一七八九年のフランス革命、それに続くナポレオン戦争。たちまちヨーロッパに根付いた資本主義。さらに創成期資本主義の浸透は凄まじく、それまで存在した「公爵や大公の統治する領土」という絶対不可侵の領域をすべて崩壊させ、あらゆる<神話>の仮面を剥ぎ取り去って、それらすべてを商品に置き換えた。どんな土地も今や不動産でない土地はない。プルーストはいう。「もはや公爵や大公の統治する領土など存在しない今となってはゲルマント公爵夫人という名称にはなんの意味もないのだから、多くの知的な人たちにとって公爵夫人はありきたりの一貴婦人以外のなにものでもないことは重々承知していた」。
「もはや公爵や大公の統治する領土など存在しない今となってはゲルマント公爵夫人という名称にはなんの意味もないのだから、多くの知的な人たちにとって公爵夫人はありきたりの一貴婦人以外のなにものでもないことは重々承知していたが、私は人間や土地の享受の仕方に独自のべつの観点を採用していた」(プルースト「失われた時を求めて10・第五篇・一・P.64~65」岩波文庫 二〇一六年)
ニーチェのいう<神の死>。神は神自身で自然死したわけではまるでない。神の殺害者は人間であると。
「狂気の人間は彼らの中にとびこみ、穴のあくほどひとりびとりを睨(にらみ)つけた。『神がどこへ行ったかって?』、と彼は叫んだ、『おれがお前たちに言ってやる!《おれたちが神を殺したのだ》ーーーお前たちとおれがだ!おれたちはみな神の殺害者なのだ!だが、どうしてそんなことをやったのか?どうしておれたちは海を飲みほすことができたんだ?地平線をのこらず拭い去る海綿を誰がおれたちに与えたのか?この地球を太陽から切り離すようなことを何かおれたちはやったのか?地球は今どっちへ動いているのだ?おれたちはどっちへ動いているのだ?あらゆる太陽から離れ去ってゆくのか?おれたちは絶えず突き進んでいるのではないか?それも後方へなのか、側方へなのか、前方へなのか、四方八方へなのか?上方と下方がまだあるのか?おれたちは無限の虚無の中を彷徨するように、さ迷ってゆくのではないか?寂寞とした虚空がおれたちに息を吹きつけてくるのではないか?いよいよ冷たくなっていくのでないか?たえず夜が、ますます深い夜がやってくるのではないか?白昼に提燈をつけなければならないのでないか?神を埋葬する墓掘人たちのざわめきがまだ何もきこえてこないか?神の腐る臭いがまだ何もしてこないか?ーーー神だって腐るのだ!神は死んだ!神は死んだままだ!それも、おれたちが神を殺したのだ!殺害者中の殺害者であるおれたちは、どうやって自分を慰めたらいいのだ?世界がこれまでに所有していた最も神聖なもの最も強力なもの、それがおれたちの刃で血まみれになって死んだのだ、ーーーおれたちが浴びたこの血を誰が拭いとってくれるのだ?どんな水でおれたちは体を洗い浄めたらいいのだ?どんな贖罪(しょくざい)の式典を、どんな聖なる奏楽を、おれたちは案出しなければならなくなるだろうか?こうした所業の偉大さは、おれたちの手にあまるものではないのか?それをやれるだけの資格があるとされるには、おれたち自身が神々とならねばならないのではないか?これよりも偉大な所業はいまだかつてなかったーーーそしておれたちのあとに生まれてくるかぎりの者たちは、この所業のおかげで、これまであったどんな歴史よりも一段と高い歴史に踏み込むのだ!』ーーーここで狂気の人間は口をつぐみ、あらためて聴衆を見やった。聴衆も押し黙り、訝(いぶか)しげに彼を眺めた。ついに彼は手にした提燈を地面に投げつけたので、提燈はばらばらに砕け、灯が消えた。『おれは早く来すぎた』、と彼は言った。『まだおれの来る時ではなかった。この怖るべき出来事はなおまだ中途にぐずついているーーーそれはまだ人間どもの耳には達していないのだ。電光と雷鳴には時が要(い)る、星の光も時を要する、所業とてそれがなされた後でさえ人に見られ聞かれるまでには時を要する。この所業は、人間どもにとって、極遠の星よりもさらに遥かに遠いものだーーー《にもかかわらず彼らはこの所業をやってしまったのだ!》』ーーーなおひとびとの話では、その同じ日に狂気の人間はあちこちの教会に押し入り、そこで彼の『神の永遠鎮魂弥撒(ミサ)曲』(Requiem aeternam deo)を歌った、ということだ。教会から連れだされて難詰されると、彼はただただこう口答えするだけだったそうだーーー『これら教会は、神の墓穴にして墓碑でないとしたら、一体なんなのだ?』」(ニーチェ「悦ばしき知識・一二五・P.219~221」ちくま学芸文庫 一九九三年)
にもかかわらず「ゲルマント夫人」という記号(称号)は生き延びる。その虚しさについてプルーストは述べる。
