができた瞬間、とっさに<私>=「旦那さま」、したがって「モレル=従僕の息子」と言葉遣いを置き換えて旧階級時代の関係を復活させる。
「『ヴェルデュラン夫人とご招待客のみなさまには、私の父が旦那さまの叔父さまのところでどのような仕事をしていたかは内密にしていただきたいのです。できれば旦那さまには、父は旦那さまご一家の広大なお屋敷の執事で、それゆえご両親さまとほぼ対等の者であったと言っていただけると幸いです』」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.136~137」岩波文庫 二〇一五年)
<私>が請け合うやモレルはもう晩餐会の輪の中へ入り直し、ヴェルデュラン夫妻の招待客たちと交わり、熱心に親交を深めている。それは自分の過去の出自を隠蔽し新しい世界で成り上がっていこうとする俗物の態度と何ら変わらない。しかし、このようなほんの瞬間的なやりとりをわざわざプルーストが描いているのは、作家としてできる限り事情を丁寧に描こうしたというわけではないと考えないと説明がつかない。プルーストが言っていること。それは作品にある文字通り、言葉遣いを置き換えて旧階級時代の関係を復活させることはいつでも可能であり、次の瞬間にはもう一度言葉遣いを置き換えて新階級時代の関係と再接続させることもまたいつでも可能であるという、記号論的世界のありようなのだ。
そのことと関係しないようで実は深く関係しているやりとりが見える。さらにもう少し前の箇所でヴェルデュラン夫人が口にした重大な事実について引いておこう。
「私は、昂奮のあまり容易には満足せず、この時刻には虹色に映えてみごとな眺めだとエルスチールが教えてくれていたダルヌタルの岩礁がサロンから見えないのは残念だと言った。『ああ、それはここからは見えません。庭の端の<湾の眺望>までいらっしゃらなくては』」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.128」岩波文庫 二〇一五年)
ヴェルデュラン夫人はいう。「エルスチールが教えてくれていたダルヌタルの岩礁」について「それはここからは見えません」。逆に場所を変えれば見えるところがあるということは前提であってもはや語られていない。ただ単に地理的場所移動したからといって「ダルヌタルの岩礁」をエルスチールが見るように<私>にも見えると考えるのは甚だしい勘違いである。ヴェルデュラン夫人はあくまで地理的場所移動してまで見に行く必要は今日でなくても構わないという単純な意味でしか述べていない。にもかかわらず「それはここからは見えません」という言葉が重要になるのはヴェルデュラン夫人にとってではなく<私>にとってでもなくプルーストが何度か触れてきたように、エルスチールが見るように「ダルヌタルの岩礁」を見ようとすれば、必要になるのは、画家エルスチールが獲得した<別の価値体系>への場所移動であって地理的場所移動などではまるでないという条件においてだ。
エルスチールのアトリエはバルベックの中心部ではなく郊外の森の中にあった。周囲の人々からは「変わり者・変人」として遠ざけられていた。孤立無縁に等しい環境に自ら進んで身を置いていた。世間の<習慣・因習>に侵食されたままでは何を見たとしても何一つ自分の感性で捉えることは不可能だといち早く見抜いていたからである。なお、エルスチールのモデル的人物の一人として上げられるモネだが、その連作「エトルタの断崖」は、以前から誰もが見ていたにもかかわらずまるで見えてはいなかった風景を絵画という方法で出現させプルーストを驚嘆させたことはプルースト自身の書簡からも伺える。
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「シャルリュス氏はというと、こうした重大な局面でも、いままで暮らしてきた社交界で、愛想のよさを示すさまざまなやりかたや手のこんだ表現はもとより、たとえ相手がただのプチ・ブルジョワであっても然るべきときには普段は秘蔵しているとっておきの厚情をおもてに出して役立てるすべも心得ているべきという行動指針を学んでいたので、いそいそと科(しな)をつくると、まるで膨らんだペチコートで歩きにくいとでも言いたげに身体をゆったり揺らしながら、よちよちとヴェルデュラン夫人のほうへ進み出たが、その嬉しそうないかにも光栄と言わんばかりの表情は、夫人のサロンに招待してもらえるのはこのうえない名誉だと思っているように見えた。氏のうつむき加減の顔には、満足感と礼儀正しさとが張り合い、愛想のいい笑みで小皺(こじわ)がよっている。まるでマルサント夫人が歩いてきたかと思われるほど、自然がシャルリュス氏の身体のなかに間違って入れこんだ女性のすがたが、そのとき如実に表に出ていた。もとより男爵は、この間違いを苦心惨憺して覆い隠し、男らしい外見を装ってはいた。しかし首尾よくそうできたと思っても、一方で男爵は同じ嗜好を保ちつづけていたから、ものごとを女として感じとる習性によって今度はあらたに女らしい外見を身につけ、こちらの外見は遺伝ゆえに生じたものではなっく、男爵個人の暮らしから生じたものであった。そして男爵は、社交上のつき合いさえすこしずつ女性ふうに考えるようになり、他人に嘘をつきすぎたからではなく自分自身に嘘をつきすぎたがゆえに、自分が嘘をついていることに気づかなくなるのと同じで、自分では女性化していることに気がつかず、本人としては(ヴェルデュラン家にはいってきたとき)大貴族の粋な男として礼儀正しさを自分の身体に余すところなく表現させたいと願ったにもかかわらず、シャルリュス氏がもはや理解できなくなったことを充分に理解している身体のほうは、《レディー・ライク》という形容がふさわしくなるほど男爵に大貴婦人の魅力をことごとく開陳させたのである。息子はかならずしも父親に似るわけではなく、たとえ倒錯者ではなく女を追いまわす男の場合でも息子というものは自分の顔によって母親の冒瀆を完成するという事実と、このようなシャルリュス氏の風貌とは、そもそも完全に切り離せるものだろうか?」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.133~135」岩波文庫 二〇一五年)
