白鑞金’s 湖庵 アルコール・薬物依存/慢性うつ病

二代目タマとともに琵琶湖畔で暮らす。 アルコール・薬物依存症者。慢性うつ病者。日記・コラム。

Blog21・プルーストの描く記号論的<ずれ>の不可避性/「流行」の復活と「危機」から生じる新時代<左翼>

2022年09月14日 | 日記・エッセイ・コラム
カンブルメール夫人が厳しく監視していなくてはいつも場違い・筋違い・勘違いな発言を繰り返す夫カンブルメール氏。コタールはそんなカンブルメール氏をからかってこう述べる。

「『なぜ<キャベツのようにばか>とおっしゃるんで?キャベツがほかのものよりばかだとでもお思いで?<同じことを三十六回もくり返す>とおっしゃいますが、なぜとくに三十六なのでしょうか?なぜ<杭(くい)のように眠る>なのでしょう?なぜ<ブレストの雷(いかずち)>なのでしょう?なぜ<四百発やる>のでしょう?』」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.165~166」岩波文庫 二〇一五年)

読者にとってはあってもなくても構わないやりとり。だがプルーストにとってはのっぴきならない問いかけとして書かれている。コタールが列挙したこれらステレオタイプ(紋切型・慣用句)は、注釈にある通り、どれも「微妙に正規の用法からずれている」。しかし多少「ずれ」ていても意味は通じることから、カンブルメール氏もまた、ウィトゲンシュタインのいう同一の「言語ゲーム」を構成する構成員であると、プルーストはウィトゲンシュタインよりずっと前から言っていたということが述べられているわけではない。そうではなくプルーストは「微妙に正規の用法からずれている」ことを知った上でコタールにそう言わせているのであり、だからシニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの・意味内容)との関係は「微妙に正規の用法から《ずれる》」ものだと言っているのである。シニフィアン(意味するもの)の側が同一であってもシニフィエ(意味されるもの・意味内容)の側は次々と《ずれる》し《ずれていく》ほかないと言うわけだ。プルーストは貨幣において顕著な脱中心化の運動の不可避性を、言語の変化を通しても同時に見据えていたといえる。

次にプルーストがいう「流行」の言葉についての一節。

「このとき夫人は『髪』を単数形で言ったが、これは三、四年前から文学の流行を仕掛ける無名の輩のひとりが使いはじめ、その後、カンブルメール夫人の影響の光が届くすべての人が使っては気取った笑みをうかべた。現在でもその人たちはまだ単数形で『髪』と言っているが、しかし単数形の使いすぎからはいずれ複数形が復活するだろう」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.179」岩波文庫 二〇一五年)

ここで「単数形の使いすぎからはいずれ複数形が復活するだろう」とある。シャルリュスの<愛の政治学>について前回触れた箇所にこうあったのと主旨はまるで同様。

「われわれは、そんな相手、つまり、こちらを愛しているというよりもこちらにうるさくつきまとうと言いたくなる女とつき合うぐらいなら、だれでもいい、その女ほどの魅力も愛想も才気も持ちあわせぬ女とつき合うほうがまだましだと思う。それほど毛嫌いされる女でも、こちらを愛さなくなれば、はじめてわれわれの目に魅力や愛想や才気をとり戻すだろう」(プルースト「失われた時を求めて9・第四篇・二・二・二・P.158」岩波文庫 二〇一五年)

ちなみにこの箇所は現代社会、とりわけ今の日本政府が陥っている「魅力や愛想や才気」の<なさ>に気づかせ、或る一定の条件を越えるやたちまち「われわれの目に魅力や愛想や才気をとり戻すだろう」という状況とパラレルで読解できる。ジジェクはいう。

「だとすれば何が起こるのか。おそらく何も起こらないのだろう。さらなる(願わくばあまり巨大でない)災害があってはじめて、わたしたちは目覚め、真の非常事態を宣言し、先に控えたわたしたち自身との戦いの準備をすることになる。共産主義はそうしてついに舞台に上がる」(ジジェク「あえて左翼と名乗ろう・6・P.116」青土社 二〇二二年)

もちろん東西冷戦時代の「共産主義」ではない。底の底まで叩きつけられているような日本の中小零細企業やそのまた下請けはもとより、日々の食費や納税義務にさえ何かと苦心せざるを得ないところまで追い詰められている一般市民が、なんと新時代の<左翼>と化しつつ政治の舞台へ上がってこざるを得ないという「今ここにある危機」(ジジェクのいう「災害」の一つからの帰結)が、もう可視化されながら実際に出現しているという事実を(政府は)直視しなければならないというに他ならない。「魅力や愛想や才気」の内実を政治的次元で言えば、日本政府の<政治的実力そのもの>以外の何ものをも意味しない。にもかかわらず今の日本政府には肝心の<政治的実力そのもの>がどこにも見当たらない。

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