「かくして称号と名前とは同一であるから、なおもゲルマント大公妃なる人は現存するが、その人は私をあれほど魅了した人とはなんの関係もなく、いまや亡き人は、称号と名前を盗まれてもどうするすべもない死者であることは、私にとって、その城館をはじめエドヴィージュ大公女が所有していたものをことごとくほかの女が享受しているのを見ることと同じくらい辛いことだった。名前の継承は、すべての継承と同じで、またすべての所有権の簒奪と同じで、悲しいものである。かくしてつねに、つぎからつぎへと途絶えることなく新たなゲルマント大公妃が、いや、より正確に言えば、千年以上にわたり、その時代ごとに、つぎからつぎへと相異なる女性によって演じられるただひとりのゲルマント大公妃があらわれ、この大公妃は死を知らず、移り変わるもの、われわれの心を傷つけるものなどには関心を示さないだろう。同じひとつの名前が、つぎつぎと崩壊してゆく女たちを、大昔からつねに変わらぬ平静さで覆い尽くすからである」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.98~99」岩波文庫 二〇一九年)
以前は記号と内容との同等性について信じて疑われていなかったが、今では記号が内容を越えているばかりか今後ますます越えていく。そしてどんな人間もだんだん厚みを奪われ、均質化し、記号化し、一般化し、群畜化する。
「われわれの行為、観念、感情、運動すらもーーーすくなくともそれらの一部分がーーーわれわれの意識にのぼってくるということは、長いあいだ人間を支配してきた恐るべき『やむなき必要』の結果なのだ。人間は、最も危険にさらされた動物として、救助や保護を《必要とした》、人間は《同類を必要とした》、人間は自分の危急を言い表し自分を分からせるすべを知らねばならなかった、ーーーこうしたすべてのことのために人間は何はおいてまず『意識』を必要とした、つまり自分に何が不足しているかを『知る』こと、自分がどんな気分でいるかを『知る』こと、自分が何を考えているかを『知る』ことが、必要であった。なぜなら、もう一度言うが、人間は一切の生あるものと同じく絶えず考えてはいる、がそれを知らないでいるからである。《意識にのぼって》くる思考は、その知られないでいる思考の極めて僅少の部分、いうならばその最も表面的な部分、最も粗悪な部分にすぎない。ーーーというのも、この意識された思考だけが、《言語をもって、すなわち伝達記号》ーーーこれで意識の素性そのものがあばきだされるがーーー《をもって営まれる》からである。要すれば、言葉の発達と意識の発達(理性の発達では《なく》、たんに理性の自意識化の発達)とは、手を携えてすすむ。付言すれば、人と人との間の橋渡しの役をはたすのは、ただたんに言葉だけではなく、眼差しや圧力や身振りもそうである。われわれ自身における感覚印象の意識化、それらの印象を固定することができ、またいわばこれをわれわれの外に表出する力は、これら印象をば記号を媒介にして《他人に》伝達する必要が増すにつれて増大した。記号を案出する人間は、同時に、いよいよ鋭く自分自身を意識する人間である。人間は、社会的動物としてはじめて、自分自身を意識するすべを覚えたのだ、ーーー人間は今もってそうやっているし、いよいよそうやってゆくのだ。ーーーお察しのとおり、私の考えは、こうだーーー意識は、もともと、人間の個的実存に属するものでなく、むしろ人間における共同体的かつ群畜的な本性に属している。従って理の当然として、意識はまた、共同体的かつ群畜的な効用に関する点でだけ、精妙な発達をとげてきた。また従って、われわれのひとりびとりは、自分自身をできるかぎり個的に《理解し》よう、『自己自身を知ろう』と、どんなに望んでも、意識にのぼってくるのはいつもただ他ならぬ自分における非個的なもの、すなわち自分における『平均的なもの』だけであるだろう、ーーーわれわれの思想そのものが、たえず、意識の性格によってーーー意識の内に君臨する『種族の守護霊』によってーーーいわば《多数決にかけられ》、群畜的遠近法に訳し戻される。われわれの行為は、根本において一つ一つみな比類ない仕方で個人的であり、唯一的であり、あくまでも個性的である、それには疑いの余地がない。それなのに、われわれがそれらを意識に翻訳するやいなや、《それらはもうそう見えなくなる》ーーーこれこそが《私》の解する真の現象論であり遠近法である。《動物的意識》の本性の然らしめるところ、当然つぎのような事態があらわれる。すなわち、われわれに意識されうる世界は表面的世界にして記号世界であるにすぎない、一般化された世界であり凡常化された世界にすぎない、ーーー意識されるものの一切は、意識されるそのことによって深みを失い、薄っぺらになり、比較的に愚劣となり、一般化され、記号に堕し、群畜的標識に《化する》。すべて意識化というものには、大きなしたたかな頽廃が、偽造が、皮相化と一般化が、結びついている」(ニーチェ「悦ばしき知識・三五四・P.393~395」ちくま学芸文庫 一九九三年)