もはや無意識のうちにシャルリュスが自分の全身で演じた動作は、シャルリュスがヴェルデュラン夫人の前で見せた「風貌」がほかならぬ男性同性愛者のもの以外の何ものでもないということだけでなく、異性愛者の場合と同様、「息子というものは自分の顔によって母親の冒瀆を完成するという事実」という観点から見て「そもそも完全に切り離せるものだろうか?」とするプルースト特有の<冒瀆>のテーマをも浮上させて憚らない。
さらにシャルリュスの変身とほぼ同時に行われたモレルの変身については次の一節。モレルの変身はシャルリュスとともに出現した時点で同性愛的変身を示唆しているものの、晩餐会の場では第一に階級的変身という形を取る。確かにかつてモレルの父親は<私>の大叔父の従僕という屈辱的地位にあった。とはいえそれはもはや過去のことであってモレル自身はもう独立して軍楽隊に属している。従僕階級とは何の関係もない。ところが<私>と二人きりで言葉を交わす合間ができた瞬間、とっさに<私>=「旦那さま」、したがって「モレル=従僕の息子」と言葉遣いを置き換えて旧階級時代の関係を復活させる。
「『ヴェルデュラン夫人とご招待客のみなさまには、私の父が旦那さまの叔父さまのところでどのような仕事をしていたかは内密にしていただきたいのです。できれば旦那さまには、父は旦那さまご一家の広大なお屋敷の執事で、それゆえご両親さまとほぼ対等の者であったと言っていただけると幸いです』」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.136~137」岩波文庫 二〇一五年)
<私>が請け合うやモレルはもう晩餐会の輪の中へ入り直し、ヴェルデュラン夫妻の招待客たちと交わり、熱心に親交を深めている。それは自分の過去の出自を隠蔽し新しい世界で成り上がっていこうとする俗物の態度と何ら変わらない。しかし、このようなほんの瞬間的なやりとりをわざわざプルーストが描いているのは、作家としてできる限り事情を丁寧に描こうしたというわけではないと考えないと説明がつかない。プルーストが言っていること。それは作品にある文字通り、言葉遣いを置き換えて旧階級時代の関係を復活させることはいつでも可能であり、次の瞬間にはもう一度言葉遣いを置き換えて新階級時代の関係と再接続させることもまたいつでも可能であるという、記号論的世界のありようなのだ。
そのことと関係しないようで実は深く関係しているやりとりが見える。さらにもう少し前の箇所でヴェルデュラン夫人が口にした重大な事実について引いておこう。
「私は、昂奮のあまり容易には満足せず、この時刻には虹色に映えてみごとな眺めだとエルスチールが教えてくれていたダルヌタルの岩礁がサロンから見えないのは残念だと言った。『ああ、それはここからは見えません。庭の端の<湾の眺望>までいらっしゃらなくては』」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.128」岩波文庫 二〇一五年)
ヴェルデュラン夫人はいう。「エルスチールが教えてくれていたダルヌタルの岩礁」について「それはここからは見えません」。逆に場所を変えれば見えるところがあるということは前提であってもはや語られていない。ただ単に地理的場所移動したからといって「ダルヌタルの岩礁」をエルスチールが見るように<私>にも見えると考えるのは甚だしい勘違いである。ヴェルデュラン夫人はあくまで地理的場所移動してまで見に行く必要は今日でなくても構わないという単純な意味でしか述べていない。にもかかわらず「それはここからは見えません」という言葉が重要になるのはヴェルデュラン夫人にとってではなく<私>にとってでもなくプルーストが何度か触れてきたように、エルスチールが見るように「ダルヌタルの岩礁」を見ようとすれば、必要になるのは、画家エルスチールが獲得した<別の価値体系>への場所移動であって地理的場所移動などではまるでないという条件においてだ。
エルスチールのアトリエはバルベックの中心部ではなく郊外の森の中にあった。周囲の人々からは「変わり者・変人」として遠ざけられていた。孤立無縁に等しい環境に自ら進んで身を置いていた。世間の<習慣・因習>に侵食されたままでは何を見たとしても何一つ自分の感性で捉えることは不可能だといち早く見抜いていたからである。なお、エルスチールのモデル的人物の一人として上げられるモネだが、その連作「エトルタの断崖」は、以前から誰もが見ていたにもかかわらずまるで見えてはいなかった風景を絵画という方法で出現させプルーストを驚嘆させたことはプルースト自身の書簡からも伺える。
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