シャルリュスの発言の長さ。ただ長いばかりではなく同じような内容の発言が何度も繰り返し連発される。すると、まとまった言説といえるような箇所の側が実はそうとう少ないことに気づく。さらに一つの「まとまり」として見える言説であってなお<接続・切断・再接続>の契機が無数に盛り込まれている。例えば次のように。
「ヴィルバリジ夫人がチリヨン夫人にすぎないと知って、夫人のサロンに出入りする雑多な顔ぶれを見たときから私の脳裏に芽生えていた夫人の凋落は決定的となった。爵位や家名さえごく近年になって得た女が、王族との親交のおかげで、同時代の人びとに自分を実物以上に立派なものに見せることができ、後世の人びとにもそう見せるのは、私には不当なことに思われた。夫人が私の幼いときにそう見えた状態に戻って貴族とはまるで無縁の人になった以上、夫人を取り巻く高貴な姻戚関係もまた私には夫人とは無縁なものである気がしてきた」(プルースト「失われた時を求めて6・第三篇・二・一・P.274」岩波文庫 二〇一三年)
この「縁/無縁」という言葉による接続と切断との限りない繰り返し。その都度瞬時に変動するヴィルバリジ夫人の地位と名誉と存在価値。この種の手品はなぜ可能なのだろう。
「かくして称号と名前とは同一であるから、なおもゲルマント大公妃なる人は現存するが、その人は私をあれほど魅了した人とはなんの関係もなく、いまや亡き人は、称号と名前を盗まれてもどうするすべもない死者であることは、私にとって、その城館をはじめエドヴィージュ大公女が所有していたものをことごとくほかの女が享受しているのを見ることと同じくらい辛いことだった。名前の継承は、すべての継承と同じで、またすべての所有権の簒奪と同じで、悲しいものである。かくしてつねに、つぎからつぎへと途絶えることなく新たなゲルマント大公妃が、いや、より正確に言えば、千年以上にわたり、その時代ごとに、つぎからつぎへと相異なる女性によって演じられるただひとりのゲルマント大公妃があらわれ、この大公妃は死を知らず、移り変わるもの、われわれの心を傷つけるものなどには関心を示さないだろう。同じひとつの名前が、つぎつぎと崩壊してゆく女たちを、大昔からつねに変わらぬ平静さで覆い尽くすからである」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.98~99」岩波文庫 二〇一九年)
シャルリュスに与えられている暴露趣味。時間・言語・芸術・政治・制度など多岐に及ぶ。だが最もスペースが割かれているのは性についてだ。
「『しかしなにを隠そう、やはりいちばん変わったのは、ドイツ人が同性愛と呼んでいるものだ。いやはや、私が若かったころは、女嫌いの男たちで、愛するのは女だけでそれ以外はすべて欲得ずくという連中をべつにすれば、同性愛者というのは一家のよき父親で、情婦をもつのは隠れ蓑にすぎなかった。私に嫁がせるべき娘がいたとして、その娘を絶対に不幸な目に遭わせたくなければ、婿はその手の人たちから選んだにちがいない。ところが、なにもかも変わってしまった。いまやその手の連中は、なによりも女の尻を追いまわす男たちのあいだにも存在する』」(プルースト「失われた時を求めて11・第五篇・二・P.266~267」岩波文庫 二〇一七年)
シャルリュスは憎悪にまみれ果てている。執拗極まりない底なしのパラノイア。その傾向はずっと消え失せることがない。悪質といえばなるほど悪質。といっても<現代の神話>を捏造したりはしない。その程度の、最小限度の礼儀作法は心得ている。エレガンスへの飽くなきこだわりはパラノイアへ転倒するとしても性的欲望は転倒しない。性的欲望はむしろなおさら「色情狂」の様相を呈するに立ち至る。
シャルリュスはいう。「いまやその手の連中は、なによりも女の尻を追いまわす男たちのあいだにも存在する」。
シャルリュスの暴露発言には裏切られた者に特有の嫉妬が充満している。暴露させたのはプルーストだが、しかしプルーストはシャルリュスとはまるで違って嫉妬一つしていない。シャルリュスの怒りと諦観とが差し示しているもの。それはトランス(横断的)両性愛者アルベルチーヌではなく、アルベルチーヌのような横断的両性愛者がソドム(男性同性愛者)の中にも大勢いるというありふれた事実である。
横断性。それは作品全体を通して描かれ続ける主題でもある。或る土地と別の土地。メゼグリーズとゲルマントとの場合もそうだ。
「私があれほど何度も散歩したり夢見たりしたふたつの大きな『方向』ーーー父親のロベール・ド・サン=ルーを通じてゲルマントのほうと、母親のジルベルトを通じてメゼグリーズのほうとも呼ばれる『スワン家のほう』ーーーである。一方の道は、娘の母親とシャンゼリゼを通して、私をスワンへ、コンブレーですごした夜へ、メゼグリーズのほうへと導いてくれる。もう一方の道は、娘の父親を通じて、陽光のふりそそぐ海辺で私がその父親に会ったことが想いうかぶバルベックの午後へと導いてくれる。このふたつの道と交差する横道も、すでに何本も想いうかぶ」(プルースト「失われた時を求めて14・第七篇・二・P.260~261」岩波文庫 二〇一九年)
別々の二つの土地。しかしこの二つの土地はもう久しい以前から横断的流通の歴史を開始していた。だが、暴露は暴露として承認して置くも、嘘の効果については時間だけでなく立体的-空間的な理解を要求してくる。正面からだと整然と埋め込まれた綺麗なパズルに映って見えてはいるけれども、水平にして見ると実はあちこちとんでもない凸凹だらけという事態は数多いから。
ではなぜそうなるのか。
「《古い家に住む新しい意見》。ーーー意見の革命のあとに制度の革命が必ずしもすぐ続くものではない。むしろ新しい意見は長い間その先輩たちの荒廃した無気味になった家に住みつづけ、住宅難から自分でもそれを保管する」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的1・四六六・P.401」ちくま学芸文庫 一九九四年)
或る一つの理念が表明されたとする。しかし理念だらけでぎゅうぎゅう詰めの土地の場合、ニーチェ流にいえば、「住宅難から」、表明された理念がすぐさま実現されるとは決して限らず、逆にもう古すぎて使い物にならなくなった<因習>をも同時に保存するといったケースが少なくないからである。明文化されないどころか理念の単なる濫用と流行とによってその内容は逆にますます貧困化する危険性を帯びるばかりなのだ。言葉のさらなる空虚化が加速する。と同時にただ単なる人気取りのために利用されるに至ってはもう目を覆うような無責任性の横行を許してしまう方法へ、社会全体への働きかけとして流通する。二重三重に引き延ばされていく<隠蔽>に用心しなくてはいけないだろう。