さらに記号(称号)は何をするか。プルーストは「同じひとつの名前が、つぎつぎと崩壊してゆく女たちを、大昔からつねに変わらぬ平静さで覆い尽くす」と語る。覆い尽くされたものの内実が分割されているのは確かだとしても、だからといって、どのように分割されているか位置決定不可能になるとマルクスはいう。言語の機能と貨幣の機能とが重なる点である。二箇所引用。
(1)「商品世界のこの完成形態ーーー貨幣形態ーーーこそは、私的諸労働の社会的性格、したがってまた私的諸労働者の社会的諸関係をあらわに示さないで、かえってそれを物的におおい隠すのである」(マルクス「資本論・第一部・第一篇・第一章・P.141」国民文庫 一九七二年)
(2)「1労働日は6時間の必要労働と6時間の剰余労働とから成っていると仮定しよう。そうすれば、一人の自由な労働者は毎週6×6すなわち36時間の剰余労働を資本家に提供するわけである。それは、彼が1週のうち3日は自分のために労働し、3日は無償で資本家のために労働するのと同じである。だが、これは目には見えない。剰余労働と必要労働とは融合している」(マルクス「資本論・第一部・第三篇・第八章・P.18」国民文庫 一九七二年)
<私>にとってのゲルマント夫人は任意に不滅の輝きを放つことができる。逆に任意にあらゆる輝きを奪い去ることもできる。「私は人間や土地の享受の仕方に独自のべつの観点を採用していた」とあるように、労働力商品にせよ不動産にせよ、均質化された同一の仕方ではなく「独自のべつの観点を採用していた」からだ。<或る価値体系>が世界を覆い尽くしたからといって<別の価値体系>まで出現不可能になったわけでは全然ないのである。例えば<私>はこう考える。
「悪天候をものともせず毛皮を着こんだこの貴婦人は、まるで教会の正面扉口の楣石(まぐさいし)に掘られた人物たちがみずから建立した大聖堂や防衛した都市を手のひらに載せているように、公爵夫人、大公妃、子爵夫人として所有するあちこちの土地の城館をすべて持ち運んでいるように私には思われたのだ」(プルースト「失われた時を求めて10・第五篇・一・P.65」岩波文庫 二〇一六年)
それはどのようにして可能になるのか。
「われわれが自然なり、社会なり、恋愛なり、いや芸術なりをも、このうえなく無私無欲に観賞するときでさえ、あらゆる印象にはふたつの方向が存在し、片方は対象のなかに収められているが、もう片方はわれわれ自身のなかに伸びていて、後者こそ、われわれが知ることのできる唯一の部分である」(プルースト「失われた時を求めて13・第七篇・一・P.481~482」岩波文庫 二〇一八年)
<私>は「後者こそ、われわれが知ることのできる唯一の部分である」と認めた上で、さらなる創造行為へ自分の位置を移動させる。資本主義以前にはできなかったことだが、資本主義のグローバル化とともに、資本主義を通して資本主義を逆に鞭打つこと。プルーストが教えているのは<別の価値体系>を見出すことであり、なおかつそれはいつでも可能であるという事実にほかならない。次にこうある。
「とはいえ私は公爵夫人がその時刻にはたいがい屋敷にいることを知っていて、それはありがたいことだった。というのもアルベルチーヌが知りたいという情報をゆっくり訊ねるのには、そのほうが好都合だったからである。それで私は公爵夫人のところへ降りて行ったが、わが少年時代にはあれほど神秘につつまれていたゲルマント夫人の屋敷を、自分が実利的便宜のみを考え夫人を利用する目的だけで訪れるのはどれほど驚くべきことであるかは、ほとんど考えもしなかった。かつてその奇跡を目の当たりにして驚嘆していた超自然の道具である電話も、いまやそんなことなど考えもせずに、出入りの仕立屋を来させたりアイスクリームを注文したりするのに使っているが、それとなんら変わりはない」(プルースト「失われた時を求めて10・第五篇・一・P.66~67」岩波文庫 二〇一六年)
かつて電話の出現は人々を驚嘆させた。ところが電話はプルーストの生きているうちにもはや誰一人驚嘆させなくなった。いまではネットの出現とグローバルネットワークのリゾーム化とが、他でもない<別の価値体系>を見出す機会を至るところで与えているだけでなく新しい逃走線を出現させつつあると言えるだろう。